bigvanjfkです、こんにちは  
  
毎度ですが、ご自身の病気に関する情報や治療方針については、必ず医師に相談し、確認を受けてから治療を進めることが大切です。  
  
この記事では、見えない力、言葉では表現できない、人の能力ついて書きます。


薬局と薬剤師さん

みなさんはご自身のお薬、処方薬の受取薬局は一つにしていますか。
それとも、病院毎に病院近くの薬局を利用されていますか。
はたまた、院内処方ですか。

それぞれにメリット、デメリットがあると思いますが、最近起きた出来事で
その選択を考え直すきっかけがありました。

僕は、現在眼科のみに通院しています。
眼の難病のため、かかりつけ医とは別に、様々な治療を受けるため、病院を転々としています。
その度に病院近くの薬局で新規に問診票を書き、登録してきました。

病院近くにしている理由は、処方箋には有効期限があり、なるべく早く受け取りたい。

病院近くの薬局であれば、薬の在庫もあり、すぐに受け取れる。
そんなメリットが気に入っていました。
 

アトピーが酷かったときは、デュピクセント、混合ステロイド軟膏、体質に合う先発膏薬など

特殊な薬が多く、ドラッグストアでは取り寄せになることも多く、集約することすら考えていませんでした。

目が悪くなる前は、病院の近くで受け取ることが最良で、それで良かったのです。

目が良ければ、新しい薬局で問診票を書くことなど、たやすいことですが、いまはそうもいきません。
最近は視力が落ちてしまい、自分が書いた字すら読めないのです。

余談ですが、このBlogはPCで書いています。

音声入力も可能なので、文字を拡大すれば問題ありません。

アナログではこうもいきません。
紙の読み書きはちょっと辛いのです。

一時は奮闘して紙面をスマホで撮影し、部分ごとに拡大しながあ内容を確認し、

必死に書いていたのですが、今まさに自分が書いている字は拡大ができず、薄いガイド線を外したり、

欄外に書いてしまうこともしばしばです。

そこで、自宅最寄駅にある薬局一つに集約すれば、新しい病院へいく度に問診票を書く必要がなくなる!

次回新しく薬局へ行くときには、集約することに半ば決めていました。
もし、薬剤師さんも長年の付き合いともなれば、薬の事情も分かってくれる。
そんな期待もありました。

しかし、その考えも見直すことになりました。

 

見えない力。

いまは、都心の大学病院へ通院しています。
院内処方も、周辺にも薬局はたくさんあります。
もちろん、病院の最寄駅にも薬局があります。
選択肢はたくさんあります。

話は逸れますが、この病院は、とにかく医師

看護師さん、検査技師さん、受付の方全員が本当に親切です。
これまでの病院も親切な方がばかりでしたが、その上をいきます。
治療面でも最先端の見たことのない機器、治療の提案もたくさんくださる。
会計もデジタル化が進んでいて、僕にとってはこのうえない場所です。
非の打ち所のないさすが東京の病院です。
  
さて、薬局の話に戻ります。
病院近くの薬局に行こうか、自宅最寄りの薬局に行くか、実はまだ迷っていました。

さっき決めていました。と言ったのに踏ん切りが悪いのです。


なぜなら自宅最寄駅の薬局は駅から少し離れていて、駅構内から外に出る必要があります。

離れているといっても100mあるかないかくらいですが、僕にとっては致命的です。
 

現在の身体能力では夜間(冬は夕方から)は歩行が困難になってしまいます。

暗い場所ではどこを歩いているか分からなくなります。
診察が夕方になれば、自然、薬局に行く時間も夕方以降となってしまいます。

駅構内から離れて暗い夜道を歩くとなると、一気に難度が上がります。

実際には街頭もあり、ビルの明かりや、ネオンで、まったく暗くはないのですが。
翌日明るい時間に行けばいいかもしれませんが、やはり不安と不便が勝ります。

そこで、達した結論が、明るい時間帯に行ける場所へ行く。

いざ病院近くの薬局に行き、はじめての扉をくぐる。
自動ドアがウィンと開き、どこに何があるのかを把握するところから。

受付、カウンター、待合席、マイナンバーカードの機械。

配置がわからないので立ち止まってしまいます。
大抵の場合、ここで店舗にいる全員から熱い視線を浴びて、怪しまれます。
「入口で誰か突っ立ってる人がいる」と。
そしてなかなか動かない。怪しい。

