その歌声で女生徒はおろか、女の先生まで泣かせてしまった。 | ビリー諸川の生涯ロカビリー!!

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ロカビリー一筋40年!
日本で、いや東洋で唯一エルヴィスのバッキングメンバー達とレコーディングした
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1953年4月9日木曜日、高校の卒業を控えたエルヴィスは担任の先生の薦めで学校主催の毎年恒例となっているミンストレル・ショウに出場した。

詩の朗読や、漫才、ピアノの独奏、踊りなど出しものは22あったという。アンコールを受けられるのはひとりだけだった。

エルヴィスはこの日、ギターの弾き語りで16番目に登場し、〈キープ・ゼム・コールド・アイシー・フィンガーズ・オフ・オヴ・ミー〉をうたった。

うたい終わったあと、会場から出演者中最大の拍手喝采を浴びたエルヴィスは、その反応に驚き、顔を強ばらせながら、舞台袖に引き上げてきた。そしてエルヴィスを迎えた先生に、彼は皆は本当に自分の歌を好いてくれた、と興奮気に語った。

アンコールを受けた彼は〈ティル・アイ・ワルツ・アゲイン・ウィズ・ユー〉をうたった。
このとき会場のあちこちから女生徒のすすり泣く声が上がり、ついには女の先生(スクライベナー先生を含む)まで声を上げ泣き始めたという。

エルヴィスの歌に、既に魔法が備わっていたというエピソードのひとつである。


【深層その1】エルヴィスを不良どもから守り、エルヴィスと親友関係にあったレッド・ウエストもこの年トランペットの独奏で出場している。

【深層その2】エルヴィスはこの日のステージで着る衣装として、友人のバジー・フォーベスから真っ赤なフラノのシャツを借りたのだが、車のドアを閉めるときにひっかけてしまい、小さな破れ目を作ってしまった。
エルヴィスはアンコールの曲に入る前に“この曲をバジーに捧げます”と言ってうたい出した。
シャツを破ってしまって申しわけないという気持ちと、あらかじめ自分を喜ばせておこうという気持ちから出た言葉だった、とのちにバジーはこの日のことを回想してのインタヴューで答えている。

【深層その3】“歌手になりたい”という強い気持ちがあったエルヴィスにとって、このバラエティ・ショウでの反応は彼に大きな自信を与えた。
彼はこのあと5月25日にヒッチハイクでミシシッピー州のメリディアンへ行き、そこで行われた『ジミー・ロジャーズ・フェスティヴァル』ののど自慢大会に出場し、2等賞を獲得している。