「今日のお昼は秋刀魚で満足」
東京の自宅マンションは品川区の上大崎である。いつも歩いて7分のところにあるJR目黒駅を利用している。 この駅前の商店街で有名なお祭りと言えば「目黒のさんま祭り」である。 きっかけとなったのは古典落語の「目黒のさんま 」、時は江戸時代、ある大名が馬の早駆けに目黒に行ったときにお腹が減って焼立ての脂がのったサンマをお百姓さんに馳走になった。これが忘れられない。そこで親戚から食事の御呼ばれのときにサンマを注文。出てきたのはサンマを蒸して脂を抜いてしまったものだった。美味しいわけがない。家来たちが気を使って高級な料理法にしてしまったのだ。そこで殿様「このサンマはいずれより取り寄せた?」
「日本橋の魚河岸です。」・・・「それはいかんサンマは目黒に限る」
秋刀魚は庶民の代表的な食べ物であった。七輪の炭火で焼いて食うのが本当に美味い! これを蒸して脂を抜いて骨をとり殿様は食べさせられたのである。丁寧に調理すると折角の旨味が抜けて不味くなる。
今日のお昼は秋刀魚定食650円なり。 脂がのって美味かった。スダチの酸味で脂がしまる、醤油を垂らして両端から身をほぐして口に運ぶ、香ばしさと腹腸の苦味が口中に広がる。 「うっ!美味い!!」 ほくほくと食む。 また、実に白ご飯と合うじゃないか。
大ぶりのご飯茶碗の飯があっという間に減ってくる。 小さな小骨は気にしない。ご飯と共に飲み込んでしまう。 「うっ!美味い!!」
落語の「目黒のさんま」のオチの様に手間隙かけたものが良いわけではない。
素材自信の本質を見抜き一番良い状態となるにはどうすればよいのかを理解する事が大事である。 一番良い状態とはそのもの自信の個性が一番光る状態ではないだろうか。 ・・・ 人で言えば「生き生きしている」事だと思う。
「あーだ、こーだ」と口うるさく指示する事より時には「お前の好きにやってみろ!」と任せる事も必要だと思う。但し、任せきりにしてほっとくと炭火の上の秋刀魚と同じ様に焦げて食えなくなってしまう。 片目は開けてね! このバランス感覚がヒューマンマネージメントの難しさだよね。 「うぅん、お昼の秋刀魚定食から随分と話が飛躍してしまった。」 秋を告げる秋刀魚、650円のコストパフォーマンスは高かったね!