ギターと歌の先生は、ふたつ違いの少年院あがりの不良歌手だった。 | ビリー諸川の生涯ロカビリー!!

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メンフィスに引っ越してきたエルヴィスは、ローダデイル・コーツという低所得者向けに建てられたアパートに移り住んだ。

そこで近所に住んでいたのが、ジェシー・リー・デンスンというエルヴィスよりふたつ年上のプロのカントリー歌手だった。

エルヴィスの母が、パーティーで知り合ったジェシーの母に、ウチの息子はとてもいい声をしている、今度お宅の息子さんにギターを教えてもらえないか、と訊いたのがはじまりだった。

ジェシーは学校では常習のさぼり魔。9歳で最初の家出を決行し、少年時代のかなりのときをあちこちの少年院で過ごした経験を持つ、いわゆる不良少年だった。

ジェシーははじめエルヴィスに教えることを拒んだ。理由はエルヴィスが軟弱な奴だと彼の目に写ったからだった。
“あんな奴には教えたくない”と頑なに教えることを拒む息子に彼の母親はこう言った。「ジェシー、よく覚えておきなさい。必要としている者を助けよ、私がキリストにそうして欲しいように…」

ジェシーがエルヴィスに歌とギターを教える場所はローダデイル・コーツのランドリー・ルームだった。そしてレッスンは週末の土曜と日曜だった。

エルヴィスはジェシーいわく、ジーン・オートリー・タイプの玩具のようなギターを持っていて、そのギターはネックが反り、フレットを押さえるのに苦労したため、自分のマーティンのギターを貸し与えて練習させた。

当時のエルヴィスのギターはお世辞にもうまいと言えるギターではなく、一曲をきちんと弾けるまでかなりの時間を費やした。
だが、いちど覚えるとあとは完璧に押さえることができたという。また歌詞もいちど頭に入れると、完璧に覚える記憶力がエルヴィスにはあった。

ジェシーにはエルヴィスの他に、生徒がいた。
やはりデンスン家の傍に住んでいたドーシー(エルヴィスよりふたつ上)とジョニー(エルヴィスよりひとつ上)のバーネット兄弟だった。
ふたり共、歌より喧嘩の方が得意という荒らくれ者で、他人にとても内気でおどおどしているという印象を抱かせてしまうエルヴィスをふたりはよくからかっていた。

ジェシーはエルヴィスの変声期がまだ終わっていない女々しい声を矯正しようと苦労した。バーネット兄弟のような男らしい太い声をよしとしていたジェシーにとって、エルヴィスの細い高音はカントリーには不向きだと考えていたからである。


【深層その1】エルヴィスが住んでいたコーツの部屋は1階の328号室である。2部屋で家賃は月35ドルだった。

【深層その2】ジェシーもバーネット兄弟も共に、ボクサーであった。

【深層その3】エルヴィスが住んでいたコーツには、のちにエルヴィスのバックでウッド・ベースを弾くこととなるビル・ブラックの弟のジョニー・ブラック(祖母のルース・ブラックも)が住んでいた。
彼もまたミュージシャン志望で、ジェシーとバーネット兄弟、そしてエルヴィスと5人でコーツの中央に位置する木陰の多いマーケット・モールで即席のコンサートを開き、コーツに住む住人から拍手を浴びていた。
〈ライダース・イン・ザ・スカイ〉〈クール・ウォーター〉〈テネシー・ワルツ〉などをジェシーのヴォーカルとギターを前面に出した形で行っていた。
このときエルヴィスはうしろの方で、ジェシーの音にかき消されるかのような音でギターを弾き、うたっていた。

【深層その4】バーネット兄弟は、エルヴィスよりいち早くプロのミュージシャンとなったが売れず、そんなときエルヴィスによって沸き起こったロカビリー旋風に巻き込まれ、自分らもエルヴィスのスタイルを取り入れたことで、成功を掴むという皮肉な結果をこのあと味わうこととなる。
実はジェシーも同様の皮肉な経験をすることとなるひとりで、彼が北部にいるときエルヴィスの成功を聞きつけ、急いで南部に戻り自分もジェシー・ジェームスという名でエルヴィス・スタイルのロカビリー〈レッド・ホット・ロッキン・ブルース〉を吹き込んでいる。
“形勢逆転”人生とはどうなるかわからない、という典型である。

【深層その5】ある日エルヴィスは自宅近くを行くキャデラックを見て、ジョニー・ブラックに言った。
「僕もいつかあんなクルマを父さんや母さんに買ってあげるんだ、必ずね」と……。
しかしそのときジョニーもエルヴィスも通りの反対側にある店でコーラ一杯買うお金も持っていなかった。