摂津国の一之宮は住吉大社とこの坐摩(いかすり)神社です。
一般的には「ざまじんじゃ」と呼ばれることが多いそうです。
大阪市中央区久太郎町四丁目渡辺三号という、ちょっと奇妙な地名にあります。大阪の地下鉄「本町駅」の近くで、都会の真ん中にあるお社です。
大阪の地形を語るうえで外せないのが「上町台地」です。
上町台地とは大阪平野を南北に延びる丘陵地帯のことです。
縄文時代の海岸線は、生駒山系の麓、現在の東大阪市あたりだったそうです。大阪のほとんどは海の中(河内湾)で、上町台地だけが半島状に突き出ていました。
海岸線が後退した後も、大阪は上町台地をのぞき、ほとんどは湿地帯だったそうです。
NHKのブラタモリで知りましたけど、台地の縁(へり)がとても重要だそうです。例えば、武蔵野台地の東端には江戸城が築城されました。名古屋の熱田台地の北端には名古屋城があり、南端は交通・商業の要衝だった熱田湊と熱田神宮があります。
上町台地の北端には難波宮、石山本願寺、後に大阪城が築かれます。この北端には難波津、渡辺津という淀川の河口にあたる重要な湊がありました。難波津には生国魂神社、そして渡辺津に坐摩神社が守護神として鎮座されていたのです。
上町台地の南端には住吉津と住吉大社があります。このように、台地の北端と南端にそれぞれ摂津国の一之宮が配置されたという形になります。
摂津はもともと「津の国」と呼ばれていて、大和や京に繋がる湊として要衝の地だったんですね。
坐摩神社は豊臣秀吉が大阪城を築城する際に、現在の船場の地に遷座されたそうです。ですので、もともとの地である「渡辺」が現在の地名としても残っているという訳です。ちなみに、渡辺津に住んでいた人々を渡辺党と呼び、全国の渡辺さんの先祖だそうです。
坐摩神社の御祭神は「坐摩神」で五柱の神様の総称です。そのうち三柱は生井神、福井神、綱長井神と呼ばれ、井戸水の神様です。
台地で生活するうえで難しいのは水の確保です。淀川の河口で水があるといっても海水が混じっているので飲み水には向きません。
ネットで調べたら、上町台地では南から北の方へ地下水が流れているそうで、台地であるにもかかわらず、さほど水の確保には苦労しなかったようです。これは坐摩神社のお陰ではないでしょうか?
そう言えば、「坐摩(いかすり)」とは居住地を守る意の「居所知(ゐかしり)」が転じたものだという説があります。
御朱印には鷺丸の御神紋があしらわれていました。
渡辺津には多くの白鷺が群がっていたそうです。