議事録とは & 『人はなぜ憎しみ合うのか』下巻 16 | Hiroshiのブログ

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今後不定期投稿となります

<数値目標>

https://www.youtube.com/watch?v=GAlv_aVMdIU&list=PLrWxcegPNiyj-M05glrorpUrXekNDKejm&index=4

HSK1~2#2~#4 背了三十五分钟单词。

 

https://www.youtube.com/watch?v=5NUAYmSrV5g

『中国まる見え情報局』看了十二分钟YouTube频道

 

https://www.youtube.com/watch?v=93VZUEQE5xk

【完全版1~1200】HSK5,855~1043/1200,1h26min~1h43min,x2 背了一个小时一分钟单词。

 

https://www.youtube.com/watch?v=m-y6Yox9Owk

とある中国人のむいむい,十四分钟。

 

https://www.youtube.com/watch?v=blhWi_oj44U&list=PLnLyvM3zAxGUjX546h5NhJiPR-ANtAMlI&index=20

王陽のほぼ毎日中国語,3分汉语。#24~#20 背了二十一分钟句子。

 

https://www.youtube.com/watch?v=wVZOIsny_Ck&t=2949s

ゆうきの中国語,0~167/500,0~46min再三刻苦 听力练习一个小时。一共三个小二十三分钟。

 

运动;爬山散步 4.4km,6511 步,7楼 ←夜記入予定

 

 

 

 

 

<行政文書>

昔の職場では議事録は出席者に回覧され承諾された後、保管された。大学という小さな職場すらだ。高市氏は確認しなかったのか? そうだとすれば怠慢、見た上で承認されたのであれば文書の通りなのだろう。以前も以下のように書いている。

 

『小さな組織でも議事録はその日のうちに作成し確認も兼ねてメンバー全員にメールに添付して送るのが習慣になっていた。小さな組織なので、在職中は複数のセンター長を兼任していた時期もあるし、勿論秘書などもいないので自分で何でも作成しないといけなかった。それなりに大変だったが「当然の事」だと思っていたが日本政府の核心ではそうでもないらしい。驚いた!』

https://ameblo.jp/bigsur52/entry-12600492697.html

 

 

 

<マスク着用状況>

昨夜のサルサクラスの出席は、まだ従来のカードでやる方式のままだったが、とりあえずスマホエントリーをやってみたところ成功した。一番目だったみたいだ。新し物好き(汗) バーコードを読み取るタイプ。

 

クラスのメンバー10人ほどのうち、最初の時点で半分がマスクなし。勿論私もなし。暫くするとドンドン、それまでマスクをかけていて人がマスクを外し始めた。何しろ動くと息が切れるからね。結局先生と他1名だけが最後までマスク姿。隣のタンゴ教室は全員マスク姿。それぞれあってOK。これまではマスク着用に同調圧力がかかっていたが、今後は逆になる。これはこれで問題かも? 自由意志が重要。

 

因みに街中はややマスク着用が多い感じ。半分以上の人はマスク姿。

 

 

 

<スマホで住民検診予約>

予約初日にスマホで予約完了。24時間何時でも可能(電話は平日九時から五時まで)

https://www.town.umi.lg.jp/soshiki/39/38924.html

 

今回はスマホ教室で紹介したいのでQRコードからスマホでやってみた。パソコンが必要事項の入力には便利だと思っていたが、意外と簡単。5分もかからなかった。だんだんスマホ入力に慣れてきた?

 

必要記入事項

1)保険証番号等(HPでは「記号」だが保険証では「枝番」に注意、《統一しろよ!

2)電話番号

3)メールアドレス >直ちに確認メールが返信される。これはいい改善、以前はアプリ開発者の想像力がなかったので(今でもスマホで確定申告のアプリはこれがない)返信メールがなく、確認しようがなかったので、今回もスクリーンショットを撮っていた。この《少しずつ改善する=アジャイル》これが重要。これは手法というよりも思想、あるいは価値観だと思う。日本の不得意な面。

https://ameblo.jp/bigsur52/entry-12785063074.html

 

 

今回は胃がん、大腸がん、肺がん・結核の検査をオプションで追加。合計2,700円

1年1回の検診、安いものだ。

 

 

 

 

『人はなぜ憎しみ合うのか』下巻 16

近代英語(16世紀以降)ではいとこは父親か、母親の子供だが、中英語(1150〜1500年まで)では別々の言葉で区別されていたらしい。血縁に関するものは自分の社会が求めるもので変わってくる。p31

 

これはもしかするとノルマン征服王朝断絶後(1154年)のアンジュー帝国(1154〜1214年)/百年戦争(1337〜1453年)までの影響か?

 

これを読んで中国語でも父親の親と母親の親が別の言葉で表示されることを思い出した。例えば、奶奶と姥姥、爷爷と外父だ。日本でも岳父という言葉がないわけではないが、あまり区別はしない。

 

重要な点として著者が特に指摘するのは人の場合でも血縁者を把握するのには何年もの時間がかかるのに幼児は社会や民族のメンバーを把握できるという点。また狩猟採集民の場合は遺伝的血縁関係よりは文化の印が重要だという点。彼らも遺伝的には多様らしい。p34 それは戦いで手に入れた子供を養子にしたから。