BIGTOEの筋肉ブログ

BIGTOEの筋肉ブログ

元ミスター関西、ミスター大阪、ミスター岡山のBIG TOEが書き綴るボディビル情報、筋トレ情報、ダイエット情報、人生雑感など・・・。
2017年ステージ4の腺様嚢胞癌という稀少癌宣告を受け、命がけの大手術から生還!!癌と戦う体力作りに励む日々を書き綴ります。

TEAM ACCリーダーのHAMAさんのブログを見ていると懐かしいヴァンヘイレンの記事が!!

 

ディビッド・リー・ロスが、ケイ・バクスターが、アーノルド・シュワルツェネッガーが、フランコ・コロンボが普通にワールドジムでトレーニングしていた古き良き時代!!

あの頃にもう一度帰りたいものだ。  Back to the 1985!!

 

ビデオに出てくるマッチョウーマンがケイ・バクスターさん

1985年のベニスビーチ

 

 

JUMP

 

 

手術から3年を経過し、14日のPET検査はしつこい腺様嚢胞がんの転移、再発は確認できずセーフ。気になる体調の変化はあるものの今のところ悪いものと決めつけられるものではなさそう。心機一転、先を見て一歩上行く筋トレに励みます。

 

大きな手術をするまでは、キレや見てくれを気にしていたのですが、もう見た目なんかどうでもいい。それより健康第一と考えが変わってきました。現在の医療によって生かされている今は15㎏落ちた体重を少しでも回復させ、細くなった筋肉を少しでも戻す、とにかく体力をつけるために出来ることをやるを目標にして気管孔呼吸でも可能な細切れ筋トレ、短時間中強度筋トレ、スロトレ、アイソメトリックスetc…をしてきました。その結果、筋肉、体重共にかなり戻ってきたものの、体脂肪も増えてぽっちゃり体型に落ち着いているのは否めません。(思うにこれは癌と共にリンパ節など周辺組織をも切除しているための浮腫みもあるかもしれません。)

でも、やっぱりぽっちゃりお腹が気になるのはボディビルダーの性!?コロナ禍と猛暑ですっかり巣篭り生活が板についた体に喝!!涼しくなってきたので毎日のウオーキングを日課に取り入れようと考えている自分が居ます(笑)。

 

 

※術後は縫い目だらけのまさにフランケンシュタインのようでしたが、3年経過して傷口も目立たなくなってきました。ただ、無くなった気管。骨、筋肉は生えてきませんが(笑)。

今日は朝から絶食してPET造影検査を受けてきました。

がんを罹患した人、家族にがん患者がいる人では当たり前のこの検査ですが、そうでない人にすれば「PETって何?犬・猫・昆虫?」となるでしょう。

 

私はそうでしたから(笑)。

 

核医学検査の一種であるPETとは、「Positron Emission Tomography (陽電子放出断層撮影)」 の略で、放射能を含む薬剤を血管から注入して、約1時間の安静後に全身のCT撮影を20分行ない画像化するというものです。

 

PET検査は、がんや炎症を起こした病巣を見つけたり、腫瘍の大きさや場所の確認、がんの再発、転移の有無、治療効果の確認などを目的としています。ブドウ糖を好むがんはブドウ糖様の薬剤を取り込むため、がんがあればその部分が光って表示されます。

 

私は、自身ががん罹患を告げられるまで、放射線被ばくするからと、年1回の勤務先の検診すら受けたくなかった人間ですが、がん罹患以来、術前検査、術後検査、術後経過確認検査の都度、胸部レントゲン、CT造影検査、PET検査、そして放射線治療と、「こんなに頻繁に放射線を浴びてもいいの?」「そのうちゴジラみたいに口から放射能を吐くんちゃうん?」と思うくらい放射線を浴びてきました。

もちろん、退院後も、がんの再発、転移確認のために、定期的に検査を受けることになります。

 

でも、人生は期限がありますし、肉体は消耗品です。それまで問題が起きなければいいわけです。原子爆弾で被爆した方でも長生きされている人も居るのです。よって、気にしないことにしました。

それでもって、今日の結果です。

 

「問題なし!!ただし、腺様嚢胞がんは、5年生存率と10年生存率が変わらない他のがんと違って、5年後までは比較的生存率が高いが、5年経過後から10年でガタッと落ちるから安心はできない。気長に行きましょう。」とのことでした。

 

「私たち医師がしっかりチェックしますから、吉賀さんは心配せず気楽に人生を楽しんでください。」との言葉を信じて、筋トレでますますパワーアップして、5年後と言わず、10年後、15年後と頑張りマッスル!!

