今日、東京から友人が来て、東京の状況や、近況を話した。


自分自身も3.11東京にいたので、地震はとても大きな衝撃があった。


しかし、名古屋ではそんなに揺れなかったこともあってか、あまり地震の話はされない。


自分自身感じていなかったが、そういったフラストレーションがあったのかもしれないが、


友人と話すことでとてもストレス発散されたような感じがした。



 1995年1月17日阪神大震災での被害者を対象とした、NPO法人「よろず相談室」(神戸市東灘区)というものが


ある。


そこには今でも、震災の被害者が相談に来るという。


多くは、『自分に障害が残ったが、周りには愛する人を亡くした人、亡くなった人がいるから、助かってよかったね。』と善意の言葉に追い詰められてつらかったということや。


『長期入院をして、退院をしたら町が復興してきていて、震災のことを語れなかった。』と大きな、挫折感と孤独感


を感じひきこもりになっているという。


15年前のことが今もなお尾を引いている。


今回の震災もとても根が深い問題になることは避けられない。



ちなみに、アメリカのハリケーン‘カトリーナ‘で家を失った人達のメンタルケアを分析した専門家も、復興にはまずは家を


作ることが大切だという。


それは言葉を変えると、共感をしてもらえる人を作る。語り合える人で、悲しい体験を昇華させている。ということ


ではないか。


人はつらいことを心にとどめて居続けられない。取りきれるガンがあった場合は、外科的手術が必要であるよう


に、辛い気持ちは外に出さないといけないのではないか。


震災の中でも、コミュニティーを作ることが大切なことではないか。


日本には、単独世帯は22%以上ある。高齢夫婦の世帯も入れれば50%以上である。


そういった人がひとりぼっちにならないように、笑顔になれるように。


共感は、看護師の専門性の一つである。


患者によりそい、環境を整え、信頼関係を作り、内なる声を出せる助けをする。


看護師として、震災は本当に辛いこと、それを無駄にしないためにも、一人ぼっちの辛さを再確認し、作らない努


力をしたい。


皆さん
お久しぶりです。
お元気でしょうか。

地震の大きな爪痕からの復興支援をどうしていくのか。
課題が山積みの中、自分達に何ができるのか。
いろんな分野でいろいろな人が頑張っています。

世界からも日本のためにと、祈りが心を打ちます。

そんな中自分に何ができるのか。
電気を消すこと、衝動買いをしないこと、募金、といったことから、もっと医療者として貢献したいという思いがあるも、
具体的に現地にいけないことがもどかしく思います。

ある側面では、自粛モードだけではなく、お金を使って経済を動かさないと、日本を覆う二次的な被害がでるともいわれています。

自分に何ができるのか。

私は、4月から名古屋で地域医療に従事することとなりました。
現在、一人ぼっちの人がいない、安心していきいき暮らせる町を目指して、
訪問看護ステーションを開業するため、準備をしているところです。
多くの方々と、協力して一緒に目標を達成すると心に決めています。

医療者として、まだまだ力の弱い自分としては、自分の周りの人にしか影響ができないことを知っています。
それであれば、自分の志を追っていくこと、目の前の困っている利用者さんに安心といきいきした毎日を作るお手伝いをすること。

それを必死ですること。

地震前よりも多くの思いを背負っているような気持ちです。

それが僕ができることなのかなと思いました。
小さなことですが、電気を使う時間を少なくしたり、コンセントからマメにプラグを抜いたり、
節電が日常になってきています。
それを喜べるということは、こんなご時世ですが、うれしい変化がありました。

日本に復興を祈って今日も患者に向き合います。




『人と人、人と地域をつなぐ、つながり力』 


「どうしたら、社会で安心してイキイキして生きられるのか、そして私は看護師として何ができるのか」それを考えている最中、このワークショップのテーマと出会い、これだと思い、あれこれ考えずすぐに応募した。

当日、受付を済ませると、もうすでに来ている人達が、『久しぶり!と、例のプロジェクトはどうなってる?』と話をしていた。私は場違いかなと少し緊張していたが、ランチタイムでは、多くの人が話しかけてくれる明るい雰囲気であった。

その後も、お互い立場を超えて真剣に話に耳を傾け、議論が繰り広げられていた。

ワークショップ開始前からとにかく熱い集まりだった。

その後、近藤克則さんのソーシャルキャピタルの話を聞きながら、街作りのイメージを再度確認し、いろんな立場の方のシンポジウムで、参加者の皆さんの話したい熱が上がったように感じた。その後、ワールドカフェというカフェで話をするかのように、意見を言い合う会では、皆さんの熱い話がぶつかりあっていた。カフェという話やすい雰囲気からか、それぞれの経験から意見がどんどん出てきて、とても楽しく視野が広がっていくのがわかった。その話は、懇親会、夜の部まで続き、初対面で、こんなにも信頼関係ができ、議論ができるものか、と驚かせられた。熱い人たちが、お互いに影響しあい、縁を作り、また新たな取り組みの種がいくつもできていた。

【つながりの可能性】というサブテーマは、こういった参加者同士のつながりも狙っていたのであろうか。

いきいき安心して暮らすためには、今後地域で、どういった取り組みをしていけばいいのか。その明確な答えはまだ見えないが、解決に向けての光は見えてきた。

 私自身、このファイザーでのつながりが、自分の生活をイキイキさせ、わくわくするような感覚がある。それはそこに参加している人達の人間力であると思った。熱い思いを持っている人は、熱伝導的に他人に影響をする。そしてそこに変化が生まれ、2つの違うものが溶け合いつながるのではないか。そういった人物に私もなりたいと思う。つながりの可能性は枠組みではなく、こういった人間力がKEYになるのではないか。

 最後になりましたが、こういった素晴らしいワークショップを企画してくださったファイザーの方々、世話人の皆さま、そして熱く語り合った仲間たちに、改めて大きな感謝を、ありがとうございます!


ファイザーヘルスリサーチ http://www.pfizer-zaidan.jp/fo/business/workshop6.html