Between The Sheets ~夢への抒情詩~ -10ページ目

Between The Sheets ~夢への抒情詩~

寝る前にちょこっと読んでほしい、素敵な物語をあなたにお贈りします。

 放射冷却によって熱を奪われたこの地表に滞っているのは、冬という厄介な季節。
 雲ひとつなく晴れ渡る青空の下。
 あたしは近所のコンビニに行くため、背中を丸くして歩いている。

 本当は外出なんかしたくなかったけれど、牛乳が切れていたので仕方ない。

 ダウンジャケットのポケットに、両手を突っ込む。
 視線は自然と、下向き加減になる。
 途中で、前からやって来たチャリンコとぶつかりそうになった。
 全く、勘弁してよ。
 家から数10メートルしか離れていないコンビニに行く途中で事故るなんてバカげてる。

 チリンチリン、というベル音と共に遠ざかって行く自転車に向かって軽く舌打ちをして、あたしは再び歩き出す。



 歩道と車道の間には、ポプラの樹が等間隔で植えられている。
 その間には、腰くらいまでの高さの生け垣が茂っている。
 目線が自然に斜め下を向いていることもあって、あたしは何気なくそれらの根元を眺める。
 すると・・・。

 「あ」
 あたしは思わず声を上げた。幸い、周りには歩行者も自転車もいなかった。

 セミが死んでる。
 土の色と同化して目立たないけれど、樹にとまっているのと同じ格好で地面に這いつくばっている。

 「こんな季節にセミ?」
 頭の中で呟いた声は、自然に外に漏れ出していた。
 ちょうど手押し車を押して銀行から出てきたおばあさんが、すれ違い様にあたしの方を一瞥する。
 あたしのひとりごとが聞こえるなんて、意外と耳がいいじゃないの、おばあちゃん。



 太陽が照りつける夏。あいつらは殊にやかましく活動していた。
 ただでさえ昆虫のビジュアルが嫌いなあたしは、見えない場所でも耳に入ってくるあの騒音にうんざりしていた。
 やっと暑苦しい季節が終わったと思ったら、今度は動くのも億劫な冬がやって来て、あたしを含むあらゆる生物の活動を鈍らせる。
 だけど、そんなふうに180度季節が変わってもなお、このセミはかつて繁栄していた頃と同じ姿を保っているなんて。
 
 たった2週間きりのはずの姿形が、7ヶ月も持続されたってわけね。



 道路の向こうに、コンビニが見える。
 信号待ちをしながらあたしは、もし自分の命が2週間しかなかったら何をしようか考えた。



 帰り道。
 セミの姿はそこになかった。
 あたしはキョロキョロと辺りを見回す。
 土と生け垣の境界には、雑草と空き缶があるだけ。

 ・・・いない。いなくなっちゃった。
 風で飛んでいったのだろうか。それとも、誰かが持っていったのだろうか。

 それとも、あのセミはまだ生きていた?

 

 ・・・まさかね。
 ひとり失笑し、あたしは再び歩き出した。
 これを唱えたのは、ソクラテス。
 「自分の無知を自覚することが真の知に至る出発点である」。
 素敵な考え方だと思います。



 知らない、って怖いことだなと最近になって実感します。
 昔は、「知らぬが仏」とはよく言いましたが・・・。



 知らないってことは、持つ情報が相対的に少ないということ。
 一般に、そのように認識されています。
 
 だけどそれ以前に、知らないという状態を生み出すこと、
 すなわち意識的・無意識的にかかわらず、
 情報を得ようとすることから背を向けてしまうことが
 無知のはじまりではないでしょうか。


 「何でも知っている。知らないことなどなにもない」。
 「知らなくていい。知る必要もない」。
 そういった自信過剰な驕りや無関心が、己の知に限界を与える。
 自らが情報を得るチャンスを逃しているんです。
 これほどもったいないことはない。



 さらに知らないということは、
 人間から危機感や恐怖感を奪ってしまう。
 
 例えば、ちょっと前までメディアで騒がれていたMDMA。
 脱法とは言え、立派な麻薬です。
 なのに、ドキュメントに出てくる街の若者たちは
 「友達に勧められたから」「楽しくなれるから」と言って
 何のためらいもなく気軽に使ってる。

