カタチがいのちをすくうとき | BIBI83のブログ ビビたる音舞♪ノート<伊良部島編>

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あるいち方向からしか、モノゴトをみない


ことをながく続けていると

いのちは壊れ朽ちていくように思う
  

意識のひのあたらない部分がいずれ

腐敗し

無音の悲鳴をあげ

反乱を起こすだろう


日陰で育った何がしかは

何らかの方法で必ず

明るみに出たがり


幾世代も越えその意を遂げるだろう




「この世にあるすべてのモノゴトは愛から生じている」


という立ち位置をわたしは好きだけれど、

いつもその場所に居られたわけではなかった




近年のわたしは、

今まで自分がしてきた仕事、ダンス、在り方、

人生すべてを否定するような視点に

拠っていたなと思う



あらゆる次元で

「即興」

以外のモノゴトの価値を

見づらくなっていたと思う



「やることすべてを「即興」にしきれないのは

いったい何なんだろう

ベリーダンスの動きや

降ってくるメロディをたどりカタチにすることをやめられない
 


この執着は

なんの依存?

習い性?」



というような界隈を

ながらくうろうろしていたと





「カタチとは固まったチカラ

であり

いのちは固められると死んでしまう」




ある場所から見ると確かにそうで


その場所からは

「カタチ」のなかに形骸ばかりが目につき

それらは捨て去るべきものとして写る




それはそう


確かにそう







果たしてほんとうにそれだけだろうか?



わたしは別の場所にもまた還りついた


その場所から「カタチ」のなかに見えるのは

「形骸」などではなく

「カタをたどるチ」
「カタにこそ生まれ宿る生きたチカラ」


だった



現役バリバリの、心地よさ










いのちのチカラを呼び起こすカタ

呼び戻すカタチ



は、やはりある。




ベリーダンスや、
ある種の中国氣功にみられる
カタチ





波なみ

8の字

ぶるぶる





いのちの起動スイッチであり

からだ含め

その場を整えるマジックがある



またもそこに

わたしは辿り着いた。





ひっさびさに

お父さんお母さん神様〜

を呼び出してしまう

「レベル寝れない」

の背中の痛み

(こんを詰め過ぎるとそうなる)




たなそえてもたなそえても引かない痛み

ちのみちとおす元氣もない状態



のわたしをゆるめ眠らせてくれたのは


「軟酥の卵」という白隠和尚の内観法

をアレンジした誘導瞑想が収録された

「ルン・ル」

という世にもアヤシ〜イCD( 笑)



そして


「朝起きてからだのどこも痛くない状態」

を取り戻してくれたのは



やはりベリーダンス

しかもクラスで

円、8の字、波なみ、ぶるぶる

をていねいに辿る
 
地味な

地道な

よろこびの時間

だった





最初はカタチを



今まで何千何万回通ったのだろう

8の字の軌跡をたどるうちに

からだが心地よさを取り戻し




音楽を楽しめるからだ

勝手に生まれる動きが



ダンスが戻って来てくれた。






これらの機会は時間は



伝えてくれるひと

伝えさせてくれるひと

がいなければ持てなかった





そして


じゃあやっぱり8の字やってれば
一生安泰だピョ〜ン╰(*´︶`*)╯♡





かっつーと〜

んなわけないわけでー





どんなカタチも使い方遊び方次第で

アガるスイッチにもなれば
ハメ殺しもできる




そう思えるニュートラルな場所に帰って来れた




ひさびさ痛くてマイッタけど

総じてよかったど〜、の巻(╹◡╹)、です。











はからだのどこにあるだろう



赤血球

股関節のグリグリの骨

三半規管にもあったっけ?



波なみはもっといろんなシーンに

DNAのらせん

腰のくびれ

まつげ








ぶるぶる




8の字




まだまだ遊べそうで

とても嬉しい



じぶんの仕事をダンスを

好きになり直すことができて

とてもしあわせだ。



ここまで来れてほんとうによかった。


わかちあってくださる方々には、


言葉がない。