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2025/04/30:文章構成を修正

 

bigvanjfkです、こんにちは

この記事では「やっていて良かった、これからも続けたい」ことをまとめてみました。

元々はストレスを逸らすためのマインドでしたが、いまとなっては財産に思えます。

 

病は気から

アトピーは大きなストレス要因ですが、それらを忘れるための密かな心がけとして、5つの「柱」を心がけていました。

そこで、今回はそれをお伝えしたいと思います。
あくまで私自身が心がけた暗示のようなものなので、ちょっと怪しいな、大丈夫かな?

と疑いの目を持って、参考程度に読んでいただければ幸いです


【5つの柱】

5つの柱がベースにあります。

それぞれ、以下のようなものです。

  1. コミュニケーション能力の鍛錬
  2. 情報収集(読書、学び、旅など)
  3. ストレスからの解放
  4. ネガティブ感情の追放
  5. 「あなたを否定する人はいない」と知る


以下、それぞれ説明します。
 

1. コミュニケーション能力の鍛錬
コミュニケーションには様々な形があります。

英語、手話、同意、感情の読み取りなどなど。

 

でも、そのような難しいことではありません。

普段の会話やメール(LINE)で、相手を慮る言葉を大切にするだけで、人間関係は豊かになります。

同じことを伝える場合ても、言い方一つで相手に伝わる印象は大きく変わるものです。


アトピーで人前を避ける仕事に就いている方もいることと思います。

しかし、どんな場面にもコミュニケーションはあるはずです。

意識的なコミュニケーションは人生全般で役立ち、必ずや自分に良い結果をもたらすはずです。

 

あなたがもし、とても親切にしても、それでも挑戦的な人は多くありませんが、一定数います。

そういった人たちに媚びる必要はありません。

冷静で無駄のない関係を保ち、この先の「3」にあるように、あっさりストレスからの解放を優先した方がいいと思います。

相手にとってもきっと、その方がよいはずです。


2. 情報収集
知識は人生を彩り、相手を喜ばせ、自分自身の糧にもなります。
読書・ネット検索・旅・研究・趣味。

なんでもいいのですが、新しい世界を通じ、感じたことを蓄積すると、初対面でもスムーズに雑談でき、視野が広がります。
 

一人旅なら、体調や気分に合わせた自由な予定が組めるのも魅力です。

そして何より、考える時間や新しい人達との出会いも増えます。

複数旅もよいですが、一人旅もよいですよね。
 

3. ストレスからの解放
自分に甘くなることを許してください。甘い食べものはアトピーの大敵なのでNGですが。
無理な目標を課さず、理解ある人と付き合い、理解のない人はやんわり遠ざける。好き嫌いは必ずあります。
将来を過剰に考えず、一人の時間を確保する。
こうした工夫は、アトピーという長い闘いの中で、心を非常に楽にしてくれます。
 

4. ネガティブ感情の追放
不満、怒り、嫉妬、執着心、復習。過去に生き甲斐を持つ人の感情の類です。

これらの負の感情は、未来には何も生みません。

私は未来に生きています。
 

ポジティブを正義とする人と過ごし、自分自身も前向きになる。
ネガティブに費やす時間があるのなら、その1分1秒をプラスの何かに割く。

筋トレ、読書、恋人への思いやり。なんでも良いのです。

前向きなことに充てる習慣を身に付けると、心は鍛えられ、人にも優しくなれます。

 

ネガティブ感情を全身に身にまとって生きてきた人はこのマインドセットになるのは難しいかもしれません。

しかし、この記事を読んでくださったみなさまでしたら、共感いただけると信じています。

絶対にあなたのプラスになります。

 

ネガテイブな人を”説得”することはその人の教義にはない正義をかざすことなので、非常に困難です。

過去に引きずり込もうとする人たちと、未来に進む人は相容れません。


 

5. 「あなたを否定する人はいない」と知る
私はあなたを知りませんが、応援しています。
なんだか変なセラピーの雰囲気がありますが、世の中の多くの人は本来優しい人ばかりです。

