『田うなぎ様』(六ノ巻)
子『ボク、一人で学校行くから、ママはパパが来るまで見張ってて!!』
母親は思わず耳を疑って、もう一度聞き直そうとしましたが、その時既に、男の子はランドセルを揺らしながら走り出していました。
母親は子どもの背中と田うなぎを交互に目で追いながらも、呆気にとられた表情のまま今、何が起こったのかを頭で整理しようとしました。
考えがまとまっていくにつれて、喜びが込み上げてきます。
『一人で学校行くから…』
『一人で学校行くから…』
何度も反芻してその嬉しい言葉を噛み締めながらも、背中が消えたあの曲がり角をいつ泣きながら戻ってくるのではないかとも考えずにはいられませんでした。
長い数分間、感慨にふけっていると、子どもが走って行った反対方向から不意に声がしました。
父親が到着し、子どもの姿が見えないので母親に質問したのでした。
母親は起こった出来事をありのまま父親に報告しました。
父親も最初は信じられなかったのですが、今ここに子どもがいないことが何よりも動かぬ証拠。
そう、今ここにいない、子どもも……田うなぎも?
!!
二人ともあまりの嬉しさで田うなぎの存在を忘れてしまっていたのでした。
母親は子どもにどう説明すれば…と狼狽えましたが、
父親は仕事をしながら、子どもを納得させるための言い訳を考えてくるつもりでいました。
そして、
もし、田うなぎを捕まえる事ができたとしても、うちにはもう田うなぎを飼育する容器もなければそれを置くスペースもない。
事情を説明するいい機会なのかもしれないと考え、
父『ワタシが取り逃がした事にしておこう』
と言い残すと、さっさと仕事に出かけました。
(最終巻に続く)