 テレビが誇張しすぎた報道をしている面もあるのかもしれませんが、
 彼らを見ていると、背筋が冷たくなる思いがしました。
 
 

 知らないって、怖い。
 それを使って自分の身体がどうなるのか。
 わかっているんだけど今はそんな実感がない、では済まされません。
 
 更に、それを手に入れるために払った金はどこに流れるのか。
 知らない間に自分自身は蝕まれ、
 知らないところで上手いこと儲けている人間がいる。

 これはドラッグに限ったことではありません。
 知らない間に搾取されている、ということは世の中にありふれてます。



 「知らぬが仏」。
 そんなもの、無知な自分を安心させるための常套句に過ぎない。


 


 
 ただ、思うんです。
 必要な知を「知識」だと解釈するのは、全くの誤解。
 頭でっかちな人間ほど、「無知の無知」に陥りやすい。
 
 本当に大事なのは、「知恵」。
 これこそが、
 人間が生きていく上で最も必要なツールだとわたしは思っています。
 厳しい冬の息づかいを聞きながら


 暖かい春の光を待ち望む


 もうすぐだよ


 もうすぐだね


 土の中でじっと眠っているこの日々は


 美しく咲くための準備期間




 春はもうすぐやって来る



 CDでジャズを聴く。
 程よくボリュームを下げて、目をつむって。
 流れているのは、デイヴ・ブルーベックの「TAKE FIVE」。
 
 「変な曲だな」
 隣で本を読んでいる彼が、そう呟く。
 「変とは失礼な言い草ね」
 あたしが反論すると、彼は額にかかった髪をかき上げながら苦笑いした。
 「何て題名?」
 「テイクファイヴ」
 「5回やりなおし、ってこと?」
 彼の言葉に、今度はあたしが苦笑する。



 「よく聞いて」
 そう言ってあたしは、音楽の巨匠のごとく、見えないタクトを振る。
 あたしの指先をじっと見ていた彼は、しばらくして「ああ」と声を上げた。
 「5拍子なんだ。だから、テイクファイヴ」
 やっと理解してくれた彼に満足して、あたしはにっこり微笑みかける。

 「5拍子なんて珍しいな」
 「そう。面白いでしょ?」
 あたしは再び目をつむって、音に耳を傾ける。



 「よく、間違えずに演奏できるよな」
 彼の声が、ぱらり、とページをめくる音と重なる。
 「ちょっとでも気ぃ抜いたら、狂いそうなのに」
 「きっと体内にメトロノームがあるのよ」
 あたしは目を閉じたまま、掌で膝を軽く打ち、リズムをとる。
 ホントだ。うっかりしてたら、あっという間にズレが生じてしまいそうになる。

 「セイカクだな」
 「性格?」
 「精確。精密で確実」
 「ああ、なるほど」
 「あの電波時計ですら、一日経ったら、ほんのちょっとだけどズレを生じさせるんだよ」
 「へぇー」 
 「それを考えたらこの曲、すごくない?」
 電波時計がどんなのかあたしはよく知らないから、「?」と首を傾げる。

 「でも、いくらデイヴ・ブルーベックでも、一日中演奏していたらリズム狂っちゃうんじゃない?」
 「いーや、違う。お前は何もわかってない」
 やけに頑固になって、彼は首を横に振る。
 一体何なの。デイヴ・ブルーベックに会ったこともないくせに。

 あたしが怪訝な顔で見上げると、彼は少しもったいぶった様子で、咳払いをひとつした。
 「俺が言いたいのは」
 「言いたいのは?」
 「機械なんかよりも、人間の方がより精密だってことだよ」
 器用に片方の目だけをつむってみせる。



 精密。
 拍子を等間隔に刻み、微妙な色彩のグラデーションを使い分け、昨日と今日のお味噌汁の塩分濃度の違いがわかるという、その感性の精密さ。
 確かにそれは、ロボットにはないものなのかもしれない。 
 