アメリカならテロ犯と思われること間違いありません。
 

明るいところ(外)から暗い建物に入ると、僕は何も見えなくなってしまうのです。
天気の良い日に高速道路でトンネルに入ると一瞬見えなくなるが、すぐに目が慣れる現象(暗順応)がとても遅いのです。
僕の場合、暗順応が五分くらいは掛かるので、入ってすぐに歩き回れない。

こうなると「こんにちは~」の声がする方向へ行くことだけが頼りです。
耳を澄まして、薬剤師さんへいるところまで行き、処方箋を提出する。

もっさりとした自分の行動と事情を説明する。

それでも問診業が出てきてしまいました。
恐怖の問診票が。

いままで住んでいた地方都市の薬局では
「時間を掛けてもいいので、ゆっくり書いてくださいね~♪」
と、気遣いいただいていましたが、今回はもう無理!辛い!と心が叫びました。

思い切って、薬剤師さんに聞き取り方式で書いてもらえないかと頼んでみました。

すると、怪訝そうに、そしてまた少し戸惑いながらも、書いてくださりました。

目が悪いと申告したものの、字が読み書きすらできないほど、目が悪いとは思わなかったのかもしれません。

でも、最終的には親切に書いていただけました。

ひょっとして、昔から聞き取り式でお願いすれば良かったのかもしれない。
それとも、この都心のこの薬局の、この薬剤師さんが親切なのか。

いや、頼めばどこでも書いて貰えるだろう。

でも、なぜそうしなかったのだろうか。

一週間前のこの親切を反省して、Blogを書く気持ちになっているのには理由があります。
書くのが辛いことを辛いと思った時点で申告していたら、ここまで我慢しなくて良かったのかもしれない。
自分自身が薬剤師の立場だったら、代わりに書くことなど、ためらうことはないだろう。
いや、でも、本当に自分は出来ていただろうか。
自分のやるべき仕事を優先して、

「時間を掛けてもいいので、書いてくださいね」で終わっていたかもしれない。

なぜだろうか

自分から頼んだからには違いないが。

いや、この薬剤師さんの雰囲気は違った。

単なる親切とは思えなかった。
 

言葉では伝えられないのですが、―。

この方の周囲にいる人々はみな幸せだろうなと感じる何かがあったのです。

これは何なのか?礼儀や謙遜、言葉遣い?

いや、それならラジオやテレビの人々からもわかるはずだ。

芸能人にはない感覚です。

大好きなサンドイッチマンさんも高感度高いが、全然違う力だ。


オーラ?雰囲気?気品?品性?気配り?佇まい?
いずれでもない。目に見えない力としか言いようがない。

なんせ、僕も何人の人と話す機会は幾度とあったのだから、これは特別なのだ。

この出来事からあれこれ考えて、この結論に至っています。
 
あの薬局はいいなと。 

 

まとめ

「薬局はお薬を貰う場所だけの場所」から、何かが変わりました。
病気で視力が落ちて視覚以外の四感による鋭利な感覚が自分に言い聞かせているのかもしれない。
溺れる者は藁をも掴む人間の心理なのか?

それなら、もっと感じる場面もあるはずです。

薬剤師さんの目に見えない力。

人には、見えない力、があることを確信しています。

【参考】今日は5/4なので
「May the Force be with you.(メイ・ザ・フォース・ビー・ウィズ・ユー)」は、**映画『スター・ウォーズ』シリーズ**で有名なセリフの一つです。日本語では「フォースと共にあらんことを」と訳されることが多いです。

 

あとがき

『人は見た目では分からない』ことの好例でした。
いまの自分にできることは限られますが、自分も人様にこの薬剤師さんにようにありたいなと思います。

健康だった自分が親切を有り余るほど周囲に振り撒けていただろうか。

全然出来ていませんでした。と、考えを改めるきっかけでした。  

いまからでも遅くはないはずなので、頑張ります。

このBlogがどなたかのお役に立てたら幸いです。

変更履歴

2025/04/30:文章構成を修正

 

bigvanjfkです、こんにちは

この記事では「やっていて良かった、これからも続けたい」ことをまとめてみました。

元々はストレスを逸らすためのマインドでしたが、いまとなっては財産に思えます。

 

病は気から

アトピーは大きなストレス要因ですが、それらを忘れるための密かな心がけとして、5つの「柱」を心がけていました。

そこで、今回はそれをお伝えしたいと思います。
あくまで私自身が心がけた暗示のようなものなので、ちょっと怪しいな、大丈夫かな?

