白人でありながら、黒人専門のラジオ局の番組に出演した。 | ビリー諸川の生涯ロカビリー!!

ビリー諸川の生涯ロカビリー!!

ロカビリー一筋40年!
日本で、いや東洋で唯一エルヴィスのバッキングメンバー達とレコーディングした
ロカビリーの伝承者、ビリー諸川が送る公式ブログ

1956年12月22日、エルヴィスはメンフィスにある黒人のR&B専門ステーションであるWDIAのラジオ番組『グッドウィル・レヴュー』に出演した。

番組のなかでエルヴィスはうたうことはなかったが、その夜に出演したブルース歌手のジュニア・パーカーやB・B・キングと一緒に笑顔で写真に収まった。

そもそも当時は白人と黒人のバスの座席やイヴェント会場の席、そして公園の水飲み場などあらゆるものすべてが、黒人と白人とが別けられていた時代だったため、ラジオも黒人専門のステーションというものが存在した。
そのステーションでは、白人サイドからすれば“悪魔の音楽”と称されていたR&Bばかりをオン・エアしていたため、白人がこの放送を聴くなどとんでもないことだった。

そんな時代にあって、その番組に出演し、ましてや共演者たちと笑顔で写真に収まったことで、白人たちからのエルヴィスに対する非難は増すばかりだった。

いっぽうで、黒人たちが抱くエルヴィスへの感情もさまざまだった。
彼の黒人のようなビジュアル、そしてステージでの動き、さらに黒人の曲のカヴァーをよく思わない人たちもかなり存在した。
彼らはエルヴィスのことを自分たちの音楽を盗んだ白人として非難した。
反対にB・B・キングやジュニア・パーカーのようなエルヴィスに好意を持っている黒人たちも数多く存在した。
彼らは“エルヴィスが自分たちの道を切り開いてくれた”とエルヴィスを擁護した。
エルヴィスは単に白人と黒人の音楽を融合しただけではなく、結果的に人種差別という大きな壁に音楽という手段を用いて真っ向から戦いを挑んだ戦士であったのだ。


【深層その1】B・B・キングは既に高校時代のエルヴィスを知っていた。
それはエルヴィスがB・Bがいたビール・ストリートをその頃から練り歩いていたためである。
エルヴィスはB・Bからブルース論を学んだ。