座敷童の宿からごのへ郷土館を見学して、青森県おいらせ町までやってきました。
町名のとおり、十和田湖から流れてくる奥入瀬川の河口に位置する町です。
おいらせ町では、体育館や運動場のある「いちょう公園」へ立ち寄ることにしました。
春は満開の桜、初夏は紫陽花、秋はいちょうやもみじなどの美しい紅葉が楽しめます。
桜の花はほぼ散っていましたが、もうひとつの見所が「日本一の自由の女神像」です。
根岸堤という池の畔から、対岸を眺めてみると、その自由の女神像が見えました。
この「自由の女神像」は、高さ20.8mで、夜間は美しくライトアップされるそうです。
おいらせ町がニューヨーク市と同じ北緯40度40分であることから建てられました。
しかも「4」にこだわり、アメリカ自由の女神像の4分の1の大きさになっています。
女神像の見学を終え、三沢市街を抜けて、小川原湖畔の道を北上して行きます。
「小川原湖畔キャンプ場」まで来ると、だいぶ日が傾いて、風が強くなってきました。
さすがにこの辺りではまだシーズン前なのか、キャンプしている人はいませんでした。
湖畔には「玉代・勝世姫のこけし」像が立っていて、なにやら云われがあるようです。
小川原湖伝説と言う話の中に玉代姫と勝世姫という二人のお姫様が登場します。
行方不明になった父を探し、最終的に小川原湖の三尊仏になるというお話です。
小川原湖畔を北上してやってきたのは、「斗南藩記念観光村」というスポットです。
ここには「道の駅 みさわ」があるので、物産館を見学してみることにしましょう。
そこでこんぶおにぎり50円と東北限定コーヒー50円を手に入れることが出来ました。
おやつ代わりにおにぎりとコーヒーをいただいて、公園内を散策してみます。
敷地は広くて、ゴーカートやパターゴルフなども併設、乗馬もできるみたいです。
かつて広沢安任が牧場を開設したので、芝生には馬や牧夫たちの象が建っています。
実は「ごのへ郷土館」を見学した際に、受付の方に何処へ行くのか尋ねられました。
三沢へ行く旨をお話しすると、ここ「斗南藩記念観光村」をおススメしてくれました。
そのため、もともと予定にはなかったのですが、ここへと立ち寄ることにしました。
「三沢は開拓の村なんですよ」というお話を聞いたので、その歴史も勉強しましょう。
観光村内に「三沢市先人記念館」があるので、入館料110円で見学していきます。
当館では幕末の会津・斗南藩士である「廣澤安任」にスポットを当てています。
廣澤安任は会津藩の藩校、日新館の出身であり、さらに江戸の昌平黌に学びました。
尊皇攘夷に揺れる幕末の時代、安任は藩主・松平容保が京都守護職に任命されます。
明治維新後、安任は三沢に、英国人らと共に日本初の民間洋式牧場を立上げます。
安任は「野にあって国家に尽くす」と在野の身を貫き、牧畜に生涯を捧げました。
廃藩置県で失業に陥った武士の雇用救済のためでもあったとも言われています。
安任は信頼もあり、牧畜業に留まらず、数々の画期的な試みも行います。
洋種の馬との掛け合わせにより優秀な馬を生産したり、野草を牧草に品種改良します。
また、下北半島運河開発を計画したり、東京での乳製品の製造販売などをしました。
常設展示室では、時代を駆け抜けた「廣澤安任」の生き様を学ぶことが出来ました。
予定外の訪問を追加したので、もうすぐ日も暮れそうな時間になってしまいました。
しかしあと1ヶ所だけ立ち寄りたい場所「青森県立三沢航空科学館」があります。
そのため、三沢米軍基地の近くにある航空科学館へと急いで行ってみました。
ついたらすぐに閉館のアナウンスが流れてきたので、急いでひろばを周ります。
ここには、かつて日本中の大空を飛びまわった航空機が野外展示されています。
F-16は、アメリカ空軍を初め世界各国の空軍で使用されている優れた戦闘機です。
こちらのF-104Jは、1963年から航空自衛隊で使用された超音速戦闘機です。
最大速度がマッハ2の本格的超音速機で、輸入と生産併せて210機が導入されました。
1986年まで千歳、百里、小松、新田原、那覇の飛行隊で任務に就きました。
もっとゆっくり見学したかったのですが、残念にも閉館時間が来てしまいました。
仕方ないので、そろそろ予約していた三沢市内のホテルへと移動することにします。
さっそくラジウム温泉のお風呂に入って、レモンサワーで1日の疲れを癒します。
※Part8へ続きます。
今日はここまでで終了です。
最後まで閲覧いただきまして、ありがとうございます。
また次回お会いしましょう。
ではおやすみなさい(^^)。
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