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Hiroshiのブログ

今後不定期投稿となります

<数値目標>
https://www.youtube.com/watch?v=-6dvSNw93Xs&list=PLrWxcegPNiyj-M05glrorpUrXekNDKejm&index=11
HKS4, 10~11。背一个小时十四分钟单词。

https://www.youtube.com/watch?v=0Nt2S4vAj2U
李姉妹ch 十一分钟。很好新闻!

https://www.duolingo.com/learn
非常喜欢这个频道。1268XP, 两个小时二十二分钟。

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=FduV_9fc6YM
テレビで中国語。二十四分钟。

https://www.youtube.com/watch?v=LaUhySai09A&list=PLtzOksHKP_nKnGPPvSt0pnmMJLPn-ivVH&index=6
Aki's Chinese / アキの中国語 5~6。 九分钟。

https://www.youtube.com/watch?v=Gl6pnCue7DE&list=PLrWxcegPNiyiZcsMlzrxm1i4M1m2BYCJz&index=3
キクタン入門3 0~15.08min 听写四十三分钟。五个小时三分钟。

运动;爬山散步200kcal。



『琉球王国』5
沖縄の士族は久米村(華僑が祖先)以外でも日本の家名と中国姓の2つを持ったという。それは、家名は領地名をとったもので不変ではなく、生涯に3~4回も変化することがあったからで中国的氏姓で同族を確認する必要があったことによるという。p124 全然知らなかった。そうした習慣は明治まで残っていたらしい。
https://kyuyou-shuppan.com/crest.html

ずいぶん昔の話だが、初めて沖縄に行った時、明らかに日本とは違うと感じたのはお墓。これを亀甲墓というらしい。福建省の墓に類似し、形状は女性器に似て正面に6~10畳くらいの広さの空間を持つ。p125
http://aka-gan.com/morgue/stoneculture/1981.html

幕藩体制に飲み込まれないように琉球はドンドン中国化した。それは清朝に変わった一時期、明朝風の風俗を琉球風に改めた時期もあったらしいが、p129 清朝も特に敵対的にならないことがわかるとさらに進んだとか。さらにそれは造船にも現れたらしい。それまでは「地船」は和船型だったが、それが18世紀初期からジャンク型の「馬艦船」になったとか。確かにこれだと外洋向きかもしれない。
https://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0065429

近代に入っても水夫の資格(勤学)で中国に留学する者が増えた。ただしこの存在は中国には秘密にされていた。それは留学生は官生以外は認められていなかったからだという。p131 こうした事実は確かに沖縄と中国の双方の史料を調べないと出てこないことだろう。

いずれにせよ、中国と摩擦を引き起こしたくない、幕府と島津藩。日本からの独立を確保したい琉球王朝。そして儀礼的な冊封体制さえ保てれば実利を取りたい中国三者の折り合いで「ウヤムヤのまま」琉球の微妙な立場が確保されてきたということらしい。こうした近代史は恥ずかしながら全然知らなかった。

<日曜討論>
今まで散々議論されたことなので、何も新しいことはなかったが、最新のデーターだけ改めて探し出しておく。
https://www.nistep.go.jp/sti_indicator/2017/RM261_11.html

 

このことは10年以上前から言われたこと。人口当たりの論文数は日本は今や下位で世界37位。
https://blog.goo.ne.jp/toyodang/e/2b1307b461f2ed4d9c5bb8d13e31ae89

主要論文数に至っては1980年代レベルに戻った。ピークは2000年代、その後急落した。一方中国は急激に上昇し、世界シェアーの20%程度まで上がっている(日本は6%程度)これは国の経済状況とも関係するだろうが、それだけではない。
https://spc.jst.go.jp/data/techoverview2016/1/1_34.html

就職先がないのに博士課程に行く学生が少ないのは当然。ポスト・ドク1万人計画=非正規のドクター研究者を倍増させた無能な文教政策がケチの付け始め。研究者を「カスミを食う仙人」だとでも思っていたのか?!今、定職がないまま30代後半から40代にもなった研究者を沢山周囲に見てきた。ライフワークを追求しなければならないはずの若手が教授の手伝い!  また段々腹が立つてきたのでここで止めよう。
https://news.yahoo.co.jp/byline/dandoyasuharu/20150517-00045797/



