人間は、ありとあらゆる生き物のいのちを食べて生きていますよね。


牛や豚、魚や鶏、馬や羊のいのち。

ベジタリアンの人もいるかと思いますが、野菜や植物にもいのちはあります。

しかし、これだけでは足りなくて、あらゆるものを加工していかないと人間は生きていけなくなりました。


お寿司屋の友達が言いました。

様々な魚をさばいているうちに、みんなが大好きなお寿司が全く食べられなくなったと。


卸売りセンターに卸す為、生きている豚の解体作業の仕事をしているある方が、

毎晩、豚の悲鳴にうなされて、眠れぬ夜を過ごしていると。


それでも、私達は食べていかなければ生きてはいけない。

でも、人間はわがままだから、すぐに忘れてしまいます。

私達は、何かのいのちを食べて生きているということを。


私もすぐに忘れてしまいます。

だから、時々、思い出す努力をしています。


そして、何かのいのちを食べて生きている以上、

失ったいのちの分まで、社会の役に、誰かの役に立っていかなきゃと思います。


そうしないと、失ったいのちが報われないですよね・・・。

もっともっと感謝しなくてはいけませんね・・・。

今日は本当に嬉しい連絡がありました。




私の尊敬する大切な友人の話です。


3年前に、肝臓ガンが見つかり、同時に「余命半年」の宣告。




腕や肩の痛みがひどいと言い、何気なく病院に行ったのですが、突然、「余命半年」の宣告。


一瞬、頭が真っ白になったそうです。当然です。




でも、彼女は気持ちを切り替え、「私は絶対にガンで死なない」と決意。


吐き気を伴い、髪の毛が抜け落ちると言われる抗がん剤治療の闘病生活が始まりました。


周囲の皆が、カツラを用意したり、抗ガン作用のある食べ物や飲み物を探し回り、病が治るようにと、ありとあらゆる物を


用意し、出来る事は何でもしました。




しかし、その後、ガンが肺に転移。


医師もホスピスを勧め、私もご主人も周囲も、愕然としました。


結局、残りの余生を自宅で過ごす事を勧められ、自宅に戻り、悪化しては再び病院へ戻るという


入退院の繰り返しとなりました。


抗ガン剤も効かなくなり、為すすべがない。


体重も減少し、話す言葉にも力が入らず、顔色も悪い、ベッドの上でも動けない。


でも、それでも彼女は、「私は絶対にガンで死なない」と言い続けていました。




私も出勤前の早朝、仕事帰りに何度も病院に足を運び、ありったけの励ましを送り続けました。


仕事中も、いつ訃報の連絡が入るかと、不安な思いで、びくびくしながら仕事をしていた事も数知れず。




本当に祈るような思いで、彼女のガン消滅と健康を願い続けました。


でも、そんな願いをよそに、リンパへの転移の連絡・・・




ご家族も私も、さすがに、もう駄目かもしれないと希望を失い、あきらめかけました。


それでも、尚、「私はガンでは死なないと決めたから絶対に大丈夫」と言い続け、私は逆に何度も彼女から


勇気づけられ励まされました。




このような闘病生活が3年間。


その彼女から、今日、「検査の結果、体中の全てのガンが消えました。たった一つも、わずかのガンも


残っておらず、全てのガンが消えたんです・・」という連絡を頂いたのです。


耳を疑いました。


医師も首をかしげたそうです。医学では解明できない友人の生命力に驚いたそうです。




この報告を聞いて、本当に感動しました。


あきらめない気持ちや強い生命力のすごさを間近で数年間、見させて頂き、本当に勇気をもらいました。


ともすると、ここまで頑張ったのだからと、諦めかけてしまうのが人間です。



「人間として生を受ける事は非常にまれで、一日でも長く生きる事はすごい事なのである」とは、先人の言葉。




私も経験者ですが、病は一進一退を繰り返すものです。


希望や生命力を持つ事が人間の底力を奮い立たせるものだと改めて実感しました。




