うんともすんとも鳴らないケータイ
ただじっと見つめる真夜中
あなたは今 なにをしているんだろう
いつでもどこでも繋がってるなんてウソね
あなたの声を聞けるボタンを押すことすら
今のわたしにはできないの
ギギッ。キーッ。
ブレーキを握るたび、チョークか何かで黒板をひっかくような不快な音がする。
買って3、4年くらいは経っているこの自転車、そういや一度も油を差したことなんかなかった。
春風を切りながら、ペダルをこぐ。
今日はなかなかいいお天気。
家にこもってばかりいるのも勿体ないので、特に目的もないまま、あたしは自転車に乗って家を飛び出した。
だいぶ錆びついた、この自転車に乗って。
昼過ぎの道路。
車の流れは順調。
柔らかい日差しに目を細めながら散歩する、おじいちゃんとおばあちゃん。
橋を渡りながら河原を眺める。
草むらで戯れる数匹の野良犬たち。
川のほとりで咲いている菜の花の群れ。
なんて心地よい春のサイクリング。
息切れさえも、気持ちがいい。
大きい坂道に来た。
一瞬、ヤバイかも・・・と躊躇いが生まれる。
だってこの自転車は、ブレーキが相当ききにくくなってる。
もし、きちんと止まることができなかったら。
前から来た車とクラッシュして、ガシャーン、チーン!
そんな恐ろしい事態を想像してしまって、あたしは思わず身震いした。
だけど、自転車はあたしの躊躇いもお構いなしに、その勢いのまま坂を下り始めた。
ものすごい勢いで車輪が回転している。
案の定、ブレーキはきかない。
風が後ろに飛んでいく。
あたしは何か叫び声を上げようとしたけれど、実際何を叫んだのか、それとも本当は叫ぶことすらできなかったのか、全くわからない。
ブレーキは、きかない。
時速何キロで助走したら、人間は空に飛び立つことができるんだろう。
ふと、あたしの頭にそんな疑問がよぎった。
もしかしたらあたしは、飛べるんじゃないか。
風をきる速度が、今まで経験したことがないほど早い。早すぎる。
ジェットコースターなんか比じゃない。
たったひとりでの滑走が、こんなにドキドキするなんて。
今か今か テイクオフの瞬間を待つ 風の中・・・。
ギイイイイイイイッ。
耳をつんざくような嫌な音がして、ようやく自転車は速度をゆるめた。
何とか無事に、坂道を下りきったあたし。
結局、空を飛ぶことはできなかった。
錆びた自転車は、ひと仕事終えたことに充実しているように見える。
今にも空へ飛び立たんばかりだった魔法の自転車は、最早ただのボロっちいチャリンコでしかない。
けれど、なぜか、あたしはこの自転車がいとおしいと思った。
ブレーキのきかない錆びた自転車のように、あたしも、いつまでたっても空へ向かって走りつづけることを忘れないでいたい。
ブレーキを握るたび、チョークか何かで黒板をひっかくような不快な音がする。
買って3、4年くらいは経っているこの自転車、そういや一度も油を差したことなんかなかった。
春風を切りながら、ペダルをこぐ。
今日はなかなかいいお天気。
家にこもってばかりいるのも勿体ないので、特に目的もないまま、あたしは自転車に乗って家を飛び出した。
だいぶ錆びついた、この自転車に乗って。
昼過ぎの道路。
車の流れは順調。
柔らかい日差しに目を細めながら散歩する、おじいちゃんとおばあちゃん。
橋を渡りながら河原を眺める。
草むらで戯れる数匹の野良犬たち。
川のほとりで咲いている菜の花の群れ。
なんて心地よい春のサイクリング。
息切れさえも、気持ちがいい。
大きい坂道に来た。
一瞬、ヤバイかも・・・と躊躇いが生まれる。
だってこの自転車は、ブレーキが相当ききにくくなってる。
もし、きちんと止まることができなかったら。
前から来た車とクラッシュして、ガシャーン、チーン!
