1995年のフットワーク(アロウズ)
にはジャンニ・モルビデリと
井上隆智穂、そしてもう一人の
ドライバーが乗りました。
それがマックス・パピスです。
正式にはマッシミリアーノ・パピス
ですね。
実はアメリカで大成をしてから
知ったので、自分としては「マックス」
の方がしっくりきます。
イタリア系ドライバーです。
彼はこの95年の全7レースしか
F1には出場していません。
当時の記事やチームメイトだった
井上隆智穂さんの著書を読むと、
当初から3人がシートをシェアする形で
乗せるつもりだったらしく、
井上さんの持参金が途絶えたら、
パピスを乗せるつもりが
実力のあるが持参金のない、
モルビデリの方を
チームの資金難で致し方なく
乗せたのが実情のようです。
ちなみにデザイナー&エンジニアの
アラン・ジェンキンスは、パピスが
起用されて、レース現場には
来なくなったと言われています
(自分の思うドライバーがレースに
出なくなったからでしょうかね・・・)
第8戦イギリスGPから
第14戦のヨーロッパGPまで
予選最高位は15位。
決勝は7位と当時の6位までの
入賞ではポイント獲得は
なりませんでした。
第15戦がTIサーキット英田、
第16戦が鈴鹿サーキットと
2戦連続で日本開催だったのですが、
パピスは日本に来てから
解雇を言い渡されてしまった
(裁判を起こされて差し押さえを
されないためだそう)
エピソードがあります。
当時からしたら夢に見たF1での
世界で酷い仕打ちを受けてしまった
パピスですが、アメリカが彼にとって
大きな転機となりました。
アメリカで当時人気だったチャンプカー
(CART)で活躍を始めます。
特に2000年ごろにF1ジャガーチームに
関わったボビー・レイホールのチーム時代は
大活躍!
この頃、NHKBSでレースが
放送されていて、
個人的には大好きでした。
後にこちらもアメリカで大人気なレース
NASCARに転向するんですが、
2013年のレースでは他のドライバーと
いざこざを起こし、なんと相手ドライバーの
ガールフレンドから平手打ちを喰らい
顎を脱臼したこともありました笑
基本パピスはおとなしいドライバーだと
思いますが、内に秘めた感じが
個人的に好きなのかな笑
F1界でも誰?に近いパピスですが、
アメリカでは名を上げたので
良しとしましょうか!