タイ人は笑わない
話が違うではないか
終いには日本人のわたしの方が笑いかける始末
笑いかけたところで返ってくるのは大抵微笑なのだが
微笑みの国と呼ばれるプレッシャーとシャイだから目を見ないという理由からなのかもしれないが
と、謎のフォローを入れてみたりする
そしてタイ人たちは
私たち日本人以上に携帯に夢中だ
技術発展のしわ寄せはついに
発展途上国、タイにまで及んでいた
電子機器に支配され、
観光客に愛想を振りまき、
笑い方を忘れたタイ人たち
なんとも悲しい現実だ
しかしわたしは気づいてしまった
英語を話さないタイ人は良い笑顔を見せてくれるということに
神の意図をみた気がした
ここ、タイで信じられている神とは違うが、私が信じる神はその昔、人々が高慢になる事のないよう、私たちから共通の言語を奪った
人々が神の高さへとたどり着こうと天にも届くバベルの塔を立てていたときの話だ
神は私たちの言葉を奪いコミニュケーションを不可能にし、
バベルの塔の建設をやめさせた
それから私たちは世界中でそれぞれ異なる言葉を話す
言葉が分けられたことで平和が保たれていたのかもしれない
今や観光地では英語が話され、互いの意思を言葉で伝えられてしまう為
笑顔がいらなくなってしまった
ありがとうもごめんねも昔は笑顔だけで伝えられていたのだと思う
言葉が伝わる上で理解し合えない事は言葉が伝わらない事以上のストレスや苛立ち、相手を許せない気持ちにつながってしまうのかもしれない
すべてを理解してまでも許し合えるほど人間は寛容ではない
日本でも
もちろんここタイでも
子どもたちはよく笑う
伝えたいことを表すために
いつも全力の笑顔で