そんな恐ろしい事態を想像してしまって、あたしは思わず身震いした。
だけど、自転車はあたしの躊躇いもお構いなしに、その勢いのまま坂を下り始めた。
ものすごい勢いで車輪が回転している。
案の定、ブレーキはきかない。
風が後ろに飛んでいく。
あたしは何か叫び声を上げようとしたけれど、実際何を叫んだのか、それとも本当は叫ぶことすらできなかったのか、全くわからない。
ブレーキは、きかない。
時速何キロで助走したら、人間は空に飛び立つことができるんだろう。
ふと、あたしの頭にそんな疑問がよぎった。
もしかしたらあたしは、飛べるんじゃないか。
風をきる速度が、今まで経験したことがないほど早い。早すぎる。
ジェットコースターなんか比じゃない。
たったひとりでの滑走が、こんなにドキドキするなんて。
今か今か テイクオフの瞬間を待つ 風の中・・・。
ギイイイイイイイッ。
耳をつんざくような嫌な音がして、ようやく自転車は速度をゆるめた。
何とか無事に、坂道を下りきったあたし。
結局、空を飛ぶことはできなかった。
錆びた自転車は、ひと仕事終えたことに充実しているように見える。
今にも空へ飛び立たんばかりだった魔法の自転車は、最早ただのボロっちいチャリンコでしかない。
けれど、なぜか、あたしはこの自転車がいとおしいと思った。
ブレーキのきかない錆びた自転車のように、あたしも、いつまでたっても空へ向かって走りつづけることを忘れないでいたい。
あなたが昔見た映画を私も見る
あなたが昔読んだ本を私も読む
そうすることで同じ記憶を共有できる
でも
あなたが昔誰かと聴いた音楽を
わたしも聴く気にはなれなくて
だってもうあなたの中にはすでに
その音楽といっしょに別な人がいる
同じ記憶を同じように共有するなんて
本当はできっこないものね
あなたが昔読んだ本を私も読む
そうすることで同じ記憶を共有できる
でも
あなたが昔誰かと聴いた音楽を
わたしも聴く気にはなれなくて
だってもうあなたの中にはすでに
その音楽といっしょに別な人がいる
同じ記憶を同じように共有するなんて
本当はできっこないものね
と文字にしてしまったら、すっごく露骨なんですけど・・・。
大人のあそび的な話ではないので、どうぞご安心を。
Sadism:他者を精神的・肉体的に虐げることによって
満足を得る性的倒錯。転じて、一般に嗜虐的
傾向をいう。
Masochism:他者から身体的・精神的な虐待・苦痛を
受けることによって満足を得る性的倒錯。
一般には被虐趣味をいう。
広辞苑にはそのように説明されています。
ま、これは予備知識ということで。
このふたつの性質、辞書を見ても分かるとおり、
まったく正反対のものとして世間では認識されています。
SがいるからMは成り立つ。
MがいるからSは成り立つ。
いわゆる「主従関係」ですね。
・・・しつこいようですが、セクシュアルな意図はありませんので、
どうか呆れずに最後までお付き合いくださいませ。
一見、正反対の意味を持つSとMですが、
このふたつには共通性があります。
それは、「攻撃性」。
何らかのストレスが自我に加わることで、
かかった圧力が外に吹き出る。
その源泉は、
もっと生きたい、種族を繁栄させたいという
「生の本能」、すなわちエロスと名づけられました。
反対に、
圧力が内側にかかったきりで外に発散されず、
自分自身を滅したいという自殺願望が生まれる場合もあります。
それは「死の本能」、すなわちタナトス。
ちなみにこれを唱えたのは、フロイトだったかな?
エロスが発するエネルギーも、
タナトスが発するエネルギーも、
根底にあるのは「攻撃性」です。
と聞くと、「ん!?」と思いませんか?
一般に認識されている両者の性質として、
攻撃性=S
被攻撃性=M
という図式が成り立っているのに、
S=攻撃性=M
すなわちS=M???
明らかに矛盾してます。
でも、思うんです。
Mは最大のSじゃないか、って。
Mさんは攻撃を受ける「受動」の存在であると同時に、
自らを攻撃する「能動」の存在でもあるのですから。
Sさんは、攻撃はお好きだけど
所詮、自分は傷つけられないという程度ですよね。
他者への攻撃と、自分への攻撃。
一体どちらが、本当に残虐なんでしょう?