と疑いの目を持って、参考程度に読んでいただければ幸いです


【5つの柱】

5つの柱がベースにあります。

それぞれ、以下のようなものです。

  1. コミュニケーション能力の鍛錬
  2. 情報収集(読書、学び、旅など)
  3. ストレスからの解放
  4. ネガティブ感情の追放
  5. 「あなたを否定する人はいない」と知る


以下、それぞれ説明します。
 

1. コミュニケーション能力の鍛錬
コミュニケーションには様々な形があります。

英語、手話、同意、感情の読み取りなどなど。

 

でも、そのような難しいことではありません。

普段の会話やメール(LINE)で、相手を慮る言葉を大切にするだけで、人間関係は豊かになります。

同じことを伝える場合ても、言い方一つで相手に伝わる印象は大きく変わるものです。


アトピーで人前を避ける仕事に就いている方もいることと思います。

しかし、どんな場面にもコミュニケーションはあるはずです。

意識的なコミュニケーションは人生全般で役立ち、必ずや自分に良い結果をもたらすはずです。

 

あなたがもし、とても親切にしても、それでも挑戦的な人は多くありませんが、一定数います。

そういった人たちに媚びる必要はありません。

冷静で無駄のない関係を保ち、この先の「3」にあるように、あっさりストレスからの解放を優先した方がいいと思います。

相手にとってもきっと、その方がよいはずです。


2. 情報収集
知識は人生を彩り、相手を喜ばせ、自分自身の糧にもなります。
読書・ネット検索・旅・研究・趣味。

なんでもいいのですが、新しい世界を通じ、感じたことを蓄積すると、初対面でもスムーズに雑談でき、視野が広がります。
 

一人旅なら、体調や気分に合わせた自由な予定が組めるのも魅力です。

そして何より、考える時間や新しい人達との出会いも増えます。

複数旅もよいですが、一人旅もよいですよね。
 

3. ストレスからの解放
自分に甘くなることを許してください。甘い食べものはアトピーの大敵なのでNGですが。
無理な目標を課さず、理解ある人と付き合い、理解のない人はやんわり遠ざける。好き嫌いは必ずあります。
将来を過剰に考えず、一人の時間を確保する。
こうした工夫は、アトピーという長い闘いの中で、心を非常に楽にしてくれます。
 

4. ネガティブ感情の追放
不満、怒り、嫉妬、執着心、復習。過去に生き甲斐を持つ人の感情の類です。

これらの負の感情は、未来には何も生みません。

私は未来に生きています。
 

ポジティブを正義とする人と過ごし、自分自身も前向きになる。
ネガティブに費やす時間があるのなら、その1分1秒をプラスの何かに割く。

筋トレ、読書、恋人への思いやり。なんでも良いのです。

前向きなことに充てる習慣を身に付けると、心は鍛えられ、人にも優しくなれます。

 

ネガティブ感情を全身に身にまとって生きてきた人はこのマインドセットになるのは難しいかもしれません。

しかし、この記事を読んでくださったみなさまでしたら、共感いただけると信じています。

絶対にあなたのプラスになります。

 

ネガテイブな人を”説得”することはその人の教義にはない正義をかざすことなので、非常に困難です。

過去に引きずり込もうとする人たちと、未来に進む人は相容れません。


 

5. 「あなたを否定する人はいない」と知る
私はあなたを知りませんが、応援しています。
なんだか変なセラピーの雰囲気がありますが、世の中の多くの人は本来優しい人ばかりです。

海外で生活した経験から感じることは、特に日本人は優しいということです。

私も、たくさんの人に助けてもらい、世の中に親切な方がたくさんいることを痛感しました。
かれこれ1年半以上、のろのろ歩いたり、変なところで通行を妨げたりしていることが多々あります。

(心の中では邪魔だなと思われても)それでも、怒鳴られたり、酷いことをされたことはありません。

それが何よりの証明です。
否定、批判をするのは、自分自身に不平や不満があり、どこかしらにぶつけたい特殊な人たちなのではと思います。
困難を抱える中で一歩を踏み出す人を、正面から否定できる人などいないはずです。
理解ある人々は、必ずあなたを支えてくれます。
 

