<数値目標>
https://www.youtube.com/watch?v=-6dvSNw93Xs&list=PLrWxcegPNiyj-M05glrorpUrXekNDKejm&index=11
HKS 3 #10~11。背了五十七分钟单词。
https://www.youtube.com/watch?v=C1gmqGMBTKQ
看二十八分钟电视。
https://www.youtube.com/watch?v=WiEJpqKzSmA
https://www.youtube.com/watch?v=Z2SqS_IZ4o4&list=PLoWkSnQu8dvFgVtV-AtBM3YRzbUVGljTc&index=40
#31~40 ブレチャイな,学了一个小时十分钟语法。
http://fchi.web.fc2.com/syosinsya2.html
P152-3, 1/3~3/3。 158-9, 1/4~4/4。 一个小时。一共三个小时三十五分钟。
没有运动。
<対照的な2つの本 2>
先日「対照的な2つの本」として『新・百年予測』と『稲作伝来』を取り上げたが、今回はその第二弾として、これから紹介する予定の『10年後の仕事図鑑』と『資本主義の終焉』を取り上げる。
うち、前者は数時間で読み上げた。読みやすく内容も判りやすい本だが、後者はこれまで2週間以上かけてもまだ第2部に入ったばかりだ。まだ3部まで残っているので、本来ならば取り上げるには早すぎるのだろうが、前回の「対照的な2つの本」と同様、『資本主義の終焉』を最後まで読む前に中断しそうな感じなので、この時点でまとめることにした。
どちらも勉強になる本だった。ホリエモン流の簡潔で判りやすい内容には感心されるが、もちろんその意見全てに同意するという意味ではない。この本は基礎的知識のない高校生でも読そうな内容だし、何も書かれていないが、多分そうした<若者対象>にした本ではないかと思う。一方、後者のハーヴェイ氏の本は重厚で内容には深く頷かされる部分もあるのだが、何せこちらにそれだけの知識がないので付いていけない部分が多い。だだし、時々にハタと膝を打つようなアイデアも発見できて、なんとか150ページくらいまで読み続けられた感じだ。
どちらが良いかの問題ではないが、好みとしてはやはり前者かな?と思う。あくまで好みの問題。 『資本主義の終焉』には資料やデーターというものが全然ない(唯一「複利」と「単利」の比較の図表があるが、p297 別に図表を出す必要のあるものではない。従って読者が資料を元に著者の結論を追体験するというものではない。あくまでも読者にはそれなりの知識が予め要求される。きちんと経済学など学んだことのないものにはかなりハードルが高い。
それは兎も角、『資本主義の終焉』で1つ非常に参考になったのは、電子マネーのアカウントに期限を設けることで本来の流通以外に貨幣で問題となる世代を超えての過剰な蓄財も抑制できるという点だ。即ち、電子マネーはマイナス金利も可能にし、世代を超えての格差も抑制できるという点。
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/5894/trackback
<自己防衛しかない?>
テレビの番組で<ハザードマップに登録されるかどうかについては、地主の承諾がいる>とか。それ故、千葉の認定率は極めて低い(33% vs 東京都内はほぼ100%)とか。つまり地価の低下を心配する地主が登録を拒否する場合があるらしい。
でも、それは無責任なことではないか? つまり家を買う人は自己責任でこうした命に関わる情報を全て自分で調べないといけないということだ。
写真の場所も以前、崖崩れが起こった場所だが住宅が崖に接して沢山ある(崖崩れ後、写真奥の方はコンクリートの石垣が一部築かれている=左端に石垣あり)。ところが直近の自治体のハザードマップには危険箇所に指定されていない!
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/2232/trackback
見ただけでも危なかしそうだと私には思えるのだが、どうだろう?? 家を建てるつもりの人も予め地元の人に聞けば、むかし崖崩れがあったことは判るだろうに? もしこれが先の地価の低下を心配する地主がハザードマップに載せること拒否した結果だとするなら問題だ。それとも住民は崖崩れには無関心だったということか??
『稲作伝来』4
縄文から弥生の移行期と思われる近畿西部、p86 明石平野の新方遺跡の発掘調査から当時の社会の混乱の姿を浮かび上がらせる内容が浮かび上がる。久しぶりに興奮!
発掘されたある遺体には17の鏃が打ち込まれた。まるで処刑を示すような状況。p87 しかしこれは縄文人と弥生人の衝突とは必ずしも言えないことがわかった。それは彼らが縄文人の特徴を数多く備えていたことが人骨の分析からわかったからだという。p89
そこで意外な、というかハッと気がつかされることが書かれていた。それは、
『対面した集団同士の生活環境が同質であったために、棲みわけといった方向に向いていなかったことが考えられる』p90
つまり異質(狩猟採集生活と農耕生活)であれば棲みわけができただろうが、同質であっただけに対決、闘争せざるを得なかったと云うことかもしれない。ハタと膝を打った。確かにそうだよね~と納得した。これは意外性。事実ある本の中で水耕稲作と焼畑的稲作が同時期並行して存在したということを何かの本で読んだことがある。
石鏃の大きさが縄文から弥生で変化(小型化)していることに注目し、狩猟の対象が変化していることの証拠の1つとして捉えている。非常に納得出来る論理。
これは開墾などにより人為的に改変した自然環境を狩猟の場にしたということかもしれない。その例を中国海南省の少数民族リー族の焼畑農耕民に見る。p133
出土した遺物からその時代の人々の生活をイメージする。いつも言うことだが、それが正しいかどうかは問題ではない、論理の筋道を示すことが重要。それにしても、本当に考古学はロマン。