反省 | ビリー諸川の生涯ロカビリー!!

ビリー諸川の生涯ロカビリー!!

ロカビリー一筋40年!
日本で、いや東洋で唯一エルヴィスのバッキングメンバー達とレコーディングした
ロカビリーの伝承者、ビリー諸川が送る公式ブログ

娘と散歩がてら、駄菓子屋さんの郷愁に誘われ店に入り、ラムネを購入したものの、蓋開けに失敗。店の床にラムネをまき散らしてしまったもろかわであります。

さて前々回に寄稿した子供の頃の夢の話で、ワタクシが小学3~4年生のときなりたかった職業にプロレスラーというのがあったのを覚えていらっしゃるでしょうか?

好きでしたねえ、とにかく。特にジャイアント馬場さんが。

金曜8時になると、チャンネルを4に回し(回さなければいけなかったということで、時代を感じますが)、画面に向かって「馬場っ!行けっ~!鉄柱攻撃だア~!」と叫んでいたものです。猪木さんなんかがまだ2番手、3番手の時代でした。

当時は生中継でしたから試合途中で放送が終わってしまうんですね。
そうなると気になってしょうがなくてなかなか眠れなかった……、まっ、それはちとオーバーにしても、翌日、学校から帰ってきたあとわざわざ駅まで夕方出る東京スポーツを買いに行っていた小学3年生でありました。
「よかった、馬場が勝ったんだ…」
東スポのおかげで漢字に強くなった小学3年生でもありました。鮮血、防衛……。

オフクロにおにぎりを作ってもらって、ひとりで電車に乗り、実際に田園コロシアム(今はもうありません。寂しい限りです)まで試合を見に行ったことも何度かあります。

子供のときから何事にも凝るタイプの人間でしたから、プロレスごっこをしても、リング・アナウンサー役の人間を立て、チャンピオン・ベルトとかをボール紙で作り、ファイトしておりました。

そんなある日、いつも一緒にプロレスごっこをして馬場役のワタクシにやられるS君の頭をロッカーに誤ってぶつけてしまったのでありました!
S君の頭部から鮮血が……。ワタクシはやってしまった事の重大さと、恐怖心から膝がふるえ、真っ青でした。
S君は確か一針縫ったと思います。先生にも相当叱られましたし、勿論オフクロからも…。
自分から悪役レスラーの役を買って出てくれるほどの仲のいい友達を、例えはずみとはいえ傷つけてしまった悔恨の気持ちは、あれから40年近く経った今も変わらず残っているワタクシであります。ゴメンネ~、酒井くん!