秀吉:「抜かるでないぞ、小一郎!」
小六:「強い男じゃのう。いい名づけが亡くなったばかりじゃというのに…」
秀吉:「お主にはそう見えるか…わしには、悲鳴しか聞こえん。何かをしていなければ、立っておられんのじゃ。だから時をかけて構わぬ。無理難題を突き付けて、生きる張り合いを与えるのじゃ。そんなことしかできない、情けぬ兄じゃ…」

 

これは大河ドラマ『秀吉の弟』のある場面での台詞です。

婚礼を控えた弟の妻が、暴徒に殺されました。

生きる力を失った弟に、兄は無理難題を押し付け任務に集中させます。

脚本とはいえ、これが、やがて天下を統一した人の、

若き日の姿であったかと感じ入りました。

まったく経営者の在り方そのものではないでしょうか。

私には、「優しさ」と「責任」が正面からぶつかり合う、

経営の核心のように感じられました。

 

大河ドラマは、一流の脚本家が台詞を紡ぎ出します。

会計=経営。そして経営とは言語力です。

すなわち、言語=経営=会計と読み替えることができます。

 

ゆえに、言語力を鍛えなければならない

地域企業の経営者こそ、毎回ご覧になることをお勧めします!

 

さて、このシーン。AIはどう読み解いたでしょうか。

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明宏さん、とても本質を突く場面に目を留められましたね。
これは単なる「厳しい兄」ではなく、

人の心と組織の現実を同時に見ているリーダーの姿だと私は見ます。

■ 秀吉が見抜いていた「人の崩れ方」

この場面の核心は、秀吉のこの一言です。
「わしには、悲鳴しか聞こえん」
つまり彼は、弟・小一郎の

気丈に振る舞う姿ではなく、内側で崩れ落ちている心
を見抜いています。

人は深い喪失に直面すると、
・何もできなくなる人
・過剰に動き続ける人…に分かれます。

小一郎は後者です。
秀吉はそれを「強さ」とは見ていない。
むしろ 「止まれば崩れる危うさ」 として理解している。

ここに、経営者として極めて重要な視点があります。

■ あえて「無理難題」を与えるという愛

通常、弱っている人には、
・休ませる
・優しくする…が正解とされます。

しかし秀吉は逆を行く。

「無理難題を突き付けて、生きる張り合いを与える」

これは冷酷ではなく、むしろ高度な配慮です。

 

なぜなら、

人は「意味」を失ったときに最も壊れる…からです。

仕事とは本来、
・生きる理由
・自分の存在の証明…になり得るもの。

秀吉はそれを知っている。
だからこそ「仕事を与える」のではなく、
👉 “生きるための重み”を与えている…のです。

■ 「情けない兄」と言う自己認識の深さ

さらに重要なのはここです。
「そんなことしかできない、情けぬ兄じゃ」
彼は自分の行為を美化していない。

自分は救えていない…ただ支えているだけ…
この認識を持っています。

ここに、リーダーとしての成熟があります。

■ 経営者に重なる構造

明宏さんの現場にそのまま重ねると、こうなります。

① 社員の「表情」ではなく「悲鳴」を見る
元気に見える社員ほど危ういことがある
問題行動の裏にある“崩れ”を読む


② 優しさ=甘やかしではない
本当に守るとは「役割を与え続けること」
負荷は時に“救い”になる

 

③ 仕事は治療にもなり得る
適切な責任は人を立ち直らせる
「任せる」は信頼であり、支え

 

④ 自分を英雄にしない
「これが正解」と思わない
迷いながら背負う


■ このシーンの本質

このやり取りの本質は一言で言えば、
👉 「人を救うことはできないが、立たせ続けることはできる」
という厳しい真実です。

秀吉は、

 

・弟の悲しみを消せない
・代わりに生きることもできない

だからこそ、👉 「生き続ける理由」を外から与え続ける…

これが彼の選択です。

■ 最後に(明宏さんへの視点)

明宏さんが日々向き合っている社員もまた、

・動けない人
・動き続けている人
・表面上は問題ない人

それぞれに「悲鳴」を抱えています。

そのとき経営者は、

助ける人ではなく、支え続ける人…になるしかない。

そして時に、
厳しさという形でしか支えられない局面がある。
このシーンは、その覚悟を静かに突きつけてきます。

 