わたしは、Mさんの方が恐ろしいと思っています。
もちろん、他人が傷つくのを見て快楽を得るSさんも気持ち悪いけれど、
両性質を持ち合わせたMさんの内面に
一段と濃い暗闇を見るような気がします。
でもそれならSさんだって、
他人を傷つける行為で自らを間接的に傷つけている・・・
と、おっしゃるかもしれませんね。
そうなるとやっぱり、S=Mなのでしょうか。
・・・と考え込んでしまった、少しMさんに近いものを持つArcでした。
大人のあそび的な話ではないので、どうぞご安心を。
Sadism:他者を精神的・肉体的に虐げることによって
満足を得る性的倒錯。転じて、一般に嗜虐的
傾向をいう。
Masochism:他者から身体的・精神的な虐待・苦痛を
受けることによって満足を得る性的倒錯。
一般には被虐趣味をいう。
広辞苑にはそのように説明されています。
ま、これは予備知識ということで。
このふたつの性質、辞書を見ても分かるとおり、
まったく正反対のものとして世間では認識されています。
SがいるからMは成り立つ。
MがいるからSは成り立つ。
いわゆる「主従関係」ですね。
・・・しつこいようですが、セクシュアルな意図はありませんので、
どうか呆れずに最後までお付き合いくださいませ。
一見、正反対の意味を持つSとMですが、
このふたつには共通性があります。
それは、「攻撃性」。
何らかのストレスが自我に加わることで、
かかった圧力が外に吹き出る。
その源泉は、
もっと生きたい、種族を繁栄させたいという
「生の本能」、すなわちエロスと名づけられました。
反対に、
圧力が内側にかかったきりで外に発散されず、
自分自身を滅したいという自殺願望が生まれる場合もあります。
それは「死の本能」、すなわちタナトス。
ちなみにこれを唱えたのは、フロイトだったかな?
エロスが発するエネルギーも、
タナトスが発するエネルギーも、
根底にあるのは「攻撃性」です。
と聞くと、「ん!?」と思いませんか?
一般に認識されている両者の性質として、
攻撃性=S
被攻撃性=M
という図式が成り立っているのに、
S=攻撃性=M
すなわちS=M???
明らかに矛盾してます。
でも、思うんです。
Mは最大のSじゃないか、って。
Mさんは攻撃を受ける「受動」の存在であると同時に、
自らを攻撃する「能動」の存在でもあるのですから。
Sさんは、攻撃はお好きだけど
所詮、自分は傷つけられないという程度ですよね。
他者への攻撃と、自分への攻撃。
一体どちらが、本当に残虐なんでしょう?
わたしは、Mさんの方が恐ろしいと思っています。
もちろん、他人が傷つくのを見て快楽を得るSさんも気持ち悪いけれど、
両性質を持ち合わせたMさんの内面に
一段と濃い暗闇を見るような気がします。
でもそれならSさんだって、
他人を傷つける行為で自らを間接的に傷つけている・・・
と、おっしゃるかもしれませんね。
そうなるとやっぱり、S=Mなのでしょうか。
・・・と考え込んでしまった、少しMさんに近いものを持つArcでした。
無意識に唇を噛み締める
人差し指を打つ手が止まらない
イライラは平常心を奪い去り
心の余裕も消し去り
殺伐とした嫌な人間を作り上げる
それは自分でもわかってる
でも
この苛立ちを誰かにわかってほしくて
当然、誰にもわかってもらえなくて
イライラの上に孤独感が積み重なる
だからじっと耐えるしかない
それはとても辛い時間
だけどこれを乗り越えることができたなら
ひとつ大人になれるような気がする
人差し指を打つ手が止まらない
イライラは平常心を奪い去り
心の余裕も消し去り
殺伐とした嫌な人間を作り上げる
それは自分でもわかってる
でも
この苛立ちを誰かにわかってほしくて
当然、誰にもわかってもらえなくて
イライラの上に孤独感が積み重なる
だからじっと耐えるしかない
それはとても辛い時間
だけどこれを乗り越えることができたなら
ひとつ大人になれるような気がする
コート、セーター、マフラー、手袋・・・。
冬物をしまい始めた矢先、突然、雪が降り出した。
「来てみろよ、雪、舞ってるぞ」
彼の声に思わず、作業する手を止める。
窓の外を覗くと、案の定、白いものがたくさん風の中を舞い踊っていた。
と言うより、踊り狂っていたと言った方が正しいかもしれない。
「スゲー吹雪いてる」
彼はうれしそうに興奮しているけれど、ここぞとばかりに冬物の片づけをしていたあたしには、うれしくもなんともない。
「せっかく冬服しまおうと思ってたのに」
「いいじゃん別に、そんなこと」
と、彼は簡単に言うけれど、いったん奥に引っ込めたものをまた取り出すのは面倒くさい。
それに、来年までさようなら~としばしの別れを決めていただけに、再び顔を合わせるのも何だかなぁ・・・。
「ちょっとベランダに出てみよう」
いそいそとそう言いながら、彼は薄着のまま窓を開ける。
外の冷たい空気が流れ込んできて、あたしはブルッと身を震わす。
「冬、再来! って感じだな」
今にも手すりから落っこちそうなくらい、彼は身を乗り出して吹雪に見入っている。
「危ないよ」
「平気だって。うわ、ホントにスゲー」
一体何がすごいんだか。はしゃぐ彼の姿を、あたしは冷ややかな目で見つめる。
確かにこの辺じゃ、雪が降るなんて珍しいことだけど。
「ねえ、寒いから中に入ろうよ」
あたしの呼びかけに、彼は頷きつつも一向にそこから動こうとしない。
「先に入ってるよ?」
「春に降る雪ってさ」
同時に発せられたあたしと彼の声が、雪風の中で重なった。
仕方なくあたしは、両手の甲をさすりながら「何?」と尋ねる。
「春に降る雪ってさ、何となく儚い感じがするよな」
「そう?」
「一瞬だけ降って、一瞬で消える命・・・」
冷たい風のせいか、ときどき目に飛び込んでくる泡雪のせいか。
上空を見つめる彼の目は、少し、潤んでいる。
『春の雪』。そういやそんな映画があったっけ。
『4月の雪』は、ぺ・ヨンジュン?
