がんばれ!ロード乗り!多摩川サイクリングロード編[完結編]
前方を行く青いキャノンデールは全く疲れを見せない…いや、実際はどうかは知らないが、少なくとも後ろから見る限り走りはいまだ絶好調、疲れてきた気配は全くない。
一方、キャノンデールから遅れること約2メートル後方を走る、赤いピカピカのピナレロ乗りは、表情やライディングフォームからは伺い知ることは難しいかもしれないが、実は身体のあちこちがすでに悲鳴を上げはじめていた。
それもそのはず、彼にとってこの日は初のロードバイクが来てからまだ3日目のことだったのである。
2006年10月、ある晴れた日の午前中。恐ろしく空いていたこの日の多摩川サイクリングロードは、幸か不幸か、この二人の専用道路と化していた。
本来、先頭を行くキャノンデールの方が大変なはずだ。後ろに付いて走るピナレロは、それに比べれば空気抵抗が減る分楽チンだ。空気力学的にはそういうことになる。
だが、彼にとって、この走りはもはや“責め苦”の様相を呈しはじめていた。
手、首、腰。まずはこの3カ所が痛みはじめていた。普通に考えてそろそろ休憩が必要なときだ。
自転車を降りて“伸び”をしたい。背中を後ろに反らしたい…。
それにこのスピード。楽なはずの“付き位置”であっても、さっきからもう何キロになるだろうか…。ずっと高速で走り続けてきた疲労は、もはや無視できないものになっていた。
にもかかわらず、彼はまだ必死に走り続けていた。
「まだまだ行けるゾ!がんばるんだ!」
彼はさほど効果のない呪文を、ひとり言のように繰り返している。
よーく観察すると、2台の車間距離が微妙に開いたり縮まったりしている。
先ほどキャノンデールが後ろを走っていたときにはそんなことはなかったのだが、先頭交代をしてピナレロが後ろになったあたりから、彼の走りがちょっと不安定になってきた。
実は、大きな声では言えないが、ピナレロに乗る彼は、時々ちぎられそうになっているのだ。だから車間距離がスーッと開きそうになる。だが、“後ろに付いているにも関わらずちぎられてしまう”ことを無性に嫌う彼は、その後に残されたパワーを振り絞り、なんとか加速して追いついているのだ。
簡単に言ってしまうと、彼は“ギブアップ寸前”だ、ということになる。
ただでさえ無理して高速を出し、さらにそんな余計な加速を何度も繰り返しているものだから、消耗はさらに激しいものになる。
彼はこの時点では心拍計を所有していない。だから心拍数がどのくらいなのかわからないが、相当心拍レベルが上がっていることは間違いなかった。ATレベル限界値を超え、無酸素領域に入ってくる一歩手前くらいだったかもしれない。
となるとこの先の経過は簡単に予想できる。
人間、無酸素領域での運動は長続きしない。どう考えても5分も持たない。
ならばどうなるか…。
哀れなピナレロ乗りは、このあとほどなくして体力を使い果たし、先行するキャノンデールのスピードに付いて行けず、ひとり脱落する。つまりあっけなくちぎられてしまうことになるのだ。
そんな非情な光景こそ、彼が間違いなく数分後に体験することになる現実だった。この無意味な頑張りを続ける限り、彼にその運命を変えるすべはない。
この時点で彼の選択肢は2つしか残されていなかった。[無理にでも休憩する]か[運命を受け入れる]かの2つだけだ。だが見る限り、彼が前者を選択するとは思えなかった。
あぁ、無情な運命。ロードバイク初心者の悲劇! なんと過酷な現実!
ある意味無慈悲とも言えるベテラン・ロードバイク乗りは、後方の状況を知ってか知らずか時速35km/hで容赦せず快走し続ける。
ピナレロ乗りの呼吸はさらに荒くなってきた。心肺機能的に明らかに限界を示している。
もはや身の程知らずの彼を救うすべはない…。
あぁ、ちぎられるぅ…
か、か、神様…
「も、も、もうダメだぁ…」
彼は天を仰いだ。自らの愚かさを呪った…。
と、次の瞬間。
驚くべき状況の変化が訪れた。
ガクンと青いキャノンデールのスピードが落ちたのだ。
時速35km/hから一気に10km/h以上速度が落ちた。
さっきまであれほど快調に高速を維持していた青いキャノンデールが、時速20km/h台前半というママチャリでも到達できる速度まで、いきなりスローダウンしたのだ。
「えっ! ど、どうした! 大丈夫か!?」
そしてひと呼吸。彼は冷静に状況を観察した。
そしてあることに気づいた。路面の感触が変わったのだ。
「え、砂利道!」
そう、多摩川サイクリングロードの舗装路区間が終わったのだ。高速で走り続けた二人は、いつの間に、もう狛江まで到達していたのだ。
今まさにちぎられてしまうその一瞬前に、路面状況の変化によって彼は救われたのだ。奇跡とも思えるような完璧なタイミングだった。
彼、初心者のピナレロ乗りは安堵のため息をこぼした。
そして小さな声でこうつぶやいた。
「く、苦しかったけど、た、楽しかった! ハァ、ハァ…」
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以上、「多摩川サイクリングロードでの出来事・完結編」でした。
このキャノンデールの方、やはりロードバイク乗りとしては結構なキャリアを持っていた方だった。
その後、ちょっと話したところ、「富士チャレンジ200」でも走ったことがあるとのこと。当然のことながら、ロードバイク3日目の私が太刀打ちできる相手ではなかったのだ。
おかしかったのが、コンポ交換の話。このキャノンデールに付いていたコンポーネントはそっくりそのまま上級モデルの「シマノ・アルテグラ」に交換されていたのだが、これはやはり“奥様には内緒”だったとのこと。案の定、奥様は気づかず、知らないところで十数万円が浪費されたことにいまだ気づいていない!
ただ、どういうわけか、ホイールを交換したのだけはバレてしまったよう。これは色違いだったことが気付かれた原因だとか…。
女性は色に敏感だ!
これが、私がこの日学んだもうひとつのレッスンだった。
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次回はいよいよ「探せ!決戦バイク」の予定!
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