イラストレーター村田峻治の日常 -476ページ目

良心の立入禁止区域

太古、地球は放射性元素に取り巻かれた星だった。

46億年という時間をかけて有害な放射能は消えてゆき、生命が生きる状況が整っていった。

近年まで、自然界に残る最も重い放射性元素はUran(ウラン)までとされてきた。

広島の原爆を産み出した元素だ。

しかし人間はさらにUranより重い、強力な放射性元素plutonium(プルトニウム)を自らの手で創り出した。

人はこの猛毒の元素に、地球から遥か離れた未知の惑星につけた名前と同じ冥王、死の国を司る王の名前をつけた。

plutoniumは人間がこの世に産み出してからわずか5年後に

日本の長崎の上空で炸裂した。



それから半世紀以上経った。

今でもエノラ・ゲイの乗組員や司令官らは『原爆投下は戦争を早期終結させるために必要であった』とその正当性を訴えている。

こうした人々の中で『こうした主張は誤りで、人間として間違った行為だった』と告白する者がいた。

クロード・イーザリー少佐
広島上空の天候を確認し、エノラゲイに投下可能かどうかを指示した気象観測機長だった。

彼は戦後、原爆で死んだ人々の幻影におびえ、社会が自分を罰しない事に苦しんだ。

そんな彼にユダヤ人哲学者ギュンター・アンダースが文通を呼びかけた。

アンダースの手紙
『イーザリーさん。貴方はかつて一本のネジとして利用されましたが、他の人とは違って人間である事をやめなかった。再び人間に立ち返ったのです。

傷ついた人々の呻き声が、貴方の耳から離れない事、原爆で死んだ人々の影が夢の中に出てくる事には理由があります。

起こった事は起こった事であり、頭の中で創られた妄想ではないのです。

人間を巨大な組織の歯車にしてしまう現代の社会は、人間として持つべき倫理、モラルの状況を変えてしまいました。

貴方は、この新しい犯罪システムの絡繰りに巻き込まれてしまった、最初の1人、なのです。』


イーザリーの手紙

『僕は広島で「準備完了」と、原爆投下の合図をしました。この罪を世界の人々に知ってもらわねばなりません。

個人が持つべき責任を社会に押し付ける様な生き方は、最早赦されない状況になったと思います。』



この文通の手紙は、原爆投下が罪だったと主張する彼が精神異常と判断され、退役軍人病院の精神病棟に強制入院させられた後に書かれたものだった。。

この二人の往復書簡は『良心の立入禁止区域』という一冊の本になった。

アンダースは『異常なのは周囲で、イーザリーこそが正常である』と主張し、ケネディ大統領に彼を病院から解放する様に要求した。

アンダースのケネディ大統領宛の手紙
『私はユダヤ人です。私の友人は全てヒトラーの手によってガス室で殺されてしまいました。

「俺はただ命令に従ったに過ぎないんだ。」という弁解は、ユダヤ人皆殺しのために働いたヒトラーの役人全部が用いている口実です。

自分自身の良心の欠如を、制度や国家のせいにする様な男と違って

イーザリーは人間が進んで巨大な組織の部品になる事が、良心の立入禁止区域を作る事に繋がると、はっきり認識しているのです。

イーザリーは決してアイヒマン(ナチ政権によるユダヤ人の組織的虐殺の歯車として働き、数百万の人々を強制収容所へ移送するにあたり指揮的役割を執った親衛隊中佐)

の同類ではありません。』


しかしイーザリーは1978年、精神病棟の中でその生涯を終えた。

アンダースは彼の死に寄せて、こう記している。

『本物の懺悔とは、後になって「しなければ良かった」と反省する事にあるのではなく

今、「それをしてはならない」という自らの良心の声にいつでも耳を傾ける行為の中にあります。

私たちの世界は、最早イーザリーの様な状況に追い込まれる、無数の人間達から成り立っています。

つまり、誰もが機械の歯車となり、共犯者になる可能性があるのです。

しかしイーザリー君、君は我々に立証してくれました。

すなわち、アイヒマンは我々の時代を代表する唯一の化身であってはならない事を。


出典 NHKスペシャル『ZONE 核と人間』(2005年放送)