<久しぶりのSalson>
昨夜はラティーノが大勢来ていたがお喋りに夢中で踊る人は少なかった。日本人だから皆、柔道ができるわけではないということか?
年末を控え、街が元の賑わいを取り戻しつつあるようだ。いつもの激安駐車場は1台分のみ空いていてギリギリセーフ。但し、道行人はまだマスク姿。もういいんじゃない? 私はこのところ外ではノーマスクで通しています。勿論、ダンスはまだWith Masksです。このところ慣れました。慣れたくない習慣ですが… Dance with masks
そういえば、ラティーノの集団はマスクなしで大勢でお喋り。別に個人的には気にならなかったが、これが日本人とそれ以外の国のコロナによる超過死亡率の違いかな?と変なことが頭に浮かんだ。以下の論文によれば違いは明瞭。
<使用電力が変わらなくても発電量が減る方策>
昨日の説明がまだ不十分だったので。更に分かりやすく?書いてみた。
まず、ポイントは、
(1)電気は貯められないこと。
(2)ピーク電力に合わせて太陽光発電などで昼間余った電力を揚水などで位置エネルギーして貯める方法はロスが大きいこと。
(3)最大電力使用量をピークシフトして低く均せば、それに合わせて発電量を低下できること。
解決策はIoTで自動的にピークシフトさせる。 使用電力は同じでも発電量は減らせる。
図示しました。これで判りやすいかな?
今日はスマホ学習会と図書館周りでスケジュールが詰まっている。
追加指摘:
先の九電の実際のデーターから判ることがある。昼間の太陽光発電での余剰エネルギーが揚水動力に使われているが、それが朝夕の電量使用時に回収される分(下の図の一番下の緑色の部分の山=揚水したものを水力発電で回収した分)を比較すれば、揚水動力として示されている黄色斜線が入っている部分の2割程度しか回収されていないことがわかる。8割程度がムダになっていることが判る。
『LIFE SHIFT 2』12
米国では1982〜2001年の間に学士号を持つ人と、高卒の賃金格差が広がったが、その後縮小傾向にある。また大卒者が高卒の労働市場に就く傾向が高まった。p272
米国では日本と異なり、賃金は上昇し続けていたので、このことは大卒の価値が社会の変化についていけなくなったということだろう。古い学問を学んでも今日の技術に有効ではない!
さらに若い時に取った学位が将来どのくらいの価値を持つかは不透明なので「ナノ学位」のコースが次々誕生しつつあるらしい。p273 さて、日本ではどうなのだろう? 聞いたことがないので、多分そのような動きはないのでは?
問題はそのようなナノ学位が本当に有効か不明なことだ、教育機関はそうした仕組みで学生を呼び込むが、金と労力を投じた学生にはその将来的価値はわからない。そのことを著者は「情報の非対称性」という言葉を使い表している。p274 これも経済学での重要なキーワードだ。
とはいえ、やはりテクノロジーの進化で取り残される人は出てくるので、そうした人に再教育の機会を与えることは重要。それを始めた国としてシンガポールを紹介している(2016年から)p280 但し、その金額的規模は小さい。
例えば、そうした成人教育を目的に設立されたStanford大学のDCIの学費は7万ドルだとか! p281 これではとても無理。一部の高資産の人しか学ぶ可能性はない。
ここで対面教育とオンライン教育(数学、統計など)での学習成果を比較した資料があるらしい。前者は80%の合格率で、後者は30%。p285
現状では大きな差があるが、これは始まったばかりなので改善の余地はあるだろう。