まとめ

アトピーとの暮らしは長く続くと、それが当たり前になり、辛さを認識しにくくなってしまいます。
しかし、今回お伝えした5つの「柱」は、私にとってはおまじないだったものが、意識的に取り入れることで「続けたい」と感じるものになりました。

マイナスは忘れて、プラスに生きる。あなたの価値が高まることに繋がるはずです。
ぜひ、ご自身のペースで取り入れてみてはどうでしょうか。
 

あとがき

皆さんも独自の「やっていてよかった」と思えることが、いつか実感として力になるときが来るといいですね。

もう既に実現して、成功していますか。

なんと言っても自分の中での納得感が大事ですね。

 

最後にワンコ、にゃんこは本当に5つの「柱」を純粋な気持ちで生きているなと感じるばかりです。

 

このBlogがどなたかのお役に立てたら幸いです。

bigvanjfkです、こんにちは

毎度のことですが、ご自身の病気に関する情報や治療方針については、必ず医師に相談し、確認を受けてから治療を進めることが大切です。

この記事では、どんな意見も「言い合える仲間は大事だな」と思ったことを書きます。

 

言い合える仲間

 

今日も近所の遊歩道を散歩する。  
犬の散歩をしている人。  
自転車で颯爽と走る人。  
ジョギングをしている人。  
鳥が鳴き、緑が多く、桜もところどころ咲いている。  
車やバイクが一切通らない完全な遊歩道は、平和に満ち満ちている。  
春爛漫の天気のいい日は、いくらでも歩けるような気持ちにさせてくれる。

今日もその遊歩道を歩いていて、間もなく遭遇したひとかけらの会話から、  
心を動かされたシーンを書こうと思った。

新学期を迎えた、もしくはこれから迎えるであろうこの季節。  
男子中学生か高校生くらいの男子二人組が、自転車でこちらに向かってくる。  
すれ違う数メートル手前で、片方の男子がもうひとりにこう言った。
 
「ながらスマホはだめだよ」
 
僕は目が悪いため、遊歩道の端を歩くと溝に落ちてしまったり、芝生を踏んでしまったりするので、中央寄りを歩いている。  
もちろん、前方や後方から人や自転車が来たら耳と目で察知して即座に端に寄るようにしている。  
それでも、自転車の速度が速いと、認識が遅れて避けるまでに少し間ができてしまう。  
それを見越してのことか、さきほどの男子二人組のひと言があったのだろうと思った。

「ながらスマホはだめだよ」  
 
 
その言葉から間もなく、同じ彼が  
「後ろのあの人、見てみ」 と言う。

向かってきた男子二人組の後方、つまり僕の前方を彼らは振り返り、  
「あれはやばい」 と笑った。

僕の目では、その“やばい人物”をすぐには認識できなかった。  
やがて、その人物が僕の横を通ったとき、左手でスマホを見ながら自転車を運転しているのが分かった。  
男子二人組の自転車が圧倒的に速かったので、  
「ああ、そういうことか」と理解した。

距離にして50mもないくらいだが、指摘された彼は遠目でも  
「あれはやばい」と瞬時に理解し、指摘した彼も追い越しざまに“ながら運転”を認識していたのだ。

ヨタヨタと遊歩道を歩く僕を見て、友人にも忠告したのだろう。  
指摘された男子が“ながら運転”をしていたのかは定かではないが、それはどうでもいいことだ。

 

散歩

 

散歩をする理由は、運動不足の解消もあるけれど、  
考えることが山ほどあるのも理由の一つだ。

景色はよく見えない分、考えごとに集中できるというメリットがある。  
遊歩道で出くわすワンコたちがどんな様子なのか、もっと見られたらいいとは思うが、  
軽快なワンコは一瞬で通り過ぎてしまうから仕方がない。

今朝の男子二人組とすれ違って、自分が考えていたことはあっけなく殲滅させられ二つのことを思った。

 

1つ目

 

ヨタヨタしている僕や、他の“ながら運転者”を見て、ながらスマホの危険性を再認識してくれたこと。  
ながらスマホは、行為をしている本人だけでなく、周囲にも危険を及ぼす。  
最悪、僕は轢かれても仕方ないが、若い人が交通事故に遭ったり、自分自身が加害者・被害者になってほしくない。

 