海外で生活した経験から感じることは、特に日本人は優しいということです。

私も、たくさんの人に助けてもらい、世の中に親切な方がたくさんいることを痛感しました。
かれこれ1年半以上、のろのろ歩いたり、変なところで通行を妨げたりしていることが多々あります。

(心の中では邪魔だなと思われても)それでも、怒鳴られたり、酷いことをされたことはありません。

それが何よりの証明です。
否定、批判をするのは、自分自身に不平や不満があり、どこかしらにぶつけたい特殊な人たちなのではと思います。
困難を抱える中で一歩を踏み出す人を、正面から否定できる人などいないはずです。
理解ある人々は、必ずあなたを支えてくれます。
 

まとめ

アトピーとの暮らしは長く続くと、それが当たり前になり、辛さを認識しにくくなってしまいます。
しかし、今回お伝えした5つの「柱」は、私にとってはおまじないだったものが、意識的に取り入れることで「続けたい」と感じるものになりました。

マイナスは忘れて、プラスに生きる。あなたの価値が高まることに繋がるはずです。
ぜひ、ご自身のペースで取り入れてみてはどうでしょうか。
 

あとがき

皆さんも独自の「やっていてよかった」と思えることが、いつか実感として力になるときが来るといいですね。

もう既に実現して、成功していますか。

なんと言っても自分の中での納得感が大事ですね。

 

最後にワンコ、にゃんこは本当に5つの「柱」を純粋な気持ちで生きているなと感じるばかりです。

 

このBlogがどなたかのお役に立てたら幸いです。

bigvanjfkです、こんにちは

毎度のことですが、ご自身の病気に関する情報や治療方針については、必ず医師に相談し、確認を受けてから治療を進めることが大切です。

この記事では、どんな意見も「言い合える仲間は大事だな」と思ったことを書きます。

 

言い合える仲間

 

今日も近所の遊歩道を散歩する。  
犬の散歩をしている人。  
自転車で颯爽と走る人。  
ジョギングをしている人。  
鳥が鳴き、緑が多く、桜もところどころ咲いている。  
車やバイクが一切通らない完全な遊歩道は、平和に満ち満ちている。  
春爛漫の天気のいい日は、いくらでも歩けるような気持ちにさせてくれる。

今日もその遊歩道を歩いていて、間もなく遭遇したひとかけらの会話から、  
心を動かされたシーンを書こうと思った。

新学期を迎えた、もしくはこれから迎えるであろうこの季節。  
男子中学生か高校生くらいの男子二人組が、自転車でこちらに向かってくる。  
すれ違う数メートル手前で、片方の男子がもうひとりにこう言った。
 
「ながらスマホはだめだよ」
 
僕は目が悪いため、遊歩道の端を歩くと溝に落ちてしまったり、芝生を踏んでしまったりするので、中央寄りを歩いている。  
もちろん、前方や後方から人や自転車が来たら耳と目で察知して即座に端に寄るようにしている。  
それでも、自転車の速度が速いと、認識が遅れて避けるまでに少し間ができてしまう。  
それを見越してのことか、さきほどの男子二人組のひと言があったのだろうと思った。

「ながらスマホはだめだよ」  
 
 
その言葉から間もなく、同じ彼が  
「後ろのあの人、見てみ」 と言う。

向かってきた男子二人組の後方、つまり僕の前方を彼らは振り返り、  
「あれはやばい」 と笑った。

僕の目では、その“やばい人物”をすぐには認識できなかった。  
やがて、その人物が僕の横を通ったとき、左手でスマホを見ながら自転車を運転しているのが分かった。  
男子二人組の自転車が圧倒的に速かったので、  
「ああ、そういうことか」と理解した。

距離にして50mもないくらいだが、指摘された彼は遠目でも  
「あれはやばい」と瞬時に理解し、指摘した彼も追い越しざまに“ながら運転”を認識していたのだ。

ヨタヨタと遊歩道を歩く僕を見て、友人にも忠告したのだろう。  
指摘された男子が“ながら運転”をしていたのかは定かではないが、それはどうでもいいことだ。

 

散歩

 