<活断層図>
福岡で地震があって以来、正確な活断層図を探していたが。ついに見つかる!しかし何故、普通の検索ではヒットしないのだろう? 検索の仕方が悪い? いや、大人の事情で公にされていないのでは?と疑いまで持ちたくなるほど。それを示唆する事も本の中には書かれている。

極めて詳細な活断層図で、1軒レベルまで正確に地図上に表示されている! それによれば宇美断層(想定のレベル、断定された場合は実線で表示)から直線距離にして1600mの位置に自宅がある。また太宰府断層なるものの存在も知る。先日の水城跡の展示館 [地図上にある(特)の下の黒いボックスが展示館] の真下!に活断層(確定=実線)が通っている。
https://www.gsi.go.jp/bousaichiri/active_fault.html

 

 

今日は太宰府図書館に貸し出し延長手続きが必要だったのでついでに現地に足を運んでみたが、ここらは昔から都市化が進んでいるので、とても元の地表現状を示しているようには見えない。しかし、上記の地図によれば自宅近くの新興団地のそばに宇美断層が走っているので、ここなら地表の状態を残している可能性が高い。ちなみにこの団地の西北側、活断層に沿って団地の境となっている。なんとなく団地の境界と活断層の走りには関連がありそうな雰囲気。後日、現地調査してみたい。



『琉球王国』4
4章以降は幕藩体制に組み込まれる琉球の歴史を描く。1609年の薩摩島津藩の琉球侵攻が契機だが、それ以降琉球の日本化が進んだわけではなく、むしろ逆に中国化が進んだというのは興味深い。どうやらこれは幕府、島津、琉球そして形式さえ整っていれば南蛮としての琉球には無頓着だった明朝、そしてその後の清朝の思惑が合ったということのようだ。

実際、何度かジャザサイズのイベントや後には仕事上というか、学生のリクルート目的の高校訪問で何度か沖縄本島を訪れたことがあるが。本土とは異なる風土というか文化(=中国風)を感じていたので成る程と思ったが、同時にこれが島津による琉球侵攻の後で起こったということに驚きもした。

冒頭、島津はこの占領後、喜界島~与論島までの5つの島を「道の島五島」として薩摩藩に組み入れたらしい。p96 実際、確認すると確かに現在鹿児島県に与論島まで含まれている。恥ずかしながら、こうした基礎的事実すら知らない。さて、問題は琉球だが、この地を「此他(このほか)」という特殊な地位で、知行体系には組入れるが軍役を課さない。つまり島津藩の属領として扱ったということらしい。p98  さしずめ税金は取るが、他国という扱いだろうか?

むしろ鎖国体制の中にあっての例外的接点として、「長崎口」「松前口」「対馬口」そしてこの「薩摩口」としての位置付けが重要だった。p101 この4つの口はそれぞれ中国、アイヌと黒龍江下流の山丹、朝鮮そしてもう1つの中国への玄関となった。ここで中国に対し長崎口と役目を分け合うことがいろいろ後から問題を引き起こすことにもある。機能としては貿易と海防を担うことになる。貿易については長崎口とともに主要な輸入品は生糸と絹織物、薬草。p102

そうした幕藩支配に対し、琉球は幕府が中国に対し儀礼的冊封体制にいることを黙認したこともあり自発的に中国化を図り幕藩を牽制しようとしたらしい。115 それゆえ、「江戸上り」と呼ばれる外交イベントでは衣服や風貌(中国風の髭)でわざわざ異国風を装うようにもなったとか。面白いのは主要な町や城下町に差し掛かるとわざわざ唐衣装に着替えて唐風の路次楽(ろじがく)を鳴らしたとか。p116 またこうしたデモンストレーションは幕府にとっても威信を増すことで好まれたとも。

さらに面白ことに先日火災で消失した首里城だが、これはグスク時代のものではなく中国化がまさに推進されていた18世紀中頃の設計で外見は和風だがその構成は紫禁城の配置に似ているとか。知らなかった。確かに以前首里城に行った時も和風の構造とは異なるものを感じていた。

<数値目標>
https://www.youtube.com/watch?v=xer8C_poG98&list=PLrWxcegPNiyj-M05glrorpUrXekNDKejm&index=10
HKS4, 9~10。背半小时单词。

https://www.youtube.com/watch?v=gSxMUpAHCE0
李姉妹ch 十一分钟。

运动;爬山散步270kcal和一个Zumba课。

今日も勉強する気にならず、何とか少しでも勉強した=アリバイ工作的勉強。実質30分程度。



<予告編>
この数週間『国家は破綻する』という本を読んでいる。原題は『THIS TIME IS DIFFERENTE, Eight Centuries of Financial Folly』

