一枚目の自費レコードを作った帰り際、マリオン・カイスカーに歌手になれるチャンスがあるかもしれないと連絡先を聞かれていたエルヴィスは、サン・レコードからの連絡を首を長くして待っていた。
が、いっこうに連絡が来る気配はなく、自らまたサン・レコードへ何度か出向き、1954年の1月には二枚目のパーソナル・レコードを作成しているが、そのときも、サムはエルヴィスの歌に感心したものの、何かあったら連絡すると言われただけで、状況が変わることはなかった。
そんなエルヴィスにヴァーノンは電気技師になることを薦めた。「なあエルヴィス、おまえが音楽好きなのは良くわかるけど、現実は厳しいものなんだ。ギター弾きじゃメシなんか食ってはいけないぞ!それより電気技師になることを考えてきちんと勉強した方がおまえのタメだ。電気技師なら食いっぱぐれはないからな」
エルヴィスは仕方なく、技師になる勉強も始めている。
【深層その1】エルヴィスの歌手になりたいという思いは膨らむいっぽうだったが、それを周囲の人、特に両親に話すことはなかった。
逆説的に見ると、それだけ両親のために、という気持ちが強かったという表われだといえる。
【深層その2】バーネット兄弟のリード・ギタリストだったポール・バーリソンはエルヴィスがトラック運転手をしていたクラウン電気会社の電気技師だった。
バーネット兄弟も一時この電気会社で働いていたことがあったが、音楽の仕事のため辞めている。つまりプロのミュージシャンになったのはバーネット兄弟の方がエルヴィスより先だったというわけだ。