パット・ブーンが優勝した番組で、エルヴィスは不合格となった。 | ビリー諸川の生涯ロカビリー!!

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日本で、いや東洋で唯一エルヴィスのバッキングメンバー達とレコーディングした
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1955年3月、エルヴィスはニューヨークへ行き、アーサー・ゴドフリーが司会を務めるTV番組の『タレント・スカウト』のオーディションを受けたが、彼の“ロックン・ロール的”なキャラクターが災いして、不合格となった。
同じ頃、同番組のオーディションを受けたパット・ブーン(〈砂に書いたラヴ・レター〉で有名な白人バラッド歌手)は見事優勝を遂げている。
エルヴィスが“反逆児”の象徴なら、パットは“好青年”の象徴として、ふたりのシンガーはそれぞれを支持するファンからは対極の存在であった。
このオーディションの結果がそれを如実に物語っている。

後年、お互いに中年となったふたりがある日、空港でバッタリ会ったことがあった。
「やあ、エルヴィス。何処へ行くんだい?」
「ちょっとヴェガスまで行って、腹をへこませてこようと思うんだ」
「そうかあ、じゃあボクとは反対の方角だね。昔からボクとキミとはいつだって反対の方角だったからな」
ふたりは大笑いした。

【深層その1】ふたりの存在をこれ以上ない形で表現した文章をエルドリッジ・クリーパーが『氷の上の魂』で書いている。
“~(エルヴィス)はアメリカの白人青年の白い心のなかに新しいリズムとスタイルの種を蒔いて歩いた。
この青年たちに内なる渇きと必要は、パット・ブーンの防腐剤をほどこした白い靴や彼の白い歌によってはもはや満足させることができなかったのだ。
「キミは何でもできる」とエルヴィスはパット・ブーンの純白の靴にうたってきかせた。
「だがキミは僕の青いスエードの靴を踏んではならない」~”