録音のとき、自身ですべてをプロデュースする最初のアーティストだった。 | ビリー諸川の生涯ロカビリー!!

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ロカビリー一筋40年!
日本で、いや東洋で唯一エルヴィスのバッキングメンバー達とレコーディングした
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今でこそ当り前となっているアーティストによる自身のレコーディングのプロデュース。
エルヴィスはこういったスタイルを最初に取り入れたアーティストだった。
彼のレコーディングは、まず選曲の段階からエルヴィスが主導権を持つ。彼と契約しているソング・ライターたちが毎週彼の許に何百というデモンストレーション・レコードを持ち込み、エルヴィスはそれを片っ端から聞いて、自分に合った曲を見つけ、それをレコーディングするのだ。

こうして録音されたナンバーには、エルヴィスの生涯で最も長く(11週連続)1位を独占した〈冷たくしないで〉もある。

エルヴィスのレコーディングにはプロデューサーが存在してはいたが、選曲からアレンジ、時には歌詞の変更まで自分ひとりがすべてを取り仕切るという、1950年代では前代未聞のスタイルがとられ、エルヴィスのそういった判断によって、彼は次々とミリオン・セラーを生み出していたというわけである。


【深層その1】〈ハウンド・ドッグ〉の録音の際、エルヴィスは彼自身が納得するひとつのフィーリングに辿り着くまで試行錯誤を繰り返していた。
プロデューサーのスティーヴ・ショールズは、そのレコーディングの18テイク目でOKを出したが、エルヴィスはもっといいものが録れると言って、31テイクまで録音を繰り返している。
エルヴィスが求めていたフィーリングとは、歌と演奏とが一体となったグルーヴ感だった。彼は終生このグルーヴ感に重きを置き、そのことで、レコーディングは常にライヴ形式で行われる“一発録り”(歌と演奏をせ~のっといった感じで一緒に録音すること)にこだわり続けた。

【深層その2】“一発録り”だったため、当然誰かがミスすると、もういちど最初からやり直さねばならない。
だが、エルヴィスは自分以外のミュージシャンが間違っても、決してそれをとがめることはしなかった。
「オーケー、もう一度はじめからやってみよう!」

【深層その3】彼はレコーディングのとき、そのウォーミング・アップとしてゴスペルをうたっていた。