3年前の今頃は手術を終えて集中治療室で痛みと戦っていました。手術自体の痛みは数種類の痛み止め効果で思ったほどではなかったのですが、チューブだらけで身動きできない為の背中、腰の痛みには効かないようで、その痛みは想像以上でした。

 

そして、今日で賢人に生まれ変わって丸3年。賢人3歳の誕生日を迎えることが出来ました。

 

これも亀田総合病院の頭頸部外科 岸本誠司先生、呼吸器外科 野守裕明先生、ツォン先生、ハーパーさん、看護師さんなど治療に関わってくださった人たち、足しげく千葉県鴨川市まで通い来てくれた家族、親戚、友人たちのおかげです。心より感謝です。

 

当たり前ですが、切除された気管、骨、大胸筋は3年経ってもトカゲのしっぽのように生えてはきません。口、鼻呼吸を、声を、臭覚を、骨を、筋肉を失いましたが、多くの人と繋がることが出来、人生において得るものの方が多かったし、幸せ度数は上がりました。諸外国に比して社会保障制度が比較的整っている日本ですから何とか生きていけることも幸せです。

 

大好きな筋トレも出来ない種目が多くなりました。気管孔という胸に開いた直径10mmの小さな穴での呼吸では酸素が十分に取り込めずすぐに息が上がります。でも、インターバル、細切れトレーニング、アイソメトリックス、スロームーブなど工夫次第で出来るのです。

 

若くて健康な頃のように大きな筋肉、筋力を作るためではなく「体力の現状維持」、「体力が維持されているかどうかを確認する」ための筋トレです。

 

「今日は、息がすぐにあがるな。」、「乱れた呼吸が、脈拍数がなかなか戻らないな。」「同じトレーニングでも今日はしんどい。」などなどです。

 

そんな感じで自分の体と会話しながらのトレーニングは一生続けるでしょう。

 

幸い、今日はブルガリアンスクワットの1セットあたりの回数を5回増やすことができました。

次の目標は、がん発覚当時、医師から5年後の生存率40%以下と言われた2022年です。その次は2023年「筋肉オフ会リターンズ」開催。2025年大阪万博。孫息子の小学校、中学校、高校卒業、結婚・・・。

 

まだまだ、行けそうです。

 

今日は、家内とケーキ、ケンタッキー・フライド・チキン、お酒でささやかに祝いました。クリスマスが3か月早く来たようです(笑)。

今週末13日の日曜日、神戸ラピスホールでANNBBFの第1回関西ボディビル選手権が行われます。ANNBBFは、完全ナチュラルを根幹とする歴史ある団体です。

コロナ渦でJBBF、CJBBFなどの団体がほとんどすべてのコンテスト開催を見送る中での感染対策に万全を期しての開催です。

第1回、コロナ渦ということでどんな選手が何人出場するのか未知数ですが興味のある方はしっかり感染対策をして足を運んでみてはいかかでしょうか。

 

​令和2年9月13日(日)

第1回 関西ボディビルディング選手権大会

兵庫県神戸市・神戸ラピスホール

関 西 メンズ ボディビル(オープン)

メンズ フィジーク(オープン)

ウイメンズ ボディシェイプ(オープン)

 

 