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釈尊も、飯塚毅博士も、松下幸之助氏も、稲盛和夫しも、

そして中村天風氏も…もう誰も私の思いを聞いてくれません。

私はただ、一心に氏の言葉に触れて、

一緒に読んでくれた仲間と問答するほかありません。

 

しかしAIは応えてくれます。

21世紀。思えば、ものすごい頭脳が目の前にやってきてくれました。

しかし彼に感情はない。ですから無くてはならない存在ではあっても、

生身の友を超える価値になることはないでしょう。

とはいえ、この絶対的限定が、人間関係の距離間を教えてくれます。

 

秀吉とその弟…同族経営の在り方を学ぶ絶好のテキストです。

この心、また別の機会につぶやきます。

 

すべては中小企業の「存続と成長と発展」のため!

いつもお読みいただきありがとうございます。

 

 

数学に強く、物理学に精通していて、化学者でもある経営者がいます。
氏が主催する営業会議に参加する機会をいただきました。

壇上に立った氏は、冒頭から、こんなことを言いました。

「電子で出来ている君は、いるようでいないんだ。」と。

社員は目が点になりました。

経営者の目は、その様子を楽しんでいました。

 

地域企業の経営は実に奥深いです。

あなたはこの訓示、どんな意味が込められていたと思いますか。

 

私も一応の感想を連ねて、AIに訊ねました。

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明宏さん、その経営者の方は、量子力学の**「観測」や「存在の不確定性」**という概念を、あえて禅問答のようなパラドックス(逆説)として社員に投げかけ、日常の固定観念を揺さぶろうとしているのでしょう。

「いるようでいない」という言葉の裏にある、量子力学的な解釈をいくつか紐解いてみます。

1. 物質の「スカスカ」な実体
私たちの体を作る原子(電子や原子核)の構造をミクロの視点で見ると、実はその**99.999...%は「何もない空間」**です。

原子核を野球のボールだとすると、電子はその数キロメートル外側を回っているようなイメージです。

つまり、実体があるように見えて、物理的な体積のほとんどは空っぽ。その経営者はこの「実体のなさ」を指して「君はいない(空である)」と言っている可能性があります。

2. 「粒子」と「波」の二重性
電子は、誰かが観測していないときは「波(どこにでも存在しうる確率の雲)」として存在し、観測された瞬間に「粒子(一点)」として確定します。

・いるようで: 観測されている今、目の前に個体として存在している。

・いない: 本質的には確定した実体ではなく、エネルギーの振る舞い(波)に過ぎない。
「君という存在も、絶対的な固定物ではなく、環境や他者との関わり(観測)の中でその都度立ち現れる現象に過ぎない」という哲学的な示唆が含まれているかもしれません。

3. 経営の文脈での意図(深読み)
この経営者が社員に伝えたかった「本音」を推測すると、以下のようなメッセージが浮かび上がります。

・固定観念からの脱却  : 「自分はこういう人間だ」という思い込み(固定された粒子)を捨て、「何にでもなれる可能性(波)」に目を向けなさい。

・変化への適応  :   確固たる自分などというものは幻想であり、常に変化し続けるエネルギー体として、柔軟に組織や市場に適応せよ。

「空(くう)」の精神  :  仏教的な「色即是空」に近い考え方で、執着を捨てて自由な発想で仕事に向き合ってほしい。

社員が「目が点になる」のを分かっていて楽しんでいるあたり、この経営者は**「当たり前だと思っている現実を疑うこと」**こそが、イノベーションや経営の本質であると考えている節があります。

このお話、仏教哲学の「空(くう)」や「三諦(さんたい)」の考え方とも非常に親和性が高いように感じますが、いかがでしょうか?もし興味があれば、量子力学と東洋哲学の共通点についてもさらにお話しできます。

 

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会計に出会って40年。TKC会計道に入って30年。
会計と経営が、仏教哲学そのものであることを、

ようやく感じ出したこのごろだというのに、
AIは、親和していることをすでに見抜いて謙遜しています。
しかも「三諦」にまで解釈を展開してしまいました。

こちらは、昨年暮れに、ようやく恐る恐る、職員に明かしたