何を見失ってしまうでしょう。それは選手たちの個々の心理的であったり身体的であったり、技術的、つまり心技体の社会的な面。

それを向上させてあげる大事な部分を忘れてしまいがちになるのです。

勝利を目指して努力することは、本当に素晴らしいことです。

それぞれのパフォーマンスを向上させますし、人間的にも向上するのです。

そしてピンチになったときや、壁に当たってつらいときにもどう、気持ちを持てばいいのか、そしてどうすればいいか。かなりわかってきます。

つまり自分をコントロールする力が飛躍的に向上すると、いえます。

苦しいときの忍耐。これも自分をコントロールすることの一つなのです。


投手が毎日毎日、一球ごとに目標を定めて、(どこに投げるか)それを100回以上も繰り返す。これも、又、自分をコントロールする力をつける練習とも、いえます。そう意識して行うことが、重要です。

大きな壁に突き当たって、どう思うか、そこが確かに岐路ともいえます。

ハングリー精神と俗に言われるもの。それは貧しい家を何とかしよう、苦労している親を少しでも助けよう。そういう孝行の心だとも言われます。

今ここで壁を乗り越えられないで、もどるわけに行かない。そう思う事情があるから、頑張る。あるいは周囲で声をかけてくれる友人が「あなたは、今ここで佇んでいていいのか?」そう声をかけてくれるチャンスがあるだけで、違うのです。

自分の中では大きな壁だと、思っていたことも後になってみると、意外と、低い壁だったと、思うことが少なくありません。

その場その場でどう思考するか、より良い思考をするためにアドバイザー(MT)もいるのです。よりあなたの気持ちを理解してその上で、指針を示します。」


たとえば、肩が弱い。今弱くても1年、2年と必死にインナーマッスルを鍛え、稼動範囲を広げる努力をしていったらどうなるでしょうか?弱いなら弱いなりの意地を見せられるだけの成長があるはずです。そしてそうやって取り組めるなら、自分の得意とするところは、もっと鍛えられるはずです。

プロ野球の選手でも「こんなに肩が弱いのか。」「こんなに足が遅いのか。」「こんなにボールが取れないのか。」「こんなに判断が悪いのか。」「小さなミスでこんなにパニックになってしまうのか。」(これ以上書くと業界の方に怒られそうなので(笑))

いくらでも、いるのです。しかしそういう選手に限って、これをやらせたら、すごいというところが、必ず、あります。そのすごさは、半端無いのです。

そのすごさは、殆どの選手が挫折の中から、磨いてきたものです。

さあ、落ち込んでないで、今日は、思い切って大自然にふれあいの場を求めては、いかがでしょうか?

貸しDVD屋さんでも、世界の景勝地というようなのが、おいてありますから、部屋の中で雄大な自然を目の当たりにする事だって出来ます。

少し立ち直ったら、鏡を覗いてみてください。きっと昨日より、輝きだした自分がいるはずです。

放浪記に代表される女優、森光子さんの死去が伝えられた火の新聞の社説にありましたが、社説の担当者がある方の一文を参考に「森さんは演技の中で毎日、魔性を込めようと、努力している。」

と書いたところ、当の本人から、お礼状が届いたと、ある。

その内容が的を得ていたのでしょう。

実は私も、常に思っておることなのです。リラクゼーションはMTを関わっていなくても誰デモがやってしまうところがあります。ましてや現代のように、書籍を利用し、これからは、これですと、宣伝してしまえば、勝ち。というところさえある。それは美容法や、マッサージ法などありとあらゆることでも言えるかもしれない。


だからこそ、私はリラクゼーションをやっても、選手たちが、どこか違う。どこか今日は開放されている。そう感じられ、いつもと違うリラックスを体感し、大きな試合ほど、こういう気持ちで、行けばいいのか。と、思ってもらえるよう、努力しています。

先日のべた90点から、今は1点1点挙げるために、ありとあらゆる事をチャレンジしています。

チャレンジしようとしたとき、思い出されるのはやはり、恩師です。

こんなときはどうアドバイスをくれるか、どうしたらいいと、指針を示してくれるか、時々、弱気に、なることだってあります。

こんなときは不思議と浮かぶ恩師は、決して運動のほうの恩師でなく、考古学であったり、統計学であったりの、苦行をしたという方よりも、本を読み自分の頭で、一杯考えてきましたという方が、浮かぶのです。


何の練習をすればいいかというときに指示を出す監督の方法で、苦行を出すか、本を読む(皆での考えるミィーティング)を出すかの違いは、私にとって、よき判断材料なのです。決して是非ではないのですが、選手がそれによってその後が変わってくるからです。