・・・という割には、まだまだ気温が低い。
だけどせっかくお天気もいいので、あたしは彼と、のんびりお散歩に行くことにした。
「さっぶ! 今日、寒くね?」
彼は身を縮めながら、あたしに問いかける。
「うん。かなり寒いかも」
あたしも、両手の甲を擦りながら答える。
「春はまだか!?」
どこかで聞いたような台詞。演技がかった口調に、あたしは思わず笑いだす。
近所の公園にたどり着く。
桜はまだ、4分咲き。
だけど淡いピンク色を見ると、今年もまた春がやって来たんだなあと実感する。
「お、咲いてる咲いてる」
寒いと言ってしかめ面をしていた割に、桜の花を見ると急にご機嫌になった。
「ちょっと早いお花見しよっか」
あたしはそう提案して、すぐ側にあった自動販売機でコーヒーの缶をひとつ買う。
ブラック無糖。もちろん、ホット。
ベンチに腰を下ろし、目の前の桜並木を眺める。
「日差しはあったかいのにな~」
「風がまだ、冬の風ね」
代わる代わるにコーヒーを飲みつつ、缶の熱で手を温める。
ふと、花だけでなく茶色い幹にも目を向けてみる。
桜の幹は、春に花を咲かせるため、ずっとここに立っていた。
人一人、虫一匹いない寂しい冬を越え、ずっとこの場所に・・・。
だから桜は美しいのかもしれない。
ひとりで耐えてきた努力は、今、ここで満開になる。
「あのさ」
ふと、彼が口を開いた。あたしは「何?」と言って顔を向ける。
「よく、桜の木の下に死体が埋まってるって言わない?」
「ええ?」
怖がらせようと、わざとそんなことを口にする彼。
「うそでしょ?」
気持ち悪いなぁと、あたしは付け足す。
「いや、だってさ」
「だって?」
「こんなにきれいな桜だけど、夜見たら、すっげー不気味じゃん。
なんつーの、幽玄? 気持ち悪いくらいきれいというか・・・」
「だからって死体なんか埋まってるわけないじゃない」
あたしはごくっと音を立て、コーヒーを飲み干す。
「あっ! 全部飲みやがった」
「だって、わざと怖いこと言うんだもん」
彼は膨れっ面をしてあたしをにらむ。
「んじゃさ、本当にあるかどうか、試してみない?」
「どうやって?」
「掘って探すんだよ」
あまりにもくだらなさすぎて、あたしはぷっと吹き出した。
「何それ。スタンド・バイ・ミーみたいに、死体探しでもするつもり?」
「そういやあれは死体を見つけたっけなぁ」
昔見た映画だし、その時半分眠っていたから、どうしても結末が思い出せない。
「どっちにしろ、死体なんか埋まってるわけないの」
あたしはそう言い切った。
彼もいいかげん冗談に飽きたようで、
「それもそうだな」
と大きく伸びをする。
春爛漫。ちょっと寒いけれど、桜がきれい。
どこからともなく、春の風に誘われて野良犬がやって来た。
「ポチ」
「何言ってんの? 花さかじいさんじゃあるまいし」
「だって桜と犬って言ったら、やっぱりポチじゃん」
何がどうなったら、「やっぱりポチ」になるのか。
「おいでおいで、ポチ」
彼の呼びかけを無視して、ポチは桜の根元に向かう。
「ボクはポチなんかじゃない、だって」
あたしが冗談めいてそう言うと、彼は苦い顔をした。
ポチは桜の根元に鼻先を当て、ふんふん嗅いでいる。
そして、前足で地面を掘り始めた。
「げっ」
あたしと彼は、顔を見合わす。
あいにく地面が固くて、土は思うように掘り起こせない。
それに気付くとポチは、さっとどこかへ行ってしまった。
「見た?」
彼が目を丸くして言う。
「やっぱり死体があるんだって」
「そんなわけないじゃない・・・」
かろうじてあたしは、そう否定するけれど。
ポチは、何を掘り起こそうとしたのだろう。
それが気になって仕方ない、春の日だった。