『中国全史』下巻5 | Hiroshiのブログ

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昨夜のSalsonはいつもと変わらずという感じだったが、Bachataのworkshopがあったらしく、その特別版ということでいつも見ないお客さんがかなり来ていた。中にはとても上手な方も、福岡は広いと感じる時。そういえば10年ぶりくらいにあった人も、お互いあまり変わってなかった。私自身はどうもバチャータは苦手。

 

 

 

因みに、バチャータは、ドミニカ共和国のスラングから生まれた言葉で、「ゴミ」が由来とされ、出稼ぎの使用人が1日の辛い仕事が終わったあと、深夜の裏路地で歌い踊るものだったとか。甘く寂しげな声で歌うメロディーに合わせて踊るので、サルサのような陽気さはない。

 

 

 

 

<太平天国>

今更ながら驚いたことがある。それはあの『太平天国』が自分が生まれる僅か100年前に起こった出来事だということ。完全に歴史上の大事件という意識になっていたが、それほど最近の、 中国近現代史に深い傷を残した惨事だったということ。

 

この反乱での死者数は推定2000〜3000万に上るという。p164 如何に人口が多い中国とはいえ、この数はすざましい。それにこれがキリスト教系カルトによるものだったことも今でも影響を与えているかもしれないと感じる。

 

 

 

 

『中国全史』下巻5

さて、先に挙げた言論弾圧だが、清朝時代はこのリスクが高い時期。特に1770年代になっても「文字の獄」があったらしい。これは『四書全書』の編集のため書籍が収集されたが、同時に大規模な言論弾圧とセットで行われたらしい。この時代。3,500種以上の書物が、36,000冊以上が収録されたという。そして問題のないとされた本のみが返却されたとか。p112

 

『紅楼夢』も宮廷の物語をフィクションの形とはいえ記述されていたので、1830年代になっても改めて発禁処分を受けている。p113 その意味では言論弾圧は中国の歴史の主要な流れとも言える。

 

こうした点が、個人的に中国の《正史に不信感》をもつ理由にもなっている。

 

その他、この時代のドキュメンタリーとして書かれた『良妻筍夫人』というのがあるらしいが、そこでの以下の記載に注目した。この女性は7人の子供を産んだが5人は子供の時に亡くなり、2人の娘だけ生き残り、この女性の死後、息子がいない為養子を取ったとか。p117

 

幼児死亡率はやはり相当高い、またそれ故に多産だということだろう。こうした文学は後の史学史=社会史、の中心研究課題となる点は西欧でも同じ。

 

先日話題にしたアナール派というものその1つ。その1つの発展系がピケティーの研究に開花するとは驚きだ。