あたしの頭の中には、そんなレベルのことしか思い浮かばない。
「だけどさ」
さっきよりも声のトーンを少し上げ、彼は言葉を続ける。
「一生懸命に最後の花を咲かせて、また来年も来るからな、
・・・って言ってるような気もする」
彼の横顔に、微笑みが浮かぶ。
「忘れんなよ、しばらく休んでくるからな。そんな強い意志の表れ。
ま、言ったら悪あがきみたいなもんかな?」
彼は、空からあたしに視線を移す。自然とあたしも笑っていた。
寒いのはいやだけど。手がかじかんで普段よりもっと不器用になるけれど。
でも、盛大な打ち上げ花火が夏を締めくくると同時に、3月の雪も冬の終わりを告げる宣告者になるのかもしれない。
「たまには雪もいいかもね」
初めて、冬が名残惜しい気分になった。
冬物をしまい始めた矢先、突然、雪が降り出した。
「来てみろよ、雪、舞ってるぞ」
彼の声に思わず、作業する手を止める。
窓の外を覗くと、案の定、白いものがたくさん風の中を舞い踊っていた。
と言うより、踊り狂っていたと言った方が正しいかもしれない。
「スゲー吹雪いてる」
彼はうれしそうに興奮しているけれど、ここぞとばかりに冬物の片づけをしていたあたしには、うれしくもなんともない。
「せっかく冬服しまおうと思ってたのに」
「いいじゃん別に、そんなこと」
と、彼は簡単に言うけれど、いったん奥に引っ込めたものをまた取り出すのは面倒くさい。
それに、来年までさようなら~としばしの別れを決めていただけに、再び顔を合わせるのも何だかなぁ・・・。
「ちょっとベランダに出てみよう」
いそいそとそう言いながら、彼は薄着のまま窓を開ける。
外の冷たい空気が流れ込んできて、あたしはブルッと身を震わす。
「冬、再来! って感じだな」
今にも手すりから落っこちそうなくらい、彼は身を乗り出して吹雪に見入っている。
「危ないよ」
「平気だって。うわ、ホントにスゲー」
一体何がすごいんだか。はしゃぐ彼の姿を、あたしは冷ややかな目で見つめる。
確かにこの辺じゃ、雪が降るなんて珍しいことだけど。
「ねえ、寒いから中に入ろうよ」
あたしの呼びかけに、彼は頷きつつも一向にそこから動こうとしない。
「先に入ってるよ?」
「春に降る雪ってさ」
同時に発せられたあたしと彼の声が、雪風の中で重なった。
仕方なくあたしは、両手の甲をさすりながら「何?」と尋ねる。
「春に降る雪ってさ、何となく儚い感じがするよな」
「そう?」
「一瞬だけ降って、一瞬で消える命・・・」
冷たい風のせいか、ときどき目に飛び込んでくる泡雪のせいか。
上空を見つめる彼の目は、少し、潤んでいる。
『春の雪』。そういやそんな映画があったっけ。
『4月の雪』は、ぺ・ヨンジュン?
