皆さんは「健康である」ということを、どのように理解されていますか。
そういう風にはあまり考えたことがない、のではないでしょうか。
では「体調が悪い」はどうでしょうか?風邪をひくというのは、多くの人が年に何回かは経験するでしょうし、体調が悪いの代表的状態でしょうね。
風邪をひいたら、あまりひどくなければ薬を飲んで様子を見る、ひどくなれば病院に行って薬をもらったり点滴を打ってもらったり・・・対処としてはそんなところでしょうか。
最近つくづく思いますが、自らが健康でいるためには「体の健康」と「心の健康」の両方を意識しないといけません。
心の健康を意識した言葉としてよく使われるのは、「ストレス」でしょうか。しかしストレスという言葉は、一般的に使われすぎて健康を意識する言葉としての認識が弱すぎます。
一方で、「うつ」や「不眠」となると、病的な印象が強くなり過ぎる気がします。「うつは心の風邪」という表現を聞いたことがありますが、こんなに軽い印象で受け取める日本人はごくわずかではないでしょうか。
私、コロンボは「刑事コロンボ」が大好きなのですが、刑事コロンボシリーズの第一話の殺人犯は精神科医なのです。
アメリカでは昔から精神面のクリニックが普及していることが分かります。
他のコロンボの話にも、他人に自分が精神科医に通っていることをごく普通に話しているシーンがあったように思います。
私自身がそういうシーンを見たのは、中学生か高校生の頃だったと思いますが、それでも精神科医の普及ぶりに感心したのを覚えています。
なぜ日本では普及しなかったのでしょうか。「精神面が弱い」ということが恥ずかしいことだという文化なのかも知れません。武士道の国ですから。
アメリカでは「強くなって克服する」ためにクリニックに通うという前向きな捉え方をしているように思います。
病気であって医者に行って治すもの、というところでしょうか。
以前にホメオパシーのお話しをブログで書きましたが、ホメオパシーでは病気を体の反応と捉えます。「体がバランスを失っている」からバランスを取り戻すためにどうしたらよいか、こういう考え方が西洋には普及しているようです。
日本では弱さであって自分で克服するもの、というように捉える文化でしょうか。
今でも日本では、精神科医に通っているということを自ら話す人は少ないし、また人に話すという行為によって、さらにおかしな人というレッテルを貼り付けられてしまっているように思います。
その恥ずかしさが通院を遠ざけ、事態を悪化させることも少なくないでしょう。
心の健康は自分自身はもちろんの事、周囲の人間の心の健康にも目を向けることも大切なようです。
私ですか?私にはうまい日本酒が最高の薬として作用してくれているようです。今のところ。