「 ファイナル・ガールズ 惨劇のシナリオ 」
(米・2015)
録画消化に 目処がついて、ようやく 鑑賞。
ホラーで ファンタジーな コメディ 作品 で、
ホラー好きには メタ・ホラー な面も。
マックス は自身も乗っていた 自動車事故で 女優の母・アマンダ を
亡くす。
3年後、マックス は友人らと 母 が出演する ホラー映画、
『 血まみれのキャンプ場 』 の上映会に行く。
上映中 火事が発生し、マックスたち は スクリーン裏に 逃げるが、
いつの間にか 「 映画の中 」 に入り込んでいた。
そこで マックス は “ナンシー” 役の 若い母 と出会うが、
当然、殺人鬼・ビリー もいて…。
マックス 役は 『 記憶探偵と鍵のかかった少女 』(14年) の
タイッサ・ファーミガ。
アマンダ / ナンシー 役は、『 ウォッチメン 』(09年)の、
シルク・スペクターⅡ 役、マリン・アッカーマン。
「 映画の中に入る映画 」 といえば、
『 ラスト・アクション・ヒーロー 』(93年) が思い浮かぶけど、
この作品は プラス、『 バック・トゥ・ザ・フューチャー 』(85年) な
趣かな?
“ファイナル・ガール” とは ホラー映画で 最後に 生き残り、
殺人鬼( 悪役 )を倒し、“映画を 終らせる” 女性の事で、
おもに 処女 とされていて、
この作品でも 重要な要素に なっています。
冒頭の 『 血まみれ~ 』 の予告編が 『 13金 』(80年) を
彷彿とさせ、ホラー好き にはたまらない。
「 映画内 」 では、“シナリオ通り” 進み、
マックスたち は “場面転換が出来ない” のが 不条理感が あり、
“92分事の 車登場” や、
“同じところを走る” を カメラ回転で表現する ループ演出 が良かったですね。
殺人鬼・ビリー 出現の条件が 「 エロ 」 なのも そのまんまでイイ。
「 映画内 」人物のキャラ が濃く、
特に 前半は カート が エロ・バカ で、
後半は ティナ が アホっぽく ( そこが カワイイのだ )、オイシイ役
でした。
後半、罠をしかけ ビリー を迎え撃つ場面は楽しいけど、
カメラワーク が凝り過ぎだし、チョット 短く 物足りない。
ビリー を呼ぶ際の ティナ の エロ・ダンス は面白かったけど。
スラッシャー映画の パロディ ですが、
思いのほか 残酷描写は 薄いので、そこは 期待しない方がいいです。
ドラマ性が 高め?で、コメディ色が 強いので ホラーが 苦手でも
大丈夫…かな?
あと、予告編 は 展開モロバレ なので 作品が気になった人は
見ない方がいいです。
( 逆にいえば 興味ない人は 予告編 で十分 )
ここから ネタバレ。
( 主に マックス(娘) と ナンシー(母) の 演出、描写 について )
冒頭の 「 予告編 」後は、マックスと 母の 車内~事故 場面 なのですが、チョット長めで、
「 正直いるかな? 」 と思いました・・・が、ちゃんと 意味が ありましたね。
「 映画の中 」 で、
マックス( 娘 )が ナンシー( 母 )に、カート と寝ないよう
説得する場面。 ( セックスすると 殺される )
「 映画の中 」 だけでも “母を死なせたくない” という想いの
発露 ( 執着 でもある )で、少し しんみり。
( その後の カート が笑えるけど )
その時の 説得のセリフ、「( 男はいつも )口先だけ 」 は
序盤の 事故前に マックス が 母 に言っています。
後半、罠の準備 場面で、マックスが ナンシーに
「 役だから といって 死ななくていい 」
と、シナリオ( 運命 )に抗う提案 を するのですが、
この 「 ナンシー の死を回避 」 も、「 母の死を 受け入れられない 」
表れ ですね。
しかし 終盤、
“私がいるから ビリーを 倒せない” と、ナンシー が 自分の役( 死 )を 受け入れ、
マックス に 「 映画を観れば会える 」 と言い、
ナンシー は 殺されるため 、ビリー を 呼ぶダンス をします。
その ダンスで 流れる曲 は、
事故前、車で流れる 母の好きな曲 と同じ で、調べてみると、
キム・カーンズ の ( ヒット曲 のようです ネット便利 )、
『 BETTE DAVIS EYES 』 ( 『 ベティ・デイヴィスの瞳 』 ) でした。
この曲、「 男を 誘惑し、弄ぶ 」?歌 のようですが、
ここでは 誘惑する相手が “殺人鬼” なのが 皮肉で 滑稽です。
ですが ナンシー は笑顔で 微笑ましくもあります。
曲タイトル にある ベティ・デイヴィス は スター女優 ですが、
ナンシー は、ダンス直前に 「( 私は )映画スターよ 」 と 言い、
そのセリフは 事故前に ( 売れない?)女優の母 も言っていて、
「 曲 」 = 「 母の夢 」 を表していますね。
そして ナンシー が殺された 瞬間、「 曲 」 が “途切れる” のですが、
それは 「 死 」 による 「 夢の終わり 」 であり、儚さ が漂います。
その ナンシー の 「 死 」 と 同時に、傷を負っていた マックス も
目を閉じ ( 死に?)ます。
それは 母娘 で 自動車事故に遭った事 と 重なります。
事故では マックス だけが 助かったように、ここでも マックス は
目を覚まします。 “ファイナル・ガール” として…。
事故前と同じ 「 セリフ 」、「 曲 」 から わかるように、
「 映画の中 」 の マックス と ナンシー の 出来事( 関係 )は、
母娘の 「 自動車事故 」 の “追体験” でもあります。
( キャンプ場に 車で入る場面と 似た 構図が 序盤にもある )
事故による “母の死” は、殺人鬼による “ナンシーの死” ですが、
“覚醒” と、その後の “殺人鬼退治” は、
母の死を 「 受け入れ 強くなった ( 乗り越えた )」ってことですね。
タイトルが “ガールズ” と複数形で あるように、
この作品は マックス と ナンシー ( 母娘 )の話ですが、
事故から 生還した マックス と、
殺人鬼を倒し 生還した マックス、
2人の マックス の話とも 取れる・・・かな?