単に長く生きればいいと言うものでもありません。短命であっても凝縮した人生も沢山あります。


でも、一日でも長く生きるという事の本当の意味を頭ではなく、心で教えられたような気がします。




「人間の真価は、最も大変な時に見えるものだ」とは、哲学者の言葉。


彼女に比べたら、まだまだ弱い、情けない自分。


まことの時に、真の生命力を湧き出させるもっともっと強い人間になりたいと思いました。




そして、自分の人生を通して、たった一人でも、薄っぺらな言葉ではなく、深い感動を


身をもって与えられるような自分になりたいと思いました。




感動、感謝の思いと共に、改めて自分に言い聞かせる一日となりました。

ツルは千年、カメは万年と言われるように、カメは長寿のシンボルとして親しまれていますよね。




海ガメ研究の博士によると、




カメは外敵に出会っても決して攻撃的にならない。


恐怖心も抱かない。


硬い甲羅(こうら)に身をひそめ、忍耐強く、外敵が退くのを待つそうです。


この外界への対応が、いたずらに傷つくこともなく、ストレスに陥ることもなく、


長寿を楽しむ秘訣なのではないかと語っておられました。




また、カメは自らに妥協しない強靭(きょうじん)な精神を備えているそうです。


障害に出会っても、迂回して通ろうなどどいう根性は決して持たず、


正面突破で壁を突き破り、乗り越えようと、あくなき忍耐の挑戦を繰り返すのだそうです。




このカメの生き方から、謙虚さ、忍耐強さ、賢明さを教えられる思いがしました。




植物や動物にも生命があり、それぞれがそれぞれに、一生懸命、生きているのですよね。




もっともっと色々なことから、学んでいかなければ・・・と思う一日でした。

富士の美しさは、決して一夜に出来たものではありませんね。


長い長い着実な活動の結果、あの日本一高く美しい山となりました。




人間も同じだと思います。


晴れた日もあれば風雪の日もあります。


日々、自分を見つめ、学び、悩み、葛藤する。


そんな修行と試行錯誤の繰り返しの中に、堂々たる富士山のような自分自身が


作り上げられていくのだと思います。




簡単に一度に自己完成は出来ませんが、


苦しみを乗り越え、着実に、決しておごらずに、そして努力を重ねていく中に、


幸福の城が築かれていくものと思います。




木も小さいうちは、ちょっとした風にも揺れてしまいますが、


大木になれば、どんな嵐にも揺るがないように、


どんな悩みや苦難にも負けない強い強い自分になりたいと思います。




偉大な人は、皆、大きな苦しみを乗り越えたから、不動の自身を作ったように。


ありとあらゆる苦難を乗り越えたから、人を魅了する人格が出来上がったように。


ほんの少しでも、そのような自分になれるよう、日々努力していきたい。

竹が物凄い速さで成長する要因は何か。


それは、親竹と地下茎の関係にあるそうです。

親竹が夏の間、光合成で作った養分のほとんどを地下茎に蓄える。

この豊かな栄養に支えられ、タケノコは春から初夏にかけて急激な成長ができるといいます。


外見だけを見ると、夏も冬も何の変化もありません。

しかし、見えない地下では飛翔の為に、じっと時を待っている。


人材育成も同じことが言えると思います。

親竹が先輩。タケノコが後輩。養分は先輩の情熱や思い。

先輩は情熱を注ぎ、後輩をそれを一生懸命受け止める中に、人材育成は成り立つのだと思います。


どんな立派なことも、それを継承してくれる後輩がいなければ、一代で終わってしまいます。

だから、社会に貢献するために、後に続く未来の人を大切にしたい。

企業においても、地域においても、これからの人を大事にしていきたい。


その為には、まず自分自身が日々成長しないと・・・

人材育成=自分育成と肝に銘じて・・・