とても難しく、自分の能力に余る部分もあるが非常に重要なことが書かれているのが素人でもわかるので、飽きない! それにしても、800年間にわたる金融危機を分析するという、とてつもなく膨大なデーターマイニングの書。(但し詳細なデーターが揃っている1800年、あるいは1900年からの資料が主に使われている分析が主)

最近流行の金融工学や行動経済学の経済学が何と軽く思えてしまうことか! こんな本はそう転がっていない。間違いなく<お薦めの1冊>。



「ドローンによる飽和(スウォーム)攻撃」
https://www.youtube.com/watch?time_continue=9&v=AuMLrRKcEsg&feature=emb_logo

 

安いドローンでこうした攻撃をされるとお手上げだ。それにしても海保が中国製のドローンを購入していたとか、リスク管理はどうなっているのか?!
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/5995/trackback


<自宅は傾いているか?>
ビー玉を用いた検証では傾斜無し。ひび割れの場所もちゃんと基礎部分には硬い地面があった。心配しすぎだったかもしれない。

 




『琉球王国』3
中国の永楽銭は15~16世紀の東アジアの貿易における支払い手段として重要で琉球王国の交易拡大において主要なものとなっていたとか。p60 

那覇港の北側に九面里(くめり)と呼ばれる地区、後の久米村が華僑の居住地だったらしい。p64 これは別の本、『目からウロコの琉球・沖縄史』でも書かれていたこと。その本によれば、「閩人36姓*」が土塀で囲んだこの村に住んでいたという。
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/4524/trackback

*この過去の書き込みを調べていた時、琉球で1771年に大地震(八重山地震)が起こったことも気がついた。この地震に関連して乾隆大津波という名称もあるらしい。つまりその被害は乾隆帝の中国でも起こったのか? いま平行して『ハザードマップの活かし方』という本まで読んでいるので色々頭の中で事象が交差して頭がパンパン状態(汗)
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/4522/trackback

さて、この琉球の東シナ海における優位性はやがて衰退することになる。理由は色々あるようだが、1つは1434年に足利義教が再び朝貢体制に加わり日本と直接の貿易が可能になり博多商人が活躍しはじめたこと。琉球使節へのこれまでの過度な優遇処置が福建などの地方政府に負担となり、これが上奏されたことで中央政府の見直しが行われたこと(1430年代)。また中央政府自身、北方遊牧民(オイラート)の圧力で財政が圧迫されたこと(1449年の土木堡の戦いはその典型)などがある。p71

その衰退は16世紀に入ると決定的になるが、それには新たな勢力、すなわちポルトガルやスペインの勢力がある。p80

<数値目標>
https://www.youtube.com/watch?v=-aNrg-q3u7w&list=PLrWxcegPNiyj-M05glrorpUrXekNDKejm&index=9
HKS4, 8~9。背一个小时单词。

https://www.youtube.com/watch?v=Ip5wjrTbVRw
テレビで中国語。二十四分钟。

https://www.youtube.com/watch?v=zPGkBjyvTPg&list=PLtzOksHKP_nKnGPPvSt0pnmMJLPn-ivVH&index=4
Aki's Chinese / アキの中国語 1~4。 二十一分钟。

https://www.youtube.com/watch?v=vsaigktnUw4&list=PLrWxcegPNiyiZcsMlzrxm1i4M1m2BYCJz&index=2
キクタン入門2 听写一个小时十分钟。

https://www.youtube.com/watch?v=TUH0vM2aB6o&list=PLX5jhIuWaM7jADCQDDMg-mw_oLoOh0jXY&index=50
#41~50/153 【青島日美】中国語講座 初級。学习二十九分钟文法。

https://www.youtube.com/watch?v=Cs9vvf5PKFY
https://www.youtube.com/watch?v=lT6VAi5_okU
https://www.youtube.com/watch?v=3r1yCpJqDsc
杏彩 in 中国。十八分钟。一共三个小时三十二分钟。

没有运动。



<予感が当たる=緊急行動必要>
今読んでいる本に「盛り土」の危険性が書かれていた。自宅も北北西側は盛り土だと考えられたので、あらためて調べてみたところ、何と予感が的中し、この基礎部分に亀裂が見つかった! (それ以外はなし)

 

これが何時出来たのか今となっては不明だが、2010年にリホームをしている。
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/1783/trackback

その際、セキスイハイムに自宅を予め調べてもらったので、その時点でもし亀裂が発生していたら修理の有無は兎も角、そのことについては報告があるはず。従って亀裂はその後に起こったに考えられる。つまり、2005年の福岡県西方沖地震で出来たのではない。となると去年の大雨で地面が膨れ上がったように見えたのが原因か?? 土壌が大量の水を含み、その一部が雨水とともに流れ去った? そう考えると確かに基礎の下の土がなくなっているようにも思える。(下のURLサイトの写真の右端の部分に亀裂がある) それにしても今まで気がつかない自分の甘さにも情けない感じがする。コンクリートで補強すべきか? 何れにしても近日中に手を打とう。
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/5425/trackback

阪神淡路の反省から2006年に宅地造成等規制法が整備され「盛り土分布図」の作成が求められたとか。 ところが、先の東日本大震災まで個人の宅地購入において参照された気配がないと著者は述べている。実際著者が業者に閲覧を求めたところ「久しぶり」と言われたとか! p108 そんな情報は誰だって知らないのではないだろうか?!  こうした情報の開示は義務として法的に定めるべきではないだろうか? 

<エコ実績>
2011年の大震災以降、エコに努めるようになり。様々な試みの後、2年後から電気、ガスについてはほぼ2011年段階の8~7割程度まで使用量を抑えることに成功した。

 

最も効果があったのは太陽熱温水器の利用で、主要な電灯を全てLEDに交換したことは効果が確認できなかった。また水道使用は逆に増えているのは夏場朝夕少なくとも2回、実際にはそれ以上の回数、庭とクーラーの熱交換器に散水して熱効率を高めようとしたことが逆に使用量を増やした結果になったが、これが電気使用量を減らしたと考えている。また28度とやや高めに温度設定したことも効果的だったろう。何れにしても記録をとればこうしたエコ実績が確認できる。「気分だけエコ」や「口先エコ」は信用できない。数字でナンボの世界。



『琉球王国』2
明代の地理学者は『琉球国図』で「大琉球」と「小琉球」と分け、大きい台湾が何故か「小琉球」とされている。唐代以来、史書に現れる「琉求」あるいは「瑠求」は台湾を含むものだが、明代に入り琉球と台湾を分けるようになったらしい。p36

『明実録』などには華僑が官名(梢水=水主や、千戸=千人の兵を率いる武官)を受けて琉球国に使えたことが記されているらしい。p39 & p47

明は琉球に群を抜く優遇政策をした。それは先に示したように船を与えただけでなく朝見回数にも表れている。『明史』によれば、琉球171回、安南=89回、チベット=78回… 朝鮮=30回、日本=19回、スマトラ=16回など。さらに東シナ海からの渡航の場、港は普通決められているが琉球は事実上規制されていない(元々は福建の泉州)p44 琉球では奴隷貿易も行われていた。記録に残っているのは主に朝鮮人。p47

<数値目標>
語学学習なし。
運動はトレッドミル200kcalとZumbaクラス1本。



<防災について考える>
今日も勉強する気になれず、午後から来客も予定されていたので休日ヴァージョン(汗)。『ハザードマップの活かし方』と『国家は破綻する』を交互に1日読んで過ごす。但し知らないことばかりで色々考えたり、webで調べたり、それほど読み進んだわけではない。まず『ハザードマップの活かし方』を読みながら考えたことを記す。『国家は破綻する』についてはあらためて明日にでも。

30年前に宅地を購入した時はそれなりに調べたつもりだが、今から考えると見落としが多かったようだ。ただ幸いなことに最終的には問題点は無いと結論できた。当時、一番気にしたのは台地上の造成地なので微地形を気にした。それは昔の熊本の家が花岡山の傾斜地にあり、一度近くで大規模な崖崩れが起こった経験があったから。幸い直接被害を被ったわけではないが、原因の1つが自宅前を通る雨水溝にあった。

