『西域記』 | Hiroshiのブログ

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今後不定期投稿となります

<感謝状>
大阪大学から感謝状が届いた。10万円の定額給付金が来た時、これは年金生活者がもらうべきものではない、「行くべきところに行くべき」と、コロナで存続が危うくなっているNGOとコロナ研究機関、および難民支援機関に寄付することにした。
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もっとも半分は残った【>正確には「残した」(汗)】。残りは新しいMac Airの一部に化けた(爆)

 



『西域記』
このところ『貧乏人の経済学』で頭がパンパンになりつつあるので、気分転換に少し読みやすい本『西域記』を間に挟むことにした。また、『西域記』は外部の図書館から借用ものなので急いで読む必要もあった(もっとも終日かけて、二日で読んでしまったが)しばらくこの本を紹介予定。

玄奘三蔵の旅、玄奘著、小学館、1995年。

『西域記』は広範な地域に渡り、客観的編集方針に従い詳細に書き上げたもので玄奘の記憶(おそらくメモ)を元にしているだけでなく、それ以外の資料も利用して編集係である弁機がまとめたものとされる。p14 

使用された資料は現在伝わっていないが、インド僧のもたらした書3つ、西域商人のもたらした資料、そして隋の使節が直接もたらした記録で、合計5つらしい。最後のものは勅撰であり、その形式をこの『西域記』もとっているらしい。p43~45  ところが形式が同じにも関わらず一部の記載があまりにも簡略で、おそらくその部分は削除されたものと考えられている。

なおこの『西域記』には玄奘が直接訪れた国100国、見聞きした28国で内訳はインド80国、中央アジア56国。それにスリランカとペルシャがそれぞれ1国。12巻のうち、第1巻と12巻がインド以外の構成らしい。

問題は、前者では合計すると128国、後者では138国になり、計算が合わない。p46 小学館にしてはお粗末。

いずれにせよ、本物の『西域記』はその資料集(=参考書)みたいなもので膨大な量だとか。p17 で、今回読む本は概略とその背景をまとめたもの。『西域記』そのものではない。

また各国は総論と各論に分けられているが、総論は極めて簡潔だとか。例えばマガダ国ですら105字と少ない。p48

玄奘は帰路、和田(ホータン)まで戻ってきた時点で太宗に上奏文を挙げたとか。これは彼が国の法を破って国外に出たこともあるだろうが、それ以外に翻訳事業が一個人の手に余る国家的事業で太祖の全面的支援が必要だったからだいう。p25 

実際、翻訳組織は全部で54名、うち僧44名で5つの部署に分かれていた。p41 その中でも最後に文章にする「綴文」(てつぶん)係の一人が謎の刑死を受けた弁機である。

元々の『西域記』は400字詰め原稿にして317ページくらいだそうで、太祖から命令を受けて1年半で完成したにしては非常に早いので翻訳を主なる目的にしていた玄奘は弁機にメモなどを渡して纏めさせたのではないかと考えられているらしい。p42

<データーベースとして>
玄奘の伝記としては12もあるらしいが、その1つ『慈恩伝』は翻訳事業に文章係として参画した慧立(えりゅう)が基礎をつくったとか。この本も本日外部の図書館から入手すべく予約を入れた♪

 

今日は天気が良く早々に国勢調査の仕事は完了。1世帯だけ、予約のメモを入れ、ダメの時は電話連絡してもらうように手はずを整えたが、無視。ま、80世帯中1世帯くらいそのような非協力的な世帯もあるだろう。調査の仕事は前半部分がほぼ完了したので、午後から外で読書に検索♪ 『貧乏人の経済学』は読みやすいが内容が豊富でようやく半分。天気が回復したが杭州では連日雨とか。