悪名高き腰降りアクションは、教会の牧師の動きがヒントになっている。 | ビリー諸川の生涯ロカビリー!!

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日本で、いや東洋で唯一エルヴィスのバッキングメンバー達とレコーディングした
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悪魔の申し子、男ストリッパー、ストリップまがいの行動、エルヴィス・ザ・ペルヴィス(骨盤)、極めて下品など、1950年代、彼のアクションに対しての世間の風当たりはハンパなものではなかった。
だが、そんなアクションは、実はエルヴィスが子供の頃通った教会の牧師の動きがそのルーツとなっていた。

彼の宗派であるペンテコストの牧師の説教は実に情熱的なもので、あるときは指を信者に向け突き出したり、床を踏みつけたり、体を激しく揺すったり、叫んだりするものだった。
幼いエルヴィスはこうした牧師の説教を小さい頃から目のあたりにし、自然と体のなかに備蓄されていった。
それプラス黒人の教会で吸収した躍動感によって、エルヴィスのうたい方はゆっくりと形作られていった。そのためティーンエイジャーの頃には、既にリズム・ソングをうたうと左足を小刻みに揺すったりしていた。

1954年7月30日、レコードを出したばかりの彼は、メンフィスのオーヴァートン・パーク公園で開かれたコンサートに出演した。
地元っ子2千人が集まるそのコンサートでエルヴィスはごく自然にリズムに合わせて〈ザッツ・オール・ライト〉をうたった。
すると客席がどよめき出し、その反応を見てエルヴィスは自分が受け入れられていないものだと錯覚し、さらに激しく動かしてうたった。
うたい終わって舞台袖に引き上げてきたエルヴィスは、サム・フィリップスに「どうしよう?どうしよう!?」と訊いた。
するとサムは「何を言ってるんだ!またステージへ出てうたってこい!客たちは強烈におまえを求めているぞ!」と答えた。
エルヴィスの腰振りが“公”のものとなった記念すべき日のエピソードである。