あたしの頭の中には、そんなレベルのことしか思い浮かばない。
「だけどさ」
さっきよりも声のトーンを少し上げ、彼は言葉を続ける。
「一生懸命に最後の花を咲かせて、また来年も来るからな、
・・・って言ってるような気もする」
彼の横顔に、微笑みが浮かぶ。
「忘れんなよ、しばらく休んでくるからな。そんな強い意志の表れ。
ま、言ったら悪あがきみたいなもんかな?」
彼は、空からあたしに視線を移す。自然とあたしも笑っていた。
寒いのはいやだけど。手がかじかんで普段よりもっと不器用になるけれど。
でも、盛大な打ち上げ花火が夏を締めくくると同時に、3月の雪も冬の終わりを告げる宣告者になるのかもしれない。
「たまには雪もいいかもね」
初めて、冬が名残惜しい気分になった。
久しぶりに実家に帰り
きみを埋めた場所へ手を合わせに行く
赤い屋根の犬小屋はそのままで
だけど変わっていたことがひとつ
そのまわりにたくさん水仙が植えられていた
いまはまだ堅く閉ざされたつぼみだけど
きっともうすぐしたら白い花が咲くよね
水仙はきみの花
君の名を永遠に咲かせていられるよう
あたたかな春を待ち望むよ・・・
きみを埋めた場所へ手を合わせに行く
赤い屋根の犬小屋はそのままで
だけど変わっていたことがひとつ
そのまわりにたくさん水仙が植えられていた
いまはまだ堅く閉ざされたつぼみだけど
きっともうすぐしたら白い花が咲くよね
水仙はきみの花
君の名を永遠に咲かせていられるよう
あたたかな春を待ち望むよ・・・
夜と学校。
怪談にもよく登場するその組み合わせは、昼間の明るくて健全なイメージとは違い、どこか近づきがたい独特の雰囲気を醸し出す。
「ねえ、本当に行くの?」
「もっちろん」
「ちょっとヤバくない? 今の学校って、不法侵入にうるさいよ?」
「仮にもあたしら、ここの卒業生よ?
そのあたしらに対して不法侵入だなんて恩知らずなこと言うなんて、あり得ないっしょ」
躊躇うあたしとは対照的に、まるで冒険でもするみたいにウキウキな彼女。
正門によじ登って、あっという間に反対側に降り立ってしまった。
「早くしないと置いてくよ~」
本当に置いて行きかねない彼女の言葉に、あたしも慌てて門を越えようとする。
彼女とあたしは幼なじみ。
幼稚園から中学までずっと一緒だった。
高校は生憎、別の場所になってしまったけれど、それでも家が近いおかげで、暇さえあればいつも会ってはおしゃべりしたりショッピングしたり・・・と同じ時を過ごした。
でも、大学進学を機に、あたしは県外へ行ってしまう。
その前に、もう一度面白いことをひとつしておこう!
・・・ということで今回、あたしたちが卒業した中学校に行ってみることになってしまったわけ。
しかも、誰一人いない、夜に。
敷地内に入る。
住宅街の広がる外側とはまた別の、濃密な静寂が漂っている。
「静か、だね・・・」
呟いた声ですら大きなノイズのように響いて、背筋が冷たくなる思いがした。
校舎への入り口に手をかける。
でも、当然のことながら鍵がかかっていて中には入れない。
「無理みたいね」
ドアノブを握る彼女の耳元でそう囁くと、彼女は急に、校舎の裏手に向かって走り出した。
「ここの鍵、確か壊れていたはず」
少し上の目線にある、連なった窓の一部を、彼女は指差した。
この向こうは・・・廊下だ。そして、あたしたちが過ごした教室がある。
「いくらなんでも、もう直されてるよ」
「でも、開けてみないとわからないでしょ」
そう意気込んで、彼女は壁の出っ張ったところに足をかけ、窓枠に手を伸ばす。
「開いた」
ウソみたい。目を丸くするあたしに、彼女は勝ち誇ったように微笑む。
「入ろ」
手を差し伸べる彼女に、あたしも思わず笑ってしまった。
気分はまるで、インディー・ジョーンズ。
この先には、どんな宝物が待っているんだろう?
