うさこの旅日記&育児日記~4人家族になりました~ -2518ページ目

初めての一人旅

旅好きOLのブログなのに旅の話が全然出てこなーい、と立腹されている全国のうさこファンの皆様。

お待たせしましたパー

国内初ひとり旅は10代の頃

「上野発から各駅停車とヒッチハイクで北海道まで行っちゃった。しかも当日の朝思いついて突然決めちゃった。」

という武勇伝があるのですがそれはまたの機会に。

今宵は海外初ひとり旅のお話。

20歳そこそこの若かりしうさこが思った海外旅行とは

「お友達と?または添乗員さんと一緒に?お土産屋さんを回る? 観光して?名所を回る? 」 というイメージだったので
すが、自分の中でこれらは全て却下!! (よっ大統領!!)、古い?

うさこが好きなスタイルは

「気ままに、あてもなく、現地でしか見れないものを見て、食べて食い倒れてやろう!!」であり、

そうね、行くならイタリア! だってご飯がおいしいんだもん合格

というわけで鼻息も荒くイタリア、ローマのレオナルド.ダ.ヴィンチ空港に降り立ったのが夜の10時か11時。

(夜中に着くフライトは安かったのね)

成田と違って、イタリアの夜の空港うす暗い(当時)。

っこわーーーーー。おじさんだらけ。しかも皆 手に何やら看板もってる。

「hanako yamada. なんたらtour」 的な看板のような紙ボード。

ただぶらぶらしてるおっさんももいる。これは怪しい!! こっそりとお腹に巻いたハラマキを上から押さえて確かめ

る。大丈夫、まだ盗まれてない、ほっ。

(懐かしいわー最初はちゃんと用心してハラマキ巻いてたんだった♪)

1人旅うさこに迎えがあるはずもなく しょんぼりとホテル(は予約しておいた)行きのバスを探す。

が、乗り場見つからない。聞けない。旅の会話集を握りしめる。(当時簡単な会話も怪しかった)。ええい聞いてみよ

う。いや聞けない。会話集を見ながら。。?だめだめ、旅のビギナーと思われたらカモになるわ。イタリアのおっさん達

がこっちを見てる。嗚呼、もう日本に帰りたーいと 涙目になったワタクシの目に 燦然と輝く「JTB」の文字 目

JTBに駆け寄るうさこ!助けてもらおう!ホテルへ連れてってもらおう!と思ったら、そのブース(囲い?)にはごっついイタリア?のおっさんしかいないではありませんか?

JTB;「ボナセーラ、ホニャララホニャララーノ!!」 

うさこ;「日本人を出せ、日本人を!! え?帰った?(なんとなくそう言ってる気がした) 帰んな! ワタクシを

ホテルまで乗せてけこのやろう!!」(頼んでる割に喧嘩ごし)

注;日本でのうさこは穏やかで、現存する最後の大和撫子とも言われる和風美人(自分で言います。反論は受け付

けなくてよ。ドクロ)ではありますが、海外そして1人旅中には まれに おっさんの人格や、やくざな人格が降りてくることがあります。なめられちゃいけないという心理なのでせうか?)



というやり取りがあって、イタリアのおっさんの粋な計らいで無事シャトルバスに乗り込みましたが、他の観光客を優

先してあちらこちらのホテルを回っていたのでうさこのホテルに着く頃には日付けも変わり、ホテル前なんて人通り

もなくほんとに物騒でした。

で、真夜中のチェックインなのでとにかく部屋で眠りたかったのに、おしゃべり好きなイタリア人ホテルマンにつかま

り、「ボナセーラ、どこから来たのホニャララリータ」「チャオ、日本人なのかい?ホニャララリータ」「何で1人なのホ

ニャララリータ」延々続きそうだったので、振り払い部屋に逃げ込み、こう祈りました。


「神様、すんませんでした、イタリア1人旅なんて生意気でした、イタリア語も喋れないのにこんな物騒なとこ来ちゃって。。無事に帰れたら何でもします、ほんとすんませんでした」と。(若かったのう、またまた遠い目)。


長ーいフライトと空港での迷子でやったら疲れてるのに、その夜は全然眠れずに 着いてすぐに日本へ帰りたくなっちゃったのでした。


。。。ところが、人ってゲンキンですね、いつのまにか眠っており翌朝目が覚めて  ホテルの窓を開けると

夜とは打って変わって目の前の通りは賑やかな人通り。

映画とかでよく見る、イタリア人カップルのスクーター二人乗りや カフェのウエイターや エスプレッソを立ち飲み?す

る ビジネスマン、 きれいなイタリア人のお姉さん 、空は真っ青、 イタリア語飛び交う  「ホニャララリータ、ホニャララリータ!!」


イタリア万歳ドキドキ、太陽とトマトがお似合いですねアップ

昨夜の泣きっ面なんてすっかり忘れて町へ飛び出した若かりしうさこなのでした。


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