夜と学校。
怪談にもよく登場するその組み合わせは、昼間の明るくて健全なイメージとは違い、どこか近づきがたい独特の雰囲気を醸し出す。
「ねえ、本当に行くの?」
「もっちろん」
「ちょっとヤバくない? 今の学校って、不法侵入にうるさいよ?」
「仮にもあたしら、ここの卒業生よ?
そのあたしらに対して不法侵入だなんて恩知らずなこと言うなんて、あり得ないっしょ」
躊躇うあたしとは対照的に、まるで冒険でもするみたいにウキウキな彼女。
正門によじ登って、あっという間に反対側に降り立ってしまった。
「早くしないと置いてくよ~」
本当に置いて行きかねない彼女の言葉に、あたしも慌てて門を越えようとする。
彼女とあたしは幼なじみ。
幼稚園から中学までずっと一緒だった。
高校は生憎、別の場所になってしまったけれど、それでも家が近いおかげで、暇さえあればいつも会ってはおしゃべりしたりショッピングしたり・・・と同じ時を過ごした。
でも、大学進学を機に、あたしは県外へ行ってしまう。
その前に、もう一度面白いことをひとつしておこう!
・・・ということで今回、あたしたちが卒業した中学校に行ってみることになってしまったわけ。
しかも、誰一人いない、夜に。
敷地内に入る。
住宅街の広がる外側とはまた別の、濃密な静寂が漂っている。
「静か、だね・・・」
呟いた声ですら大きなノイズのように響いて、背筋が冷たくなる思いがした。
校舎への入り口に手をかける。
でも、当然のことながら鍵がかかっていて中には入れない。
「無理みたいね」
ドアノブを握る彼女の耳元でそう囁くと、彼女は急に、校舎の裏手に向かって走り出した。
「ここの鍵、確か壊れていたはず」
少し上の目線にある、連なった窓の一部を、彼女は指差した。
この向こうは・・・廊下だ。そして、あたしたちが過ごした教室がある。
「いくらなんでも、もう直されてるよ」
「でも、開けてみないとわからないでしょ」
そう意気込んで、彼女は壁の出っ張ったところに足をかけ、窓枠に手を伸ばす。
「開いた」
ウソみたい。目を丸くするあたしに、彼女は勝ち誇ったように微笑む。
「入ろ」
手を差し伸べる彼女に、あたしも思わず笑ってしまった。
気分はまるで、インディー・ジョーンズ。
この先には、どんな宝物が待っているんだろう?
とうとう校舎の中までたどり着いたあたしたちは、二人で過ごした3-2の教室の前までやって来る。
幸いなことに、日直が閉め忘れたのか、ドアの鍵は開いていた。
まったくもってセキュリティ意識に欠けてる。でもそのおかげで、教室内に入ることができた。
「うわ、懐かし~」
二人同時に、感嘆の声を上げる。
暗い教室に浮かぶ、机。椅子。黒板。チョーク。教壇。ロッカー。
高校でもこれらと同じものを見てきたはずなのに、なぜか全く別のものみたい。
「あ、この傷」
一番前にあった机を見て、彼女は何かに気付いたようだ。
「どしたの?」
「これ。昔好きだった人とあたしの、相合傘」
彼女の指先を、目を凝らして見つめる。
そこには確かに彼女のイニシャルと、彼女が好きだった人と思われるイニシャルが並んでいる。
「まだ残ってたんだねぇ」
その相合傘をいとおしそうな目で見つめる彼女。
その様子を見ていると、「みんなものにそんな傷つけちゃだめじゃん!」なんて道徳的なことは、とてもじゃないけど言えなかった。
「相手、誰だっけ?」
「えー、忘れちゃったのぉ?」
あたしと彼女は、クスクス笑い合う。
いろんな思い出が、次から次へとよみがえる。
椅子に座って、教室内をあらためて眺める。
3年前、あたしたちは毎日、ここに通っていた。
卒業し、新しい生活が始まって、ここで過ごすことはもう二度となくなった。そして、その高校生活も終わりを告げ、4月からまた新たな生活が始まる。
そう。彼女と過ごしたこの地を、しばらくの間離れることになる・・・。
目に、少しだけ滲むものがあった。
しんとした教室に、突然、鳴り響いたのは。
「チャイム?」
あたしと彼女は、驚いて顔を見合わせる。
まさかこんな夜中にチャイムが鳴るなんて。
まったく予想外の出来事。
生徒も先生もいないはずの教室で、授業が始まるというのだろうか。
「きりーつ」
かつてあたしがこの教室でやっていたみたいに、彼女が号令をかけた。
反射的に、勢いよく立ち上がってしまった。
「気をつけ。礼!」
彼女の声にならって、あたしも授業の始まりの挨拶を行う。
「着席!」
今日は彼女が、学級委員長。
あの頃が、二人のもとにもう一度だけ舞い戻る。
いつまで経っても、あの頃は消えてなくならない。
色あせても、古びても。
きっとそれが、あたしたちの探していた大切な宝物。