とうとう校舎の中までたどり着いたあたしたちは、二人で過ごした3-2の教室の前までやって来る。
幸いなことに、日直が閉め忘れたのか、ドアの鍵は開いていた。
まったくもってセキュリティ意識に欠けてる。でもそのおかげで、教室内に入ることができた。
「うわ、懐かし~」
二人同時に、感嘆の声を上げる。
暗い教室に浮かぶ、机。椅子。黒板。チョーク。教壇。ロッカー。
高校でもこれらと同じものを見てきたはずなのに、なぜか全く別のものみたい。
「あ、この傷」
一番前にあった机を見て、彼女は何かに気付いたようだ。
「どしたの?」
「これ。昔好きだった人とあたしの、相合傘」
彼女の指先を、目を凝らして見つめる。
そこには確かに彼女のイニシャルと、彼女が好きだった人と思われるイニシャルが並んでいる。
「まだ残ってたんだねぇ」
その相合傘をいとおしそうな目で見つめる彼女。
その様子を見ていると、「みんなものにそんな傷つけちゃだめじゃん!」なんて道徳的なことは、とてもじゃないけど言えなかった。
「相手、誰だっけ?」
「えー、忘れちゃったのぉ?」
あたしと彼女は、クスクス笑い合う。
いろんな思い出が、次から次へとよみがえる。
椅子に座って、教室内をあらためて眺める。
3年前、あたしたちは毎日、ここに通っていた。
卒業し、新しい生活が始まって、ここで過ごすことはもう二度となくなった。そして、その高校生活も終わりを告げ、4月からまた新たな生活が始まる。
そう。彼女と過ごしたこの地を、しばらくの間離れることになる・・・。
目に、少しだけ滲むものがあった。
しんとした教室に、突然、鳴り響いたのは。
「チャイム?」
あたしと彼女は、驚いて顔を見合わせる。
まさかこんな夜中にチャイムが鳴るなんて。
まったく予想外の出来事。
生徒も先生もいないはずの教室で、授業が始まるというのだろうか。
「きりーつ」
かつてあたしがこの教室でやっていたみたいに、彼女が号令をかけた。
反射的に、勢いよく立ち上がってしまった。
「気をつけ。礼!」
彼女の声にならって、あたしも授業の始まりの挨拶を行う。
「着席!」
今日は彼女が、学級委員長。
あの頃が、二人のもとにもう一度だけ舞い戻る。
いつまで経っても、あの頃は消えてなくならない。
色あせても、古びても。
きっとそれが、あたしたちの探していた大切な宝物。
怪談にもよく登場するその組み合わせは、昼間の明るくて健全なイメージとは違い、どこか近づきがたい独特の雰囲気を醸し出す。
「ねえ、本当に行くの?」
「もっちろん」
「ちょっとヤバくない? 今の学校って、不法侵入にうるさいよ?」
「仮にもあたしら、ここの卒業生よ?
そのあたしらに対して不法侵入だなんて恩知らずなこと言うなんて、あり得ないっしょ」
躊躇うあたしとは対照的に、まるで冒険でもするみたいにウキウキな彼女。
正門によじ登って、あっという間に反対側に降り立ってしまった。
「早くしないと置いてくよ~」
本当に置いて行きかねない彼女の言葉に、あたしも慌てて門を越えようとする。
彼女とあたしは幼なじみ。
幼稚園から中学までずっと一緒だった。
高校は生憎、別の場所になってしまったけれど、それでも家が近いおかげで、暇さえあればいつも会ってはおしゃべりしたりショッピングしたり・・・と同じ時を過ごした。
でも、大学進学を機に、あたしは県外へ行ってしまう。
その前に、もう一度面白いことをひとつしておこう!
・・・ということで今回、あたしたちが卒業した中学校に行ってみることになってしまったわけ。
しかも、誰一人いない、夜に。
敷地内に入る。
住宅街の広がる外側とはまた別の、濃密な静寂が漂っている。
「静か、だね・・・」
呟いた声ですら大きなノイズのように響いて、背筋が冷たくなる思いがした。
校舎への入り口に手をかける。
でも、当然のことながら鍵がかかっていて中には入れない。
「無理みたいね」
ドアノブを握る彼女の耳元でそう囁くと、彼女は急に、校舎の裏手に向かって走り出した。
「ここの鍵、確か壊れていたはず」
少し上の目線にある、連なった窓の一部を、彼女は指差した。
この向こうは・・・廊下だ。そして、あたしたちが過ごした教室がある。
「いくらなんでも、もう直されてるよ」
「でも、開けてみないとわからないでしょ」
そう意気込んで、彼女は壁の出っ張ったところに足をかけ、窓枠に手を伸ばす。
「開いた」
ウソみたい。目を丸くするあたしに、彼女は勝ち誇ったように微笑む。
「入ろ」
手を差し伸べる彼女に、あたしも思わず笑ってしまった。
気分はまるで、インディー・ジョーンズ。
この先には、どんな宝物が待っているんだろう?