散歩をする理由は、運動不足の解消もあるけれど、  
考えることが山ほどあるのも理由の一つだ。

景色はよく見えない分、考えごとに集中できるというメリットがある。  
遊歩道で出くわすワンコたちがどんな様子なのか、もっと見られたらいいとは思うが、  
軽快なワンコは一瞬で通り過ぎてしまうから仕方がない。

今朝の男子二人組とすれ違って、自分が考えていたことはあっけなく殲滅させられ二つのことを思った。

 

1つ目

 

ヨタヨタしている僕や、他の“ながら運転者”を見て、ながらスマホの危険性を再認識してくれたこと。  
ながらスマホは、行為をしている本人だけでなく、周囲にも危険を及ぼす。  
最悪、僕は轢かれても仕方ないが、若い人が交通事故に遭ったり、自分自身が加害者・被害者になってほしくない。

 

2つ目

 

友人に指摘していたこと。  
言いたいことを言って、言われた方もちゃんとそれを理解していた。

片方の男子が“ながら運転”をしていたかはわからない。  
もししていなかったならば、唐突に  
「ながらスマホはだめだよ」  
とは言わないだろう。  
ちゃんと言いたいこと、言うべきことを言い合える関係こそが本当の友達だ。  
「こんな些細なことを特筆して言うことか?…」と問う方もいるかもしれないが、  
こういう些細なことすら言えない、あるいは「言わなくていい」と考える仮面の友達もいる。

信頼は、こうした一見無意味にも思える言葉のやり取りで積み上がっていく。  
改めてそれを感じた。

とかく、最近の友情は希薄だという。  
それはグローバリズムや多様性という時代の産物かもしれない。  
「一つの価値観で率直に物を言ってはいけない」という理念があるからだ。  
昔からの友人ですら、大人になっても言いたいことを言ってはいけない。
それも当然の流れなのかもしれない。

学校では、教師が発言ひとつにも細心の注意を払い、四方に配慮した指導をしている。  
これは「子どもは小さい頃から考え方を徹底していく」という理屈だが、一理ある。  
しかし本当に、そんな伝え方でなぜそのような言い回しなのか、真に伝えたいことは何なのか
子どもに本質が伝わるのだろうか、と思う。

大人になってから  
「はい、どうぞ、率直に意見を言い合いましょう」  
と言われても、なかなかそれはできない。  
これが、希薄な友情が生まれる仕組みだ。


- ・社会の基本ルール(風習、マナー、交通法規以外のマナー、道徳)
    - 自分の夢の話
    - 人生の悩み(キャリア、家族、病気など)
    

これらは伝え方を間違えると、大きく心象を損ねる。  
だからこそ、本心を言うなど、博打はしない。

多様性は大事だが、友達同士と先生・生徒、医者・患者のような関係性では、意見の出し方はまるで異なる。

心が出来上がるこの時期に、今日のような一瞬ではあるが「言い合える仲間」を見たことが本当に嬉しかった。  
大人になっても、ずっと付き合っていろよ、と強く心の中でエールを送った。

社会に出ても、この性質は大きく変わらないと思う。
例えば、上司と部下。
上司は部下の意見を何でも受け入れる人物がなるべきだ。  
非対称性のある関係において、上司は多様性を重んじなければならない。  
一方、部下は上司に対して、どんな些細なことでも率直に意見を出すべきだ。
上司はその意見を汲んで、より発展的な提案を出し、部下に対してそれを実現するための支援を行う能力があるべきだ。


上司である本人は、基礎的な素養や能力が必要だ。  
なにより、「対等な立場」と「非対称性のある立場」を十分に理解しているかが大前提だ。

部下と上司ともに言い合える関係というのは、出来たら素晴らしい関係だが、なかなか成立しない。

 

まとめ

 

若い世代と交流する機会が減ったので、どのような関係性が主流なのか、サンプル数は限られてしまう。  
少ないサンプルで全体像を捉えると、少数の性質が全体を帯びているように錯覚してしまう。  
今日の出来事は、心配していた「若い人の友情の希薄さ」を打破するもので爽快だった。

