『脳のなかの天使』
V. S.ラマチャンドラン著、角川書店、2013年初版(原著は2011年)
名著『脳のなかの幽霊』の著者でもある。影響を受けた本でベスト5に入ると思う。とりわけ、現役時代のキャリアとしての自分の生活に意味を持った。
著者は序文で以下のように語る。
『私たちは、自分が出せる最良の仮説やら、勘やら、単なる思いつきに近い直感らを並べ、それから頭をしぼってそれらを検証する方法を考える必要がある』
まさしくその通りで、どんな奇妙で無茶な仮説でも筋が通っていればよい。論理に矛盾がなければ問題ない。ただし、その仮説を検証することが必須。それが科学になるかどうかは「反証可能性」を提示出来るかどうかにかかっている。
この検証の繰り返しで科学は進歩する。その過程で常に過去の理論の間違いが見いだされる。この書き換えられるというのが科学の宿命。永遠の真理などは科学とは無縁の存在。
人はよく天動説を無知な物の代表みたいに引き合いに出すが、実はあのプトレマイオスの体系はコペルニクスの地動説が出るまでの16世紀まで、2世紀から1000年以上通用した偉大な理論。これほどまで長い期間通用した理論は他には少ないのではないか。
肢の話が出てくる。この湾岸戦争で片手を失った患者を実験台にして著者はミラーニューロン仮説を試す。彼の目前で助手の学生の手を叩くと、彼もそれを感じたと叫ぶシーンがある。著者はこれを視覚からの情報でミラーニューロンが活性化するが、普通の人は本来の手からのそれを「打ち消す情報」が入りそれを抑制するのに、患者ではそれがないことによると解釈した。それを実証する実験が成立すればこの仮説は(とりあえずの)真実となる。
著者は云う、
『科学は世界についての素朴な、偏見のない観察からはじまるという考えはよくある間違いで、実際はその反対である』と、実に同感。
別の言葉で表現すれば、
『想像は創造に繋がり、独断が独創に繋がる』 のだ。
著者によれば、脳は「疑わしい偶然を嫌い、蓋然性の高い一般的解釈を見つけようとする」という。
追記:ミラーニューロンについて
日本語の「感動した」。英語の「touch」は共に実際に自分が体験したわけではなく視覚などからの刺激に対しミラーニューロンが共感をしている状態(犬の慰めを感じるなど)をそのまま文字化したものではないか?
だからこの動画を見る我々はPTSDの帰還兵同様、悪夢を見たように感じ、かつ側に寄り添う犬に癒されることを共感することができるのではないか?
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