とうとう校舎の中までたどり着いたあたしたちは、二人で過ごした3-2の教室の前までやって来る。
幸いなことに、日直が閉め忘れたのか、ドアの鍵は開いていた。
まったくもってセキュリティ意識に欠けてる。でもそのおかげで、教室内に入ることができた。
「うわ、懐かし~」
二人同時に、感嘆の声を上げる。
暗い教室に浮かぶ、机。椅子。黒板。チョーク。教壇。ロッカー。
高校でもこれらと同じものを見てきたはずなのに、なぜか全く別のものみたい。
「あ、この傷」
一番前にあった机を見て、彼女は何かに気付いたようだ。
「どしたの?」
「これ。昔好きだった人とあたしの、相合傘」
彼女の指先を、目を凝らして見つめる。
そこには確かに彼女のイニシャルと、彼女が好きだった人と思われるイニシャルが並んでいる。
「まだ残ってたんだねぇ」
その相合傘をいとおしそうな目で見つめる彼女。
その様子を見ていると、「みんなものにそんな傷つけちゃだめじゃん!」なんて道徳的なことは、とてもじゃないけど言えなかった。
「相手、誰だっけ?」
「えー、忘れちゃったのぉ?」
あたしと彼女は、クスクス笑い合う。
いろんな思い出が、次から次へとよみがえる。
椅子に座って、教室内をあらためて眺める。
3年前、あたしたちは毎日、ここに通っていた。
卒業し、新しい生活が始まって、ここで過ごすことはもう二度となくなった。そして、その高校生活も終わりを告げ、4月からまた新たな生活が始まる。
そう。彼女と過ごしたこの地を、しばらくの間離れることになる・・・。
目に、少しだけ滲むものがあった。
しんとした教室に、突然、鳴り響いたのは。
「チャイム?」
あたしと彼女は、驚いて顔を見合わせる。
まさかこんな夜中にチャイムが鳴るなんて。
まったく予想外の出来事。
生徒も先生もいないはずの教室で、授業が始まるというのだろうか。
「きりーつ」
かつてあたしがこの教室でやっていたみたいに、彼女が号令をかけた。
反射的に、勢いよく立ち上がってしまった。
「気をつけ。礼!」
彼女の声にならって、あたしも授業の始まりの挨拶を行う。
「着席!」
今日は彼女が、学級委員長。
あの頃が、二人のもとにもう一度だけ舞い戻る。
いつまで経っても、あの頃は消えてなくならない。
色あせても、古びても。
きっとそれが、あたしたちの探していた大切な宝物。
満たされないおもいを無理やり満たそうとして
いつもオーバーラインしてしまうの
八分目くらいがちょうどいいなんてことわかってるのに
欲張って結局は溢れ返らせてしまう
いったいこの器をどこまで肥大させれば
満足できるところまでいけるの?
いつもオーバーラインしてしまうの
八分目くらいがちょうどいいなんてことわかってるのに
欲張って結局は溢れ返らせてしまう
いったいこの器をどこまで肥大させれば
満足できるところまでいけるの?
「ばっかじゃねーの、いい加減理解しろ!」
頭上で鳴り響く、彼の声。
その大音量と激しい剣幕に気圧されて、あたしは声が出ない。
「何度言ったらわかるんだよ!」
声だけでも怒っているのが明らかなんだから、どうしてその表情まで見ることができるだろう。
顔を上げられないまま、あたしはじっと時が過ぎるのを、いや彼の怒りがおさまるのを待つ。
悪いのは確かに、あたし。
聞き終わったCDを、ケースに入れることなく目についたところどこにでも置きっ放しにするから。
彼によると、日光がディスクに当たると、音が聴けなくなるらしい。
そんなのわかってるけど、実際聴こえなくなったCDなんか今までにないし、日光だって直接当たる範囲には置いてないのに。
・・・と、いつも言い訳してまともに取り合わないでいたら。
案の定、彼の怒りは爆発した。
普段は冷静沈着な彼だけに、一度怒り出すと手がつけられない。
「ホントになーんも考えてないんだな。お前の頭はスカスカのスポンジか?
いや、スポンジだったらたくさん水分吸収するよな。
なら、お前もスポンジみたいに、必要なもんはきっちり吸い込め!」
もはや小学生の罵り合いみたいな台詞。
だけど、彼の口から出た言葉だと思うと、悲しくなる。
あたしはスポンジ以下なの・・・?
