<数値目標>
https://www.duolingo.com/learn
ダイヤモンドリーグ +30XP,49069XP,半小时。
https://www.youtube.com/watch?v=-6dvSNw93Xs&list=PLrWxcegPNiyj-M05glrorpUrXekNDKejm&index=11
HSK4 #9~11 背了四十三分钟的单词。
https://www.youtube.com/watch?v=i-uBy9t6q5E
kazu #126,看了二十分钟的频道。
https://www.youtube.com/watch?v=9vuBfMx3P2s
HSK5 ~45min,二十八分钟的单词。一共两个小时一分钟。
勉強の気力なし、明日も勉強できない用事が朝から入っているのに… 土曜日追加決定!
运动;爬上散步 1.3km,2351步,2楼。
<速報>
今読んでいる本、『シン・ニホン』に面白いことが書かれてあった。ちょっと先走りするが、これを少しでも早く<文字化>したいので今、取り上げる。
情報というのはあるレベルを超えるとアイデアや気づきの増大に繋がらず逆に負に働くらしい。これは著者は「知りすぎ」という。『シン・ニホン』p185より。
この言説が理論的な結論によるものか、経験則的なものか書かれていないが、いずれにせよ、何となくわかる気にはなる。つまりあることに精通しているとしばしば奇想天外なアイデアは出にくくなるというパラドックスだ。これは経験がある。
しかし、面白いというのはこのことではない。その後で、著者は『新しい知識が入ってきた時に異なる領域の間で何らかのアナロジーを見出しやすい』という。そこで新たなアイデアが生まれると。それ故、知覚できる領域を増やしていくことが重要だと。
ちょっと、自己流にその現象を図式化してみた。図では三次元的にしてみたが、二次元でそのような例が多い。いずれにせよ異分野の領域の特異点が重なることで新領域が生まれる可能性がある。下の図では影になった部分がその新領域を現している。

図
これは分子生物学の創生期を考えると実に分かりやすい。物理や化学の専門家が生物現象の極めて単純な系を自分の領域の初歩的な知識を元に考え、初めて二重螺旋や標的理論を思いついたということ。前者では水素結合*による遺伝現象の説明だし、後者はウイルスや細胞の放射線による致死イベントの違い。
*これを参考に大学生に人工DNAが何故可能なのか理解してもらうのに利用させてもらったことがある。
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/4797/trackback
https://blue.ap.teacup.com/salsa2001/img/1514025306.jpg
あるいは言語学の素養を持ち(ある人物はラテン語を学習していた)、同時にコンピューターを勉強した若者が先進的プログラムを開発したという逸話に繋がると思う。
だから、今の日本の文系、理系という分け方は問題がある。しかもこの分類は高校という極めて早い時期で行われる。例えば私は高校2年で理系コースに入ったので経済学の基礎的学習はしたことがないが、最近になり経済学を齧り初めてこの学問は数学や工学の手法が応用できる分野だと感じている。それなのにそうした素養を持つ若者を日本では経済学の分野にいくことを阻んでいる教育体制がある。
これはHaoziさんのところでのコメントからインスパイヤーされたこと。
https://ameblo.jp/haozihaozi/entry-12715846766.html#cbox
<物知り顔でいう者の顔が見てみたい>
国交省の統計資料書き換え、捏造
https://news.yahoo.co.jp/pickup/6412566
今まで幾らでも証拠が上がっていたのに、今頃騒いでいるのが不思議だ。『中国の統計は信頼できない』など物知り顔でいう者の顔が見てみたい。
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/4950/trackback
誰でも検証可能のようにExcelでダウンロードできるようにして。さらにブロックチェーンを導入しろよ!! それをしないのは故意の隠蔽だからだ!
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/6635/trackback
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/5642/trackback
「『魏志』倭人伝と東アジア」
『秘本三国志』という本を読んでいるが、この本も、タネ本は陳寿の書いた『三国志』が元になっていると思うが、このうちの「魏志」には有名な卑弥呼の邪馬台国が書かれている。
そこで、ついでというわけではないが、陳寿が魏志倭人伝の周囲についてこの際、ついでに調べてみようと思い拾い読みし始めた本。もともと日本古代史にはイデオロギーに汚染された議論が多いので(これについては最後にも少し議論する)、あまり近寄らないようにしているが、今回は<陳寿の視点>ということで距離を置いて調べてみた。
で、手に取った本というのが、今年出たばかりの本。『邪馬台国論争の新視点』。実は図書館に新刊として特別サイトに掲示されていたので、探し出したと言うよりは、それで目について手に取ったというのが本当のところ。とりあえず、最後の6章の「『魏志』倭人伝と東アジア」だけ読んでみた。
『邪馬台国論争の新視点』
片岡宏二著。雄山閣、2021年初版。
魏志倭人伝が書かれた背景として、ある説によれば、
<陳寿が自分を登用してくれた恩のある西晋の司馬氏の正当性を認めるために、西晋と対立した呉の背後にあった倭人を重視した記述になった> という説があるらしい。p172
本当かいな?と正直思った。だって当時、倭人はそんなに重要視されるほどの存在? 東の海の中に住む未開人という位置付けではないか?!
また著者自身の見解としても、「倭国」ではなく「倭人伝」としたのは、倭国を統一国家として陳寿が認めていない節を感じるから。取るに足らない存在という感じを持つ。実際それ以外の東夷の国は、高句麗、韓と表記され、「高句麗人伝」や「韓人伝」とはされていない。p178
ただいずれにせよ、『すべての史書は現代史である』という真理は変わらないと思う。つまりこの陳寿の書いた『三国志』も後世に残すためでなく現時点での彼の属する組織の<正当性>を表すためのものであったことは違いない。