我が家に、柿が届きました。


差出人を見ると、長いこと年賀状のやり取りのみになっていた、学友からでありました。

学生時代、よく食べ歩きをしたり、話し合った人で、品川の東京中日新聞のスポーツ部の記者として数年働いた後、故郷(酒田)に帰り、眼鏡店を経営していた人で、記者時代何度かデスクに遊びに、いったことを、思い出したのです。


早速、御礼の電話をかけ、しばし、昔話に。

母親が今膝の手術で私の住む近くの病院に入っているとの事。そこは、整形外科の優秀な先生がいて、プロ野球の選手も、よく訪れるところ。記者時代の伝で、優秀な病院を探したとの話に、彼らしいと、昔の思いも、こみ上げて、近いうちの再開を約束し、電話を、切りました。


一歩電話をかければ、距離は縮まり、友として思い出も、一杯築けただろうに、私は、いったい何をしていたのか。しばし、そう考えてしまいました。


社会にでてから、ふと気がつくと、周りに友人が、あまりいない。自分は交際下手なのだろうか?。そう悩む青年が多いと、いいます。


前後裁断。その意味は 過去も未来も断ち切って今に集中することだそうです。

友がいないのでなくて、今に集中しているからこそ、今やるべきことを、一生懸命取り組んでいる姿こそが、大事なのです。その、今こそが、かけがえの無い、友なのです。


私も、彼も、今を大事に、頑張ってきて、そして、今、新しい縁が生まれるのも、

そのときの集中のおかげなのだと、思います。感謝



相違点と類似点。


卓球もスマッシュのように打ち込む力点は野球、ソフトの打撃の理論に近い。


ボールの真正面から打つのでなく体の横から、回転を利用して打ち込むのですが、では、相違点はというと・・・・・。


幼少から始めた野球、ソフトはその年齢に応じたストライクコースを打つはずです。

ところが卓球は台が基準ですから、幼少ならば、目の高さのボールを打つ毎日に、なります。

身体の成長に応じてボールを見る視点がより上から見えるように、なることです。


ですからトップ選手の打ち合いを見ていると、打ち損じて台を外れることによる、得点が殆どになっています。


宛てて返しているのですが、少しコースが外れるわけです。それが回転を与えていたり変化させていたりは野球と、同じです。


つまりからぶりが殆ど、無いと、いっていいのです。

視点をいつも上から見て、打つ練習ばかりと、同じ視点で打つ練習を、もし取り入れて行っているチームがあったら、それは、コーチが何を意図してやっているか、大変興味をそそられますし、同じ考えならば、そのコーチは、大変、理論を大事にしている優秀なコーチと、いえると、思います。


理論を貫く。まっすぐな道ばかりでない、アスリートの世界に、とても必要な、ことです。

私の愛読している(?)新聞のコーナーに「私の先生。」がある。そのコーナーがとてもいいのです。ッ湯名人の小学時代、中学時代の恩師の話を書きまとめてあるコーナーなのですが、今日は、チャゲ飛鳥のアスカさん。


いつも読んでいて思うのですが、人を感化する先生の理想像に近い方が登場する。読むたびに、私もこういう先生に少しでも近づこうという気持ちが湧いてきます。


人間力の大きな良き先生に、幼少で巡り合える方は幸運です。何よりの大きな財産にも、なります。


かくいう私も、人間力を高めるために、呼吸力ばかりでなく、こういう記事を読み、少しでも、高みの理想を目指して、頑張ろうというモチベーションをいただいているのです。


今日も、いい記事に出会えました。