情けなくて悲しくて、涙が滲んだ。
だけどそんなことで、彼の憤りがおさまるはずはない。
「ウソ泣きすんじゃねーよ」
そう言うだろうなとは覚悟していたけど。
でも、この涙は決してウソ泣きなんかじゃないのに。
それをウソだと言われるとますます悲しくなって、涙が止まらなくなる。
パタパタと涙を落とすあたしに追い討ちをかけるように、彼のとどめが入る。
「そうやって泣けば許してもらえると思ったら、大間違いなんだよ」
ひどい人。
鬼畜。涙の枯れた情け知らず。
そう言い返してやりたかったけど、そんなこと、言えない。
仮にもあたしの好きな人だもの。
赤くなった目の火照りを冷ますため、キッチンで顔を洗う。
あたしは泣いたらすぐ、まぶたが腫れてしまうから、早いとこ冷やさなくちゃ。
水道水でゆすいだ後にタオルで顔を拭く、その隙間から、流し台に置いてある黄色のスポンジが目に映った。
スポンジ。
どうかあたしの涙も吸い取って。
彼をイライラさせる、この涙がもう二度と流れ落ちないようにして。
あたしのまぶたの内側が、このスポンジみたいだったらいいのに。
そうしたら、涙が流れそうなとき、ぎゅっと目をつぶって涙を吸い込むのに。
バカみたい。
幼稚な考えに、ますます自己嫌悪が深まる。
「言い過ぎた。ごめん」
トイレから出てきた彼が、流しで手を洗う際に、ボソリとそう呟いた。
予想外の言葉に、あたしははっとなる。
「でも、言ったことはちゃんと守れよ」
少しばつが悪そうな彼の顔。
どうやらスポンジは、当分の間、あたしのまぶたに備わる見込みはないらしい。
「泣くなって、おい」
彼は慌てた声を出す。
ごめんね。ほっとしてうれしくて、涙が出るの。
頭上で鳴り響く、彼の声。
その大音量と激しい剣幕に気圧されて、あたしは声が出ない。
「何度言ったらわかるんだよ!」
声だけでも怒っているのが明らかなんだから、どうしてその表情まで見ることができるだろう。
顔を上げられないまま、あたしはじっと時が過ぎるのを、いや彼の怒りがおさまるのを待つ。
悪いのは確かに、あたし。
聞き終わったCDを、ケースに入れることなく目についたところどこにでも置きっ放しにするから。
彼によると、日光がディスクに当たると、音が聴けなくなるらしい。
そんなのわかってるけど、実際聴こえなくなったCDなんか今までにないし、日光だって直接当たる範囲には置いてないのに。
・・・と、いつも言い訳してまともに取り合わないでいたら。
案の定、彼の怒りは爆発した。
普段は冷静沈着な彼だけに、一度怒り出すと手がつけられない。
「ホントになーんも考えてないんだな。お前の頭はスカスカのスポンジか?
いや、スポンジだったらたくさん水分吸収するよな。
なら、お前もスポンジみたいに、必要なもんはきっちり吸い込め!」
もはや小学生の罵り合いみたいな台詞。
だけど、彼の口から出た言葉だと思うと、悲しくなる。
あたしはスポンジ以下なの・・・?
情けなくて悲しくて、涙が滲んだ。
だけどそんなことで、彼の憤りがおさまるはずはない。
「ウソ泣きすんじゃねーよ」
そう言うだろうなとは覚悟していたけど。
でも、この涙は決してウソ泣きなんかじゃないのに。
それをウソだと言われるとますます悲しくなって、涙が止まらなくなる。
パタパタと涙を落とすあたしに追い討ちをかけるように、彼のとどめが入る。
「そうやって泣けば許してもらえると思ったら、大間違いなんだよ」
ひどい人。
鬼畜。涙の枯れた情け知らず。
そう言い返してやりたかったけど、そんなこと、言えない。
仮にもあたしの好きな人だもの。
赤くなった目の火照りを冷ますため、キッチンで顔を洗う。
あたしは泣いたらすぐ、まぶたが腫れてしまうから、早いとこ冷やさなくちゃ。
水道水でゆすいだ後にタオルで顔を拭く、その隙間から、流し台に置いてある黄色のスポンジが目に映った。
スポンジ。
どうかあたしの涙も吸い取って。
彼をイライラさせる、この涙がもう二度と流れ落ちないようにして。
あたしのまぶたの内側が、このスポンジみたいだったらいいのに。
そうしたら、涙が流れそうなとき、ぎゅっと目をつぶって涙を吸い込むのに。
バカみたい。
幼稚な考えに、ますます自己嫌悪が深まる。
「言い過ぎた。ごめん」
トイレから出てきた彼が、流しで手を洗う際に、ボソリとそう呟いた。
予想外の言葉に、あたしははっとなる。
「でも、言ったことはちゃんと守れよ」
少しばつが悪そうな彼の顔。
どうやらスポンジは、当分の間、あたしのまぶたに備わる見込みはないらしい。
「泣くなって、おい」
彼は慌てた声を出す。
ごめんね。ほっとしてうれしくて、涙が出るの。