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先日、

激しい曲を弾く機会がありました。

スピードもエネルギーも必要な曲です。

 

 

でも実際には

鍵盤を深く押し込んだり、
 

力で叩きつけたりしていたわけでは

ありません。

 

 

むしろ必要だったのは、

 

 

浅く触れる感覚と

 

手や指を

無理にコントロールしようとせず、

 

ただ“楽しむ”ことでした。

 

 

激しさやスピード感のある演奏は、

“力の量”によって生まれるのではなく、

 

 

むしろ、

解放された身体と心から、

自然に立ち上がってくるもののような

気がします。

 

 

解放されると

手が勝手に動くのです。

 

 

考えるより先に、

音のほうから
流れ出してくるような感覚があります。

 

 

だからこそ、

無理に押さえつけないことは、

 

 

繊細な音のためだけではなく、

速さや迫力を生み出すためにも、
とても大切なことなのだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ある日のレッスンで
びっくりした一言がありました。

「おじいさんに、

そんな接し方はせえへんやろ」

正直、ドキッとしました。

 

 

 

 

あるレッスンでのことです。

鍵盤を

深く押し下げる生徒さんがいました。

 

夢中になるほど、
指先に力が入ってしまう。

 

 

そんな場面は

珍しいことではありません。

 

 

その日も
「もう少し浅く弾いてみようか」と
声をかけていたのですが、

なかなか変わりませんでした。

 

 

その様子を見ていたお父さまが、
こんなことをおっしゃったのです。

 

 

「おじいさんに、

そんな接し方はせえへんやろ」

 

 

一瞬、ドキッとしました。

生徒さんも驚いていました。

 

 

でもこの一言、
かなり本質をついていると

思ったのです。

 

 

ちょうどその前に100年前の

ピアノの話をしていた流れもあり

その例えになったのでしょう。

 

 

けれどそのあとで、
不思議とスッと、
腑に落ちたような気がしたのです。

 

 

 

音を出すことばかりに意識が向くと、
人はどんどん強く押そうとします。

 

 

でもそれって、

自分にも楽器にも
やさしくない。

 

 

無理に力を入れなくても、
ピアノはちゃんと響きます。

 

 

 

むしろ、
その楽器がもともと持っている響きを
引き出したときのほうが、

音はずっと美しい。

 

 

ピアノは

感情を受け入れてくれる存在です。

 

でも、
感情をぶつけるものではない。

 

 

大切に触れたときにだけ、
ちゃんと応えてくれる。

 

 

人と同じですね。

 

 

あの一言、
最初はドキッとしましたが、

印象深い言葉になりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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数年前、

歴史的なピアノが数多く展示されている、

博物館を訪れました。

 

 

楽器好きにとっては、
とても魅力的な場所です。

 

 

ただ、事前の情報から

少し緊張もしていました。

 

 

"調律師の方の対応は厳格で
 限られたピアノしか弾かせてもらえない"

 

 

と聞いていたからです。

 

 

 

その日ご一緒したのは、
長年学んできた恩師と、

門下生たち10名ほどでした。

 

 

 

館内は

落ち着いた雰囲気に包まれ、

静かな空気が流れていました。

 

 

 

はじめのうち、調律師の方は

やはり硬い表情をされていました。

 

 

 

けれど——

 

 

恩師がピアノを演奏すると

 

アンティーク楽器ならではの

どこかしら懐かしい

温かい音色が響き渡り

 

調律師の方の表情がふっとやわらぎ

ピアノも喜んでいるようでした。

 

 

 

そして調律師の方は

「こちらもどうぞ」
「これも弾いてみてください」と、

 

 

予想に反して私たちは、
数多くのピアノを弾かせていただきました。

 

 

本来は、

一人3台までと決められているそうです。
 

 

「多くの人が触れる中で、

楽器に負担がかかってしまうため」
 

そうしたお話も伺いました。

 

 

 

 

恩師は普段のレッスンで、

 

「それは弾きすぎ」
「そんなに弾いたらやかましい」

と、よくおっしゃっていました。

 

 

「鍵盤は一番下まで押さえない」

ということも
繰り返し教えてくださいました。

 

 


鍵盤の深さによって音は変わり、

楽器への負担も大きく変わる

 

ということを確信した日でした。

 

 

あの日の出来事を

今も忘れることができません。

 

 

そして改めて

歴史を刻んできた楽器たちを

大切にしていこうと思うのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ピアノを弾いていて
手が痛くなったことはありませんか?

 

 

私自身、かつて
腱鞘炎で辛い思いをしていました。

 

 

 

ピアノはとても繊細な楽器です。

同じ一音でも
やわらかくもなり鋭くもなる。

 

 

そしてそれは
 

 

弾く人の身体にも

同じことが起こります。

 

 

腱鞘炎になった原因は


おそらく

弾き方だけではありません。

練習量だけでもありません。
 

 

 当時の私の性格も

大きく関係していたと思います。

 

 

その頃の私は

指先の一点に意識をむけ

指の付け根をしっかり出す

弾き方をしていました。

 

 

この奏法は

一般的なものだと思います。
 

 

ただそれに加えて

 

 

「練習が足りないんだ」

「練習の仕方が悪いんだ」

「もっと脱力できるはず」 

 


そんな気持ちで、
楽器のことなど考えもせず

自分の体を酷使し

 

 

さらには

ずっと自分を責めながら

ピアノを弾いていました

 

 

今思えば、

自分の手にもピアノにも

心にも
負担をかけていました。

 

 

真面目な人ほど

音を、自分を

“コントロールしよう”とします。

 

 

でも本当は、

 

コントロールしようとするほど、
音は硬くなり、
身体はこわばっていくのかもしれません。

 

 

もしあの頃、
もっと小さな力で、

 


もっと軽やかに

触れることを知っていたら。

 

 

結果は違っていたと思います。

 

 

 

 

たくさん練習することよりも、

どんなふうに触れているか。

 

 

それは、
音のためだけではなく、

自分の身体と、
大切なピアノを守るためにも、
 

 

とても大事なことです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ピアノは誰が弾いても
簡単に音が鳴りますよね。

 

でも
音色は人それぞれ。

 

 

そして残念ながら
ずっと聴いていると
頭が痛くなるような音もあります。

 

 

その原因のひとつに

 

 

鍵盤を強く、

深く押さえすぎている

 

ということが考えられます。

 

 

もちろん
そう弾いている人が悪いのではなく

 

 

ピアノの構造を
知らないだけなのではないか
と思うのです。

 

 

では
鍵盤はどれくらい下げれば良いか
ご存知ですか?

 

それは、わずか

 

7ミリ。

 

それだけで
ハンマーは弦を打ちます。

 

 

 

 

以前、ストリートピアノが撤去された
というニュースを耳にしました。

 

本当の理由は分かりませんが

 

強く叩くような音が重なると
 

周囲にとっては
“音楽”ではなく
“騒音”になってしまうこともあります。

 

ほんの7ミリ。

 

必要以上の力をかけすぎると

 

音は耳にもきつくなり

 

楽器本体の

“木“を打つ音も同時に鳴り

雑音も聞こえてきます。

 

 

弾いている人の指や
楽器そのものにも
負担がかかります。

 

 

聴いていて不快に感じる音は
もしかすると

 

ピアノ自身にも
つらい音なのかもしれません。

 

だから私は

 

ピアノの打鍵は
7ミリで十分。

 

それこそが

人にもピアノにも優しい。

 

このことを
伝え続けていきたいと思います。