 「今日、体温計で体温測ったらさ」
 「うん」
 「普段どおり、平熱だった」
 「そりゃ、熱がないに越したことはないわね」
 「でも、何か気分が優れないんだわ」
 「だから?」

 いったん間をあけて、彼はニヤリと笑う。
 「精密な俺の身体が休養を求めているようだから、明日のバーゲンはお前ひとりで行ってきて」

 ・・・人混みと荷物持ちがヤだってわけね。


 ティッシュを一枚、つまむ。
 指先の力によって上に引っ張られたその薄い紙は、シャッと音を立てて箱から飛び出す。
 つまみ取った場所には、また新たな一枚が顔を出して待っている。

 「不思議な構造だと思わない?」
 あたしは側にいるミケ猫に向かって、そう呟く。
 ミケは「そんなこと知ったこっちゃないよ」とでも言わんばかりに、かあぁと口を開けて欠伸する。
 そんなミケの尖った八重歯を見てから、あたしはもう一度ティッシュをつまみ取る。
 「ま、どーでもいいことなんだけどさ」



 長方形の箱に収められたティッシュの束。
 これらは生活必需品であり、 消耗品である。
 それゆえ、数多くの工場で大量生産され、数多くの人間に大量消費されている。
 セールで買ったら5箱まとめて約200円。高いものは500円近くしたっけ?

 割合、キレイに装飾された箱を模様を見つめながら、あたしはそんなことをぼんやり思う。



 隣でミケが眠ってる。
 あたしはティッシュを一枚、つまみ取る。
 もう一枚。もう一枚。もう一枚。

 薄くて白い紙きれが積もっていく。どんどん、どんどん。
 今にもミケの方向へ雪崩が起こりそう。



 一体いつまで続くのか。
 300枚150組。箱の裏にはそう書かれてあるけれど。
 真っ白な平原が、ミケの前に迫ってる。どんどん、どんどん。

 なぜあたしはこんなことをしているのか。
 理由はない。
 だけどそうせざるをえない、そんな衝動が身体の奥から突き上がる。
 どこまで続く? どこまで続く?
 この箱に詰まっているのは、有限なの無限なの?



 ミケがふにゃあっと声を上げた。
 ついに雪崩が起こってしまった。
 白い紙切れに埋もれて、ミケがもがいている。
 その様子がおかしくて、あたしは助けるどころかつい笑ってしまった。

 ようやく雪崩から脱出したミケが、恨めしそうにあたしを見上げる。
 「何もったいないことしてんだ」
 そんな文句でも言いたそうな目で。

 あたしは笑いをこらえながら、散らばったこのティッシュたちの使い道を考えた。
 真冬日の寒さの中


 ひとりの子どもがこの世界の光に迎えられた


 その赤子が一人前に反抗するようになるまで


 ずっとあなたたちは側にいてくれた


 そしてこれからも見守ってくれている




 「子どもは親を選べない」


 だったらわたしは


 本当に恵まれた子どもであったことを


 今さらながらかみしめる


 

 正面からは言えないけれど


 心から思っています

 
 「ありがとう」



 ヒット!!! 
 
 と、思った作家さんに出会いました。
 (実際お目にかかったって意味ではありません)


 
 伊坂幸太郎さん。
 ジャンルとしては、ミステリーでしょうか。

 だけど、単なる謎解きのお話ではないんです。
 確かに彼の書く話には強盗や泥棒や殺人がよく出てくるけれど、
 どの話も「人生」をテーマに展開されています。

 人生に対する彼なりの哲学をそのまま語るのではなく、
 登場人物の人柄やストーリーに上手く組み込んで展開させているので、
 読んだ後に「ああ、そういうことか」って霧が晴れたようにわかるのです。
 



 ・・・なんて偉そうに語っていますが、
 彼の話を読んだのは、まだたったの4作。

 読んだ順に挙げると、
 「重力ピエロ」
 「グラスホッパー」
 「陽気なギャングが地球を回す」
 「ラッシュライフ」

 この中でわたしが一番気に入っているのは
 「ラッシュライフ」ですね。
 はじめに読んでいるときは、各節のつながりがいまいち飲み込めなくて
 頭の中が「???」という状態でしたが、
 途中からようやく目の前の道が見えてきたんです。
 そして読み終えた後に、
 やっと今まで歩いて来た道の全体図がわかった気がしました。

 内容の濃い小説です。


 
 迷路に入り込んでみたい方は、ぜひ一読!!
 
