1954年6月26日、ついにエルヴィスの許にサン・レコードから呼び出しの電話がかかってきた。
エルヴィスは社長のサムが受話器を置くか置かないうちにやってきた。
サムはエルヴィスに自分がレコードにしたいと考えた曲をうたわせてみたが、出来は今ひとつだった。が、エルヴィスには何か新しいものを産み出す可能性があると直感したサムは、後日改めてバックにミュージシャンをつけてセッションすることを決めた。
7月5日、エルヴィスはギタリストのスコティ・ムーア、ベースのビル・ブラックと共にスタジオに入り、試行錯誤のセッションをスタートさせた。
自分をバラッド歌手だと決め込んでいたエルヴィスは、〈ハーバー・ライツ〉や〈アイ・ラヴ・ユー・ビコーズ〉といったバラッドばかりを披露した。しかしサムが求めているものはまったく別のものであったが、サム自身にもそれが何だかわからず、セッションは煮詰まり、休憩となった。
エルヴィスはコントロール・ルームにいるサムの落胆した表情を見て、このままではせっかく巡ってきた歌手になるチャンスを棒にふってしまうと意を決し、白人の世界ではタブーとされていた黒人のリズム&ブルースである〈ザッツ・オール・ライト〉をうたい出した。
そのようすを目にしたサムはこう叫んだ。
「これなんだっ、私が求めていたものは!」
それはロカビリーが具現化した瞬間だった。こうして“偶然の産物”として録音された〈ザッツ・オール・ライト〉はエルヴィスにとって記念すべきデビュー曲(発売は7月19日)となり、バラッド歌手を目指していたエルヴィスの意に反して“時代の扉を蹴破る”1曲となった。
【深層その1】6月26日にサムがレコードにしたいと考えたナンバーをうたいこなせなかったエルヴィスはスタジオの壁を何度も叩き、「ダメだ!僕にはうたえない!」と悔しがったという。
【深層その2】7月3日にエルヴィスは当時サン・レコードでタレント・スカウトの役割りも担っていたスコティと会い、エルヴィスは彼の自宅でオーディションを受け合格している。そのときベースのビル・ブラックも立ち寄ったが、ビルは先輩ミュージシャンのプライドからかエルヴィスを蔑んで見ていたという。
【深層その3】録音を済ませたスコティとビルは、このレコードのおかげでもしかしたら自分たちはこの町にいられなくなってしまうかもしれない、と懸念した。