​令和2年11月8日(日)には、福岡県北九州市コムシティ7F(子どもの館ホール)で第64回全日本ボディビルディング選手権大会​の開催が予定されています。

新型コロナ第2波はようやく新規感染者減少の兆しを見せ、政界では第1期政権に続く、2度目の病気を理由とする安倍首相の突然の辞任会見。後継総理も気になるところですが、公示前、出馬宣言前からほぼ確定結果が報道されるという不思議な総裁選挙。本命は、自民党の派閥の長老たちが担ぐ神輿で担がれ、自ら無派閥、無世襲、無学閥のたたき上げを謳う菅官房長官。出来レースは面白くない。何も変わらないでしょう。

ニュースよりも吉本新喜劇、月曜から夜更かしの素人さんたち、プロレスのほうが全然楽しめるこの頃です。

 

それよりもがんサバイバーとしては、コロナ渦での日々の生活と病気の経過の方が大事です。こうしているうちにも治療に行き詰まりながらも戦っているがん友のことが心に浮かび自分の無力さを感じます。そして、私自身は14日月曜日にはPET造影検査を受けます。結果は神のみぞ知るだし、一度、死を覚悟した身ですから結果がどうであれ沢田研二の歌のように「時の過ぎゆくままにこの身を任せ♬」生かされている人生を前向きに楽しむだけです。

コロナを警戒してまだジムには行ってませんが、自宅での体力作り、機能回復トレーニングは飽きることなく続きます

半世紀以上の歴史を持つボディビル専門誌「月刊ボディビル」ゲツボ10月号発売です!!

 

ボディビル誌の走りとなった「ボディ・ビル」がベースボールマガジン社から創刊されたのが昭和30年。私が生まれた年です。

何か切っても切れない縁を感じます。

 

表紙が日本プロレスの王者 力道山!!価格50円

もうすぐ創刊700号を迎えます!!

 

今月号の内容は!!!

私の連載「ONCE UPON A BODYBUILDING U.S.A.」第2回 お時間があれば読んでみてください。

ボディビルの顔「アーノルド」。私がジムに通うきっかけは下宿の14インチの白黒テレビで見たアーノルドの肉体美でした。

締めは「筋肉乳児 マッスルめめたん」をどうぞ!!

 

 

 

 

深夜に耳を澄ませばコオロギの声が聞こえ、早朝5時からけたたましくシャンシャンと啼いていたクマゼミの声も聞こえなくなり2020年の猛暑の夏もようやく峠を越したようです。

 

そんな中でも相変わらず感染拡大を続ける新型コロナウイルス。幸い今のところほとんどの人が無症状で、重症化する人のほとんどは高齢者、癌や呼吸器などの基礎疾患を持っている人(高齢者、基礎疾患・・・どっちも自分やないかい!!)ということ。しかし、一方、それ故に知らず知らずのうちに市中感染し拡大が止められないことから「WITH CORONA」、ウイルスとの共存は已むを得ないのかもしれません。

 

来年に延期された東京オリンピック開催のために世界中の医療者がワクチン開発に懸命に取り組んでいますが、インフルエンザ同様ワクチンを摂っても感染する人はするだろうし、摂らなくても感染しない人はしないのでしょう。何故なら私はインフルの予防接種をしないのに今まで1度しか感染したことがないのに、毎年予防接種している友人はほぼ毎年感染しているからです。

 

そうであれば、ワクチンも去ることながら、万が一感染発症した時の治療薬に期待したいですね。

 

そして、何よりも自分の体は自分で守る!!普段からのトレーニング習慣を大切にして基礎体力、免疫力をあげることに努めます。

 

今のコロナ渦では、高齢者に分類され基礎疾患のある身としてはもっぱら長年培ったノウハウを駆使してのホームトレーニングですが、「自分はかからない!免疫力がある!!」と根拠のない自信がある私です(笑)。

 

STAY HOMEの傍ら、断捨離というより、この歳なら終活かな?(笑)何冊もあってかさばる写真をデータ化、その後、アルバムは廃棄という作業を進めているのですが、下の画像はその傍ら遊びで作った画像筋肉年表です。70歳、80歳と更新出来るように頑張りマッスル!!

