私の提供したいサービス、
セラピストとしての在り方を再確認する為に
振り返ってみています。
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憧れの先輩トレーナーには、真似してもなれず、
私は私らしいトレーナーになるしかない。
私の言葉で、私の想いを伝える。
これでしか、誰の心にも響かないのだとわかり、
トレーナー仮面を無理して被ることも
減っていったのだけど。
相変わらず朝晩に練習やチェックの入る毎日は
とてもとても体力・気力のいるものだった。
営業は、始まったら一息つく間もないことも多く
お昼ご飯もいつ食べられるか?
わからない毎日。
そんな私を見て、後輩たちは
「私には無理です」
と言って、
誰一人としてトレーナーを目指したい人が出てこなかった。
私が魅力的ではないから~……
と残念に思ったりもしたけど、
余程の修行好きでもない限り
そりゃー嫌だよなぁ、、と思う環境でもあった。
同期で、同じくトレーナーになった子に聞いたら
「練習は絶対朝夜両方は入れない!
自分を保つ為に、どちらかだけにしている。」
と言っていて、
素晴らしいな~と感心しつつ
私はどこかで自分は出来る!大丈夫!!
と思い込んで、追い込んでいたように思う。
というより、それしか出来なかった。
そんな中、大型店の宿命で、
新人がどんどん送り込まれ、
やっと育った頼りになるスタッフが
他店に異動してしまうことが続いた。
練習しても練習しても、
また教えなくてはいけない。
正社員一人にかかる目標は
新人もベテランも同じ。
トレーナーだけでなく、
ベテランスタッフ程負担がどんどん増えていた。
こんなの、おかしいよな~
何故、今まで頑張ってきたベテランさんが
続ければ続ける程負担がかかるのか。
実際、手をかけて練習みていた子が
やっと全部覚えた頃に
「色々辛いので辞めます。」
みたいなこともしょっちゅうで、
何の為に練習を見ているのか、
頑張って教えたところで本当に会社の為に
なっているのか??
よくわからなくなったりもした。
そして、
そんな無理した日々が長く続く訳もなく。
休日は死んだように寝て
なんとかやり過ごしていた私だったが、
ある日、
あまりにも生理痛が強くて
薬も飲むのが遅くてもう効かなくて
指名のお客様担当中なのに
倒れてしまった。
とにかく痛くて床を転がっていたら
当時のスーパーバイザーが
慌てて裏に来てくれて
駅ビル内の救護室まで
おんぶして運んでくれた。
その後、救急車を呼ぶ前に少しずつ落ち着き
死んだように眠って回復したのだけど、
スーパーバイザーには婦人科へ行って!と
お願いされ、
さすがに私も怖くて病院へ行った。
結果、特に何も異常はなく、
一安心。
それからは、
痛みは我慢せず早めに薬を飲むこと。
とにかく冷やさないこと。
などを気を付けるようになり、
今では薬を飲むことも
ほぼなくなったのを考えると、
当時は、相当無理を重ねていたのだと思う。
それは、私だけでなく
私を運んでくださったスーパーバイザーも
少し前に子宮系の手術をしたばかりだったそうだし、
他にも婦人科系を患う人が
ビックリする程たくさんいた。
これは、
このままでは私は身体を壊してしまう、、!!
会社の為とか言ってる前に、
身体を壊してまでやらなきゃいけないことなんてないはずだ!!
ましてや、身体のケアをするプロである私達が
こんなにボロボロでいいはずがない!!!
との想いが強くなり、
やはり後輩を育てて
私はこの環境から離れたい!!
もうここでの学びは終わりにしよう!!
と考えるようになった。
退職の流れとか、
転職サイトをよく見るようになり、
一般的な会社では辞める1カ月前、
引き継ぎも考えると2~3カ月前には伝える
と書いてあったので、
先程のスーパーバイザーにお時間頂き、
「結婚するので(願望)、来年の3月末で退職させてください」(この時9月)
と申し出てみた。
すると「おめでとう~!良かったじゃん」
と、予想よりはるかに良い反応。
そりゃーそうか。寿退社だもの。(願望)
怒られたり、止められたりするかと
予想していたので、
緊張が解けてホッとした~!!
そして嬉しかった!!
やった!
これであと半年の間に後輩育てて
辞めればいいんだ!!
その翌月、
そのスーパーバイザーが異動になり
別のスーパーバイザーがやって来た。
半月経っても、特に何も言われない。
心配になった私は、
「あの~」
と自分の退職話を切り出してみたら
「えーっ!それは初耳!!聞いてみるね!」
と言われ
どっひゃ~!!!!!
さすがだわ!!うちの会社!!!!
私の勇気を振り絞った相談なんて、
引き継ぎもされていなかったのだ。
そして、更に翌月
そのスーパーバイザーも異動となり
以前同じサロンでお世話になった
別のスーパーバイザーが戻ってきた。
またしても、勇気を出して聞いてみた。
すると、
「その話は聞いたよ。3月末までで誰かトレーナーに昇格させられるかな?」
と言われ、
やはりなんとか後輩達の中から
トレーナーを育てなくてはいけない!と
本気になった。
とは言え、
トレーナー目指したい!と言ってくれた子が
技術や知識が微妙で
社内の資格試験で落ちてしまったり、
別のサロンのトレーナー希望の子も
受け答えだったり、人格的に
向いていないと講師に言われてしまったり、、
なかなか苦戦した。
このままでは、やり残したようで私自身も後悔する!と思い、
結局自分から退職時期を7月末までに延期させてもらった。
7月は、4月入社の新卒の子達が正社員になる月。
トレーナーが難しくても、新人を正社員にまでは育ててから辞めよう。と決意した。
自分の中で退職を決めてから、
終わりが見えたことで気持ちが楽になったのか
仕事自体もとても楽しく感じ、
退職しなければマージンがもらえるような
機械もバンバン売れたりした。
退職しなければ◯十万もらえたのにー!
なんて思ったりもしたけど、
退職が決まったからこその成果だったと思う。
そうやって、トレーナー業務も含め
仕事を楽しんでいたら、
後輩たちの中から
トレーナーを目指したい!
というやる気のある子が出てきたのには
びっくりしたし、嬉しかった。
私が在籍中には間に合わなく
憧れのトレーナーをはじめ、
同じ地区のトレーナーの負担を増やしてしまったのだけど、
私の退職後にトレーナーへ昇格し、
頑張ってくれたと聞いている。
やりきった感でいっぱい、笑顔もはじける(笑)
2009年7月末、
とりあえずやりきった感満載で
私は大手エステサロンを退職した。
寿退社(願望)だし?
その後のことは全く考えておらず、
とにかくやりきった。
そして、ひたすらゆっくりしようと
決めていた。
続く。。

