みなさん


あけましておめでとうございます。

といってもだいぶ立ってしまいましたが、今日が松の内ですね。

寒中見舞いとの境界線の日ですね。

ちなみに、松の内というのは、

お正月に歳神様を迎えるために道しるべとしての門松等の「松飾り」つけておく期間をいいます。


さてさて皆さんは、どんな新年を向かえているでしょうか。


新年と言えば今年の目標も立てているかたもいると思います。


私の目標を立てました。


『未来を具体的に想像し、本質をみて最大の努力をする。』


今年は大きな挑戦の一年になります。


そんなチャレンジングな時に、自分がやりたいこと、そのプロセスでやるべきことを、

しっかき見据え、そして最大の努力で実行する。


私をはじめ、人間は、怠けてしまうし、遠い未来には危機感も持ちにくいものです。

そういったときに自分を戒めることが、未来を具体的にイメージすることが大切だと思い。

この目標にしました。


みなさんはどんな目標にしましたか。


今年も、早いものでもう1週間立ちました。1/52週間です。約2%が終わりました。


今年は習慣という人間の強い武器をうまく使えるようにしていきたいものです。


みなさんにとって、昨年よりもわくわくする一年にしましょう!

皆さん


こんにちは。


突然ですが、研究のイメージって何ですか?


研究者にとっては、当たり前のことかもしれません。それを行いに学校にいってますからね。

研究に意義は行ったない何ですか。


臨床家にとっては、研究とは何かどういったイメージがあるのか。

何人かにきくと、それは、


・研究者のもの、

・知っているけど、臨床でつかえない


といったイメージはあるようです。


私は、いいといわれていることを、突き詰め、時に多くの事例を調べ比べ、最終的に一般化して、多くの人のためになることを行うこと。それが研究の役目だと思います。



ただ、そういった研究に興味のない人も実は、研究を使ってるんです。


そもそも教科書に書かれていることは、コンセンサスが得られた研究です。

たとえば、心筋梗塞にはβブロッカーを使いましょうとかとは今や教科書に書かれていることですね。

そうなると、患者アセスメントをするとき教科書からの知識からしてると思います。それも研究を使っていることですね。


ガイドラインもそうでしょう。コンセンサスが得られた研究の集積です。


検討会等の勉強会で紹介されたものを、病棟にはやらせるのも、研究を口コミで使用するということですね。


しかし、どうも臨床看護師には、研究というのにアレルギーがあるようです。


研究は私はわかりません。

だったり、


3年目になったら研究をしましょう。

だったり


するところがあるようです。


視点を変えると、学会はとても面白かったりして、最近は看護師の参加者が増えています。

それも研究に触れるチャンスですが、それをどう生かすかは、まだまだ検討中なのかもしれません。

しかし、そもそも、すべての看護師が文献検索ができて、新しいケアを生み出すことができなければいけないのか。

わたしはそうとは思いません。いろんな看護師がいるなかで、役割は違っていいと思います。

将来的にはすべての人が、英語文献くらいは読めてほしいんですが、

現状としては、認定看護師、専門看護師といわれる人にはそれを担ってほしいと思っています。


それを助けるためにも、AACNがやっているような、YEAR REVIEWといった、一年間の研究のトレンドをまとめた本をだしたらいいんじゃないか。

また、アメリカでやられているようなプレカンファといって、そういったトレンドを一日かけて議論するといったことがあれば、臨床の場でそういったことを専門看護師や一般の看護師が考えるきっかけになると、思います。

また、臨床と研究と結び付けることもできるんではないでしょうか。


そういった臨床家と研究者が会う機会が増えることによって、臨床の疑問を、解決し患者さんに還元できるのではないでしょうか。



と、最近ある大学の研究のお手伝いをして思って今日でした。


皆さん

学習塾の公文をご存知でしょうか?

公文が、世界でマクドナルドより多いということはご存知でしょうか?


公文は元来、試験に受かるためでは無くて、学ぶ力を身につける為の塾だそうだ。

4+5=
4+6=

なんの変哲もないこの問題、
これも計算されている。
4+5=10と答えたとする、そうすると、次の問題に取り組んだ時に
4+6=、、、10?!
また10になると、じゃあ前の問題はなんだったのか?同じ答えになる訳がないと自ら気づかせていく。
そして、すぐに褒める!
気づき、自ら学び、褒める。

これが公文式である。
ただの計算だがかなり「計算」されている。
受験対策ではないので、試験勉強をしないが、長い目で見ると、大人に必要なのは、公文式的な考えかたではないか。学ぶ喜び無くして、自ら学ばず、ではないだろうか。

ちなみに公文トリビアを一つ、
公文の創業者は、今流行りの高知県出身。

公文公

上からよんでも、下から読んでも、といった昔はやった、山本山のような名前なんだそうです。
面白いですね。

ちなみに、公文が、子供では無くて、認知症患者向けに学習療法というものをしているのをご存知でしょうか?

これがとても面白いんです!
私も実際体験してきたので、また伝えます。

今日時間がないので、ここまでで★
それでは次回をお楽しみに!