人生、まだまだ続きます!!知らんけど(笑)。

コロナ渦でもお盆真っ最中です。しかし、暑い!!今日も日本各地で40度近い気温になっています。皆さん、熱中症にはくれぐれも注意してくださいね!!

 

そんな中でも懲りないマニアックサバイバーはホームトレーニングを止めません!!(笑)

 

そして、来月12日で亀田総合病院での癌切除手術で「吉賀賢人」に生まれ変わって丸3年を迎えます。

 

その日を境にそれまで悩まされてきた悪縁をキッパリ断ち切り、良縁で結ばれた家族、親戚、友人たちに囲まれ良い事ばかりが起きています。

手術の時には思いもしなかったかわいい孫息子に出会えました。神様、ありがとう!!

「BIGTOEとSATOの筋肉オフ会The FINAL」を100人の愛すべき仲間たちと開催して一応の切りをつけることが出来ました。開催に力を貸してくれたみんな、来てくれたみんなありがとうございます!!

 

5年後にSATOさんと私が元気で居たなら「筋肉オフ会 リターンズ」を開催しようと話し合っています。その時には声掛けしますから来てくださいね!!

腺様嚢胞癌闘病記「筋トレが救った癌との命がけの戦い」の出版も実現出来ました。ご協力いただいた橋本社長、鎌田編集長、石井直方先生、小野寺正道さん、ありがとうございます!!

 

永年住み慣れた我が家があった三田市、宝塚市には私のような希少な体の術後ケアが出来る病院がなかったことから、三田市の我が家を断腸の思いで処分。でも実にスムースに事を進めることが出来ました。この世での住処は雨露がしのげる仮の住まいで良いと思っているので全然OK!!身軽になることが出来ました。感謝します!!

いずれ間違いなくお世話になる「BIGTOEの名前入りの永代供養墓」の製作。孫息子が時々来てくれたらいいなとの思いからです。戸籍名ではなくBIGTOEの名前を刻めることにこだわりました。かっこいいでしょう!!(笑)

 

続いて、それまでのこの世での人生を託す住まいは高倍率の中一発当選!!ついてる!!

そして、9月号から月刊ボディビル誌での「ONCE UPON A BODYBUILDING in U.S.A.」の連載開始!!1980年代、アーノルド、コロンボ、フェルグノ、スコットが普通に同じ空間に居た「古き良きアメリカ」の回顧録です。

 

すべて、2017年7月の「ステージⅣ、危険な手術をしなければ余命3ヶ月」の癌宣告で生き残ったから出来たこと。

「使命をまっとうするまで人は死なない」と言いますがそのとおりと思います。

 

でも、油断は禁物です。「腺様嚢胞癌」は5年、10年が経過しても再発、転移し、その確率は70%です。幸い今のところ再発、転移の確認はされていませんが、再発、転移した場合、希少がんゆえ効く抗がん剤が無く治療に行き詰まることになります。癌罹患後に出会った腺様嚢胞癌患者会「TEAM ACC」の多くの仲間が再発、転移の苦悩の中で前向きに生きています。他人事ではないのです。

 

でも、冷静に考えてみれば、「人間は皆、死刑囚」という言葉があるように、がんサバイバーのみならず、この世に生を受けたものは誰しも明日の命の保障はないのです。急死することが少ないがんを罹患したということは、「人生を無駄に送るなよ。後悔をしないように生きようよ!!」と事前に教えてもらえたわけで、その意味ではがんを罹患したことは「ついてる!!」のかもしれません。

 

「筋トレが救った癌との命がけの戦い」・・・筋トレでがんが治るわけではありませんが、筋トレで鍛えた筋肉と体力があったからこそ大手術を、放射線治療を、リハビリを乗り越え、今を迎えられたのは事実です。筋トレ仲間の笠松さんからスーパードクターを紹介していただけたのも幸いしました。やっぱり僕はついています!!

 

これからも、命ある限り生きるための筋トレを継続し、「体力つくりの大切さ」と「病と戦う体力作り」を啓蒙して、お世話になった人々に恩返しをしながら日々充実した人生を生きたいと思います。

 

この世に生んでくれた両親、命を繋いでくれたご先祖様、共に人生を歩んでくれる妻、娘、息子、孫息子、心優しき友人たちのすべてに感謝です!!