「この一幕でなんでも言い合える間柄かどうはわからないだろ」

というご意見もあるだろう。

少なくともこのような多感な年ごろに、お互いを尊重できる人間関係、素直な人格形成がなければ、将来は言い合える関係になる可能性は低いとも捉えることができると考えてほしい。

 

伝え方は十分に留意すべきだが、何でもいい合える仲間は家族、友達、様々な人間関係で根幹を成しているはずだ。

散歩に出て5分も経たないうちに起きた出来事が、こんなにも清々しい気持ちにさせてくれた。  
男子二人組も立派だったが、その親御さんもきっとしっかりしているのだろうと感じずにはいられない。

 

あとがき

 

散歩に出ると、不思議と毎日大小さまざまな気づきがある。  
小さな変化に気づけるよう、毎日「心の目」を養っていきたいと思う。

ちょっとした変化に気付いて、それを言える能力とそれを言い合える仲間が近くにいることは心強い。
これを嫌う人たちは去っていったことの裏返しでもある。
でも、これこそが人の温かみだと、僕は思っている。

このBlogが、どなたかのお役に立てたら幸いです。
 

bigvanjfkです、こんにちは。

病気に関する情報や治療方針は、必ず医師に相談し、確認を得てから進めてください。

この記事では、正しい診断の重要性について述べます。


正しい診断の重要性
 

病気の診断を誤ると、治るはずのものも治りません。 
例えば、風邪のような症状でも、インフルエンザ、新型コロナウイルス感染症、肺炎など、様々な病気が考えられます。 
適切な治療のためには、正しい診断が不可欠です。

中国の兵法書「孫子」にある「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」という言葉は、敵と味方の状況を把握すれば、何度戦っても負けることはないという意味です。 これは、病気にも当てはまります。 病気の原因を正確に把握し、正しい診断があってこそ、適切な治療が可能です。

もし、病気の症状が改善しない、慢性的な症状を諦めている、
新しい病院に行くのが面倒だと感じているなら、あと一歩踏み出すことで、病気が改善するかもしれません。

長年診てもらっている医師も信頼できますが、勇気を出して新しい医師の診断を受けることで、新たな発見があるかもしれません。

 

背景

私は20年以上眼科に通院しており、特にここ数年は頻繁に病院を変えています。 
地域の眼科、大学病院、歴史ある病院など、様々な病院を受診してきました。

新しい病院に行くたびに、新しい発見があります。 
医療機器の進歩により、新たな診断や治療法が見つかることもあります。 
まるで、病気と病院のステージを一つずつ進んでいるようです。

ドラゴンボールで、孫悟空が最初にフリーザと戦うことはありません。 
ヤムチャから始まり、徐々に強い敵と戦います。 
もし、最初にフリーザと戦っていれば、物語はすぐに終わってしまいます。
でも、病気は早く終わってよいのです。

私の病気も、最初から今の病院に通っていれば、もっと早く症状が改善したかもしれません。

後悔しても仕方ありません。 
今からできることを考えます。 
家族や友人には、時間が取り戻せないことを伝えたいです。
そのためには、情報収集が重要です。 
医師が他の医師や病院を勧めることはほとんどありません。

ネット記事で読んだ、原因不明の頭痛や動悸に苦しんでいた人が、10軒目の病院でがんが見つかり、安堵したという話は、早期発見の重要性を物語っています。 
もし、最初から10軒目の病院に行っていれば、もっと早くに望む結果を得られたかもしれません。

9回目までの道のりがあったからこそ、10回目でよい結果を得られたのかもしれませんが。


まとめ

病気を治すには、適切なタイミングで正しい診断を受けることが重要です。 病気は進行するため、タイミングを逃すと治るものも治らなくなることがあります。 どの診断が正しいかは、結果として病気が期待した時間で治ったかどうかでしか判断できません。
 

あとがき


地域や時代によって、医療格差が存在します。 東京では治る病気も、地方では治らないことだってあります。

 昔は不治の病だった結核も、今は治る病気です。それも人生だと受け入れる覚悟も必要かもしれません。

しかし、いまできる限り最善を尽くすことは大切ですよね。
このブログが、誰かの役に立てれば幸いです。