この雨水溝、最初は何も覆いがない状態だったが、自宅の前から2軒の家屋に繋がる道が通っていて、そこの住民が相次いで自家用車を購入し(60年代後半正に日本が自動車社会になり始めた時期)、この雨水溝上にコンクリートで覆いをしたことが原因となった。つまりこの雨水溝が連日の雨で詰まり、道路上に雨水が溢れそれが道路を挟んで反対側の崖上に建てられた住宅側に流れ込み、これが石垣を大きく崩した原因となった。普段はなんということもない微地形や些細な原因で大事故が起こることを経験していたから。

同様なことは先年の大雨でも経験した。わずかに傾斜しているこの住宅地の下の方、自宅から50mくらいのところに位置するマンホールから下水が逆流しているのを見た。これを内水害というらしい、下水・雨水の量が限度を超え排水できなくなって溢れることを呼ぶらしい。それまで長い事住んでいるのに全く初めての経験だった。そうして見ると確かに自宅の道路は緩やかに傾斜しているのが分かる。ただしこれまで迂闊にもほぼ平坦だと思っていた。

 

本の中では広島の2014年の災害、70人以上の死者を出した住宅地を例にとり詳しく解説されていた。写真を見れば特に問題のあるようには思えないが、それは宅地造成により以前の状況が一変し何処が谷側で、何処が尾根側だか分からないからだ。本来は造成が始まる前に調べられたらいいのだが、普通の住宅購入者にはその機会はない。写真中央は災害の起った近所で、見た目は同じだが安全だった箇所。この違いは専門家でないと判らないだろう。

 

自宅の土地もどうやら坂道の上部半分が切土であと半分が盛り土のようだ。そう考える理由は大雨時、後者の土地がなんだか膨れ上がっているように感じたから。
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/5425/trackback

もちろんこうしたことは宅地整備後にしか見れない一般の購入者は知る機会はない。因みに自宅は台地の中央部で4方何処にも山はなく、3方が崖になっている。崖の周辺は自治体のハザードマップに黄色および赤色でリスクが示されているがその周辺には家が立て込んでいる。こうしたところは最初から購入対象外とした。家を建てた人は景色だけを考えリスクを考えなかったのだろうか?不思議に思う。あと、昔の災害の跡を示す碑が建っている場所の造成地も対象外とした。当然でしょう?! 災害が起こると行政の不備を唱える人が多いが根本は自己責任だと考えている。
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/3745/trackback



<火災保険の手続き>
来客は火災保険の手続きで営業の方が訪問。住宅金融公庫からローンを組んだときの保険がこの12月で切れるので、その後を継ぐ保険に入る。セコムは書類として家屋の登記のコピーが必要とのことだが、よく知らないので沢山ある書類のうちどれがそれに該当するか判らない。とりあえず全部揃えて準備。以前はそのような書類を揃える必要がなかったのだが?

必要とされた書類は法務局が発行する、「家屋登記記録」の「全部事項証明書」。幸い書類は揃っていて即、契約できた。その書類によれば、自宅は「軽量鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺2階建」構造。軽量鉄骨ということは知っていたがそんな詳しい名称であることも初めて知る。書類をコンビニでコピーして一件落着。



『琉球王国』
赤嶺守著、講談社選書メチエ297、2004年初版。

14世紀後半、沖縄は北部、中部、南部の3つの王(山北王、中山王、山南王)が鼎立した。明朝の朱元璋は倭寇の脅威を防ぐため「海禁」をする代わりに琉球に破格の優遇処置をした(大量の船を下賜までした)p11  やはり沖縄が歴史の表舞台に上がったのは明朝の海禁が大きい。以前、沖縄の中継ぎ貿易を「隙間産業」と述べたが、まんざら間違いではない。
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グスク以前は縄文・弥生時代の影響圏にあった「北琉球圏」と台湾・ポリネシア・東南アジアの影響にあった「南琉球圏」がある。グスク時代はそれが統合された画期的時代。p20

11世紀に藤原明衡により書かれた『新猿楽記』によれば、交易品のうち、琉球諸島で産出するものは硫黄と夜光貝、前者は火薬、後者は器物に嵌め込む飾りに使われる。p23、p26


<データーベースとして>
琉球王国は15世紀末に中山王により統一し、1609年の薩摩藩の侵略・征服により琉球王国は「異国」として組み込まれた。p13

大東諸島(沖縄島の東南東500km、小笠原諸島とのほぼ中間地点、沖縄より)は1885年(明治18年)正式に日本の国土になり、尖閣諸島は1895年の閣議決定で領土に編入された。p6