ご訪問ありがとうございます

       
 

アコースティックギターが
長年ずっと、私の側にありました。
 
 
買ったものの、思ったよりも難しく、
手も痛くてほとんど弾けないまま
長年放置していました。
 
 
弾けるようになりたいと思い
ギター教室にも通いました。
 
 
ところが数ヶ月後にコロナ禍となり
レッスンは中断。
結局それっきりになってしまいました。
 
 
 
 
そのギターは42年前、
父が亡くなる数ヶ月前に買ってくれたもの。
 
なかなか離せなかったんです。
 
 
 
そんな中、近くにきれいな
リサイクルショップが出来ました。
 
 
店内には数々のギターが
美しく陳列されていて
「このお店なら!」
という気持ちになりました。
 
 
夫からは
「後から後悔して吠えたおすで」
などと言われましたが、逆でした。
 
 
その帰り、
自転車に乗ったに中学生たちを見て
なんだかとても愛おしく感じました。
 
 
父も私に対して
そんな気持ちだったのかな?と
温かい気持ちになりました。
 
 
あらためて感謝の気持ちで
満たされました。
 
長い間ありがとう😊
 
 
 
🎸🎸🎸🎸🎸🎸🎸🎸🎸🎸🎸🎸🎸🎸
 
 
 
短い間だったけど
ギター教室に通ったことも
大切な経験になりました。
 
 
思うように弾けなかったり、
緊張したり。
 
 
「生徒さんの気持ち」
を味わうことができました。
 
 
だからやっぱり
 レッスンでは技術だけではなく
生徒さんの気持ちも大切にしたい。
 
 
あらためてそう感じました。
 
私のギター
長い間ありがとうニコニコ
 
 
 
 

 

 

構え方も不確かです💦 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

ご訪問ありがとうございます

      

 

 

 

 

 

関西音楽会主催の「演奏会」には

20名ほどの方が出演されました。

 

 

大曲も多く、皆さんとても誠実に

ピアノに向き合われていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

交流会では

フルタイムで働きながら

練習時間を作り

 

 

憧れの曲に挑戦されているお話も聞き、
心から尊敬しました。

 

 


大人の方がピアノ弾く姿を見るたび

人が生きる上での
音楽の力の大きさを感じます。

 

 

 

だからこそ、

やっぱり基礎力は大切にしたい。



気分が上がる声掛けや

小さなイベントも大切にしながら、

 

 

その人の人生に
ピアノが寄り添えるよう、

コツコツとレッスンしています。

 

 

「一音の美しさ」を大切に。


 

大人の底力と

音楽の素晴らしさを

あらためて感じた一日でした。

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

ご訪問ありがとうございます

      

 

 

 

関西音楽会主催の演奏会に出演しました。

会場は、800席の「さきら」大ホール。

そしてピアノは、

イタリアの名器 Fazioli 。

 

 

 

滋賀県内で

こんな素晴らしい環境で演奏出来るなんて。

募集を見つけた時、

これは参加したい、と思いました。

 

 

 

当日は、

プログラムに並ぶ大曲の数々に

圧倒されっぱなし。

 

 

でも人と比べても仕方ない。

私は私なりに

このホールとピアノを味わおうと思いました。

 


 

演奏したのは、

ラヴェル《ソナチネ》第3楽章。

 

 

実は昨年も、

同じ会場で行われた「弾きあい会」に

参加しています。

 

 


その時は緊張もあって、

あっという間に終わってしまいました。


 

 

けれど今回は、

ホールの響きや空気感、

そしてファツィオリの音色まで、

かなり味わうことが出来た気がします。

 

 

 

個人ではなかなか出来ない、

本当に貴重な経験でした。

 

 

 

この日のことは、

まだ書きたいことがあります。

 

 

 

自分にとっての初チャレンジ。。

 

 

参加された方々との交流で

改めて感じたこと。



 

演奏そのもの以外にも、

色んな発見がありました。

 

 

 

また少しずつ

綴ってみようと思います。

 

 

 



 



 

 

 

 

 

 

 

 

ご訪問ありがとうございます

      

 

 

先日、

激しい曲を弾く機会がありました。

スピードもエネルギーも必要な曲です。

 

 

でも実際には

鍵盤を深く押し込んだり、
 

力で叩きつけたりしていたわけでは

ありません。

 

 

むしろ必要だったのは、

 

 

浅く触れる感覚と

 

手や指を

無理にコントロールしようとせず、

 

ただ“楽しむ”ことでした。

 

 

激しさやスピード感のある演奏は、

“力の量”によって生まれるのではなく、

 

 

むしろ、

解放された身体と心から、

自然に立ち上がってくるもののような

気がします。

 

 

解放されると

手が勝手に動くのです。

 

 

考えるより先に、

音のほうから
流れ出してくるような感覚があります。

 

 

だからこそ、

無理に押さえつけないことは、

 

 

繊細な音のためだけではなく、

速さや迫力を生み出すためにも、
とても大切なことなのだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ご訪問ありがとうございます

      

 

 

ある日のレッスンで
びっくりした一言がありました。

「おじいさんに、

そんな接し方はせえへんやろ」

正直、ドキッとしました。

 

 

 

 

あるレッスンでのことです。

鍵盤を

深く押し下げる生徒さんがいました。

 

夢中になるほど、
指先に力が入ってしまう。

 

 

そんな場面は

珍しいことではありません。

 

 

その日も
「もう少し浅く弾いてみようか」と
声をかけていたのですが、

なかなか変わりませんでした。

 

 

その様子を見ていたお父さまが、
こんなことをおっしゃったのです。

 

 

「おじいさんに、

そんな接し方はせえへんやろ」

 

 

一瞬、ドキッとしました。

生徒さんも驚いていました。

 

 

でもこの一言、
かなり本質をついていると

思ったのです。

 

 

ちょうどその前に100年前の

ピアノの話をしていた流れもあり

その例えになったのでしょう。

 

 

けれどそのあとで、
不思議とスッと、
腑に落ちたような気がしたのです。

 

 

 

音を出すことばかりに意識が向くと、
人はどんどん強く押そうとします。

 

 

でもそれって、

自分にも楽器にも
やさしくない。

 

 

無理に力を入れなくても、
ピアノはちゃんと響きます。

 

 

 

むしろ、
その楽器がもともと持っている響きを
引き出したときのほうが、

音はずっと美しい。

 

 

ピアノは

感情を受け入れてくれる存在です。

 

でも、
感情をぶつけるものではない。

 

 

大切に触れたときにだけ、
ちゃんと応えてくれる。

 

 

人と同じですね。

 

 

あの一言、
最初はドキッとしましたが、

印象深い言葉になりました。