2つ目

 

友人に指摘していたこと。  
言いたいことを言って、言われた方もちゃんとそれを理解していた。

片方の男子が“ながら運転”をしていたかはわからない。  
もししていなかったならば、唐突に  
「ながらスマホはだめだよ」  
とは言わないだろう。  
ちゃんと言いたいこと、言うべきことを言い合える関係こそが本当の友達だ。  
「こんな些細なことを特筆して言うことか?…」と問う方もいるかもしれないが、  
こういう些細なことすら言えない、あるいは「言わなくていい」と考える仮面の友達もいる。

信頼は、こうした一見無意味にも思える言葉のやり取りで積み上がっていく。  
改めてそれを感じた。

とかく、最近の友情は希薄だという。  
それはグローバリズムや多様性という時代の産物かもしれない。  
「一つの価値観で率直に物を言ってはいけない」という理念があるからだ。  
昔からの友人ですら、大人になっても言いたいことを言ってはいけない。
それも当然の流れなのかもしれない。

学校では、教師が発言ひとつにも細心の注意を払い、四方に配慮した指導をしている。  
これは「子どもは小さい頃から考え方を徹底していく」という理屈だが、一理ある。  
しかし本当に、そんな伝え方でなぜそのような言い回しなのか、真に伝えたいことは何なのか
子どもに本質が伝わるのだろうか、と思う。

大人になってから  
「はい、どうぞ、率直に意見を言い合いましょう」  
と言われても、なかなかそれはできない。  
これが、希薄な友情が生まれる仕組みだ。


- ・社会の基本ルール(風習、マナー、交通法規以外のマナー、道徳)
    - 自分の夢の話
    - 人生の悩み(キャリア、家族、病気など)
    

これらは伝え方を間違えると、大きく心象を損ねる。  
だからこそ、本心を言うなど、博打はしない。

多様性は大事だが、友達同士と先生・生徒、医者・患者のような関係性では、意見の出し方はまるで異なる。

心が出来上がるこの時期に、今日のような一瞬ではあるが「言い合える仲間」を見たことが本当に嬉しかった。  
大人になっても、ずっと付き合っていろよ、と強く心の中でエールを送った。

社会に出ても、この性質は大きく変わらないと思う。
例えば、上司と部下。
上司は部下の意見を何でも受け入れる人物がなるべきだ。  
非対称性のある関係において、上司は多様性を重んじなければならない。  
一方、部下は上司に対して、どんな些細なことでも率直に意見を出すべきだ。
上司はその意見を汲んで、より発展的な提案を出し、部下に対してそれを実現するための支援を行う能力があるべきだ。


上司である本人は、基礎的な素養や能力が必要だ。  
なにより、「対等な立場」と「非対称性のある立場」を十分に理解しているかが大前提だ。

部下と上司ともに言い合える関係というのは、出来たら素晴らしい関係だが、なかなか成立しない。

 

まとめ

 

若い世代と交流する機会が減ったので、どのような関係性が主流なのか、サンプル数は限られてしまう。  
少ないサンプルで全体像を捉えると、少数の性質が全体を帯びているように錯覚してしまう。  
今日の出来事は、心配していた「若い人の友情の希薄さ」を打破するもので爽快だった。

「この一幕でなんでも言い合える間柄かどうはわからないだろ」

というご意見もあるだろう。

少なくともこのような多感な年ごろに、お互いを尊重できる人間関係、素直な人格形成がなければ、将来は言い合える関係になる可能性は低いとも捉えることができると考えてほしい。

 

伝え方は十分に留意すべきだが、何でもいい合える仲間は家族、友達、様々な人間関係で根幹を成しているはずだ。

散歩に出て5分も経たないうちに起きた出来事が、こんなにも清々しい気持ちにさせてくれた。  
男子二人組も立派だったが、その親御さんもきっとしっかりしているのだろうと感じずにはいられない。

 

あとがき

 

散歩に出ると、不思議と毎日大小さまざまな気づきがある。  
小さな変化に気づけるよう、毎日「心の目」を養っていきたいと思う。

ちょっとした変化に気付いて、それを言える能力とそれを言い合える仲間が近くにいることは心強い。
これを嫌う人たちは去っていったことの裏返しでもある。
でも、これこそが人の温かみだと、僕は思っている。

このBlogが、どなたかのお役に立てたら幸いです。