 

これって、20年ほど前に親友のストロング安田くんからプレゼントされた工学博士、五日市剛さんの「ツキを呼ぶ魔法の言葉」ありがとう!感謝します!ツイてる!そのものですよね。

 

これからもこの「ツキを呼ぶ魔法の言葉」を実践して生きたいと思います!!

八方塞がりの現実に向き合って声をあげる!!

 

今朝の朝日新聞の「声」への親友か~ささんの投稿です。

私が亀田総合病院に入院し、手術、放射線治療を受けていた一番苦しかった頃に私のブログを読んで連絡をくれたのがか~ささんでした。

 

彼女も私と同じ「腺様嚢胞癌」という希少癌が「気管」に発症し、治療を受けていました。癌を宣告されて手術を受けてからもうすぐ3年を迎えますが、腺様嚢胞癌が気管に出来た方には5名しか出っていません。

 

「気管腺様嚢胞癌」・・・希少中の希少ということです。

 

それぞれの治療法も様々で、気管壁に浸潤した癌だけを切除することは出来ない為、気管内に出現した部分だけを削り気道確保のためにステントを挿入、残った癌は放射線で焼くという治療を受けた方2名、癌に侵された気管の一部を切除して喉に気管孔を制作する治療を受けた方1名、陽子線治療後経過観察の方1名、無治療を選択された方1名。そして、私は喉から気管支分岐部手前まで10cmの癌があったために胸の骨(鎖骨、胸骨、肋骨)大胸筋、気管、声帯、甲状腺を含む喉頭部切除して胸に気管孔を制作する手術」、その後、断端部に放射線治療を受けました。

同じ癌が同じ気管に出来ていてもその進行度、場所などの様々な条件により治療法も異なるのです。

 

か~ささんと私は同じ気管でしたが、か~ささんは気管支にまたがっていたために私のような手術が出来ませんでした。

それぞれ異なった病院で異なった治療を受け経過観察中だったのですが、私以外の方は全員転移しています。転移、再発率は70%と高いうえ、5年、10年経過してもその可能性が残るので、私にとっても他人ごとではないのです。

 

この癌のもうひとつの大きな問題は、放射線の効果が低く、効果が実証された抗がん剤がないということです。再発、転移すれば、治療法がないのが現実なのです。希少癌は患者数が少ないゆえに開発に高額なお金と長い時間をかけても回収が出来ないために、新薬開発、新しい治療法の開発がされません。海外で有効とされる薬を日本で使用するための治験さえ困難を極めます。

 

だからと言って、何しないで死を待つことはしたくないという患者の思いを背負って「TEAM ACC ONE HEART PROJECT」が動き出しました。

「希少癌患者」の「生きたいという思い」を一人でも多くの医療従事者に、製薬会社の方々に伝えるために。

 

私たちは困難極まりない道なき道ですが「声」を上げ続けます!!

―か~ささんの「声」―

「腺様嚢胞がん」という希少がんに罹患している。部位も極めてまれな気管支だ。標準的な治療法が未確立で、肺がんのガイドラインに沿い治療をしてきたが効果は続かず、病状は進行中だ。今は無治療で不安な毎日を過ごしている。

「患者申し出療養制度」という国の制度があると患者仲間から教えてもらった。未承認薬などをいち早く使いたい場合などに活用できる制度だが、調べてみるとどうやら簡単なことではなく、あまり機能していないとも聞いた。いったい誰のための制度なのか。  

希少がんは薬の研究すらされず、生きることを諦めなくてはいけないのか。海外で効果があると報告された薬を日本でも使えるようにできないのか。効果が期待できる薬があるならば、試したい。患者の切実な思いを製薬会社の人と医療者に知っていただきたい。

まだもう少し家族と共に生きていきたいし、家族もそう願ってくれている。今は娘の中学卒業を生きる目標にしたい。何かできることはないかと模索している。