 正しいと思うことを貫く行為を


 人は正義と呼ぶけれど


 本当に正しいとされることなんて


 一体誰が決めるんだろう


 それぞれの人間が各自の持つ正義を振りかざし


 それに当てはまらぬものを悪と呼ぶ





 「正義」と「正義」がぶつかり合ったところに


 きっと争いは生まれる



 「やあ、ボクはテディ。朝だよー。起きる時間だよー」
 目が覚めると、目の前に毛むくじゃらの鼻っ面があった。

 「・・・何やってんの?」
 一瞬何が起こったのかわからなかったけど、その正体はすぐにわかった。
 「お前がいつまで経っても起きやしないから、テディに起こしてもらおうと思って」
 さっきの上擦った声とは打って変わり、いつもの口調で彼はそう言って笑う。
 彼の片手には、茶色のテディベアが一体。



 「何これ。どこから持ってきたの?」
 寝起きのためこもりがちな声でそう尋ねる。
 すると彼は、テディベアの両手をつまんで拍手するみたいに動かした。
 「ボクはクマの国からやって来たんだ。よろしくね」
 またさっきの変な声。・・・いい歳して。

 「で、もらったのこれ?」
 「だから、クマの国からやって来たんだよー」
 「まさか、わざわざ買ったとか?」
 「人間界へのパスポートを手に入れたんだ」
 「いまさらぬいぐるみなんてねぇ・・・」
 「この世界には夢がないなぁ」

 
 
 会話がかみ合わない。
 っていうかわざとかみ合わないようにしている、彼が。
 したり顔の彼と何も知らないテディベアにアッカンべーをして、あたしは頭から布団を被る。
 
 「あれあれー、どうしたの? 起きる時間だよー」
 いくらすっぽり布団を被っても、耳にはテディの甲高い声が入ってくる。
 「夢のない世界で、もう一度夢を見に行ってきます」
 何だかもう自棄っぱちになって、あたしまで馬鹿げたことを呟いた。

 みの虫状態になったあたしの頭を狙って、テディが頭突きしたり噛み付いてきたりしている。
 それでも無反応を決め込むあたしに屈したのか、テディの攻撃はピタリと止んだ。
 しめしめ、と言わんばかりにあたしは二度寝の体勢に入る。



 うとうとと、夢か現かの境目で見たもの。
 それは、あのテディベア。
 彼に操られているんじゃなく、ちゃんと自分で動いてる。
 器用な手つきで、パジャマ姿のあたしに紅茶を淹れている。クマのくせに。
 そうして手渡された紅茶をあたしが飲もうとすると、そこでなぜか目が覚めた。

 「やあ、おはよう。紅茶を淹れたよ。飲むかい?」
 テディを片手に持った彼は、もう片方の手であたしにティーカップを差し出した。
 「・・・あれ?」
 一瞬わけがわからなくなって、あたしは首を傾げる。

 何だかテディに一本とられた気分。

 カップに口をつけながら何気なく彼の方に目をやると。
 テディがこっちに向かって微笑んでるように見えた。
 古い秩序が人間を縛り付けているにもかかわらず


 一体いつまでそれを有難がっているわけ?


 変化を恐れ、従来の在り方に寄り掛かり


 そうすることで何も変わらないまま


 何も改善されないまま


 これでよかったんだなんてぼやいて死んでくつもり?


 それとも


 これまでそうすることしかできなかった者達のために


 逆らう者の存在を忌み嫌い


 出る杭は打たれるなんて豪語しながら


 何かを変えていこうとする人間を片っ端から潰していくって?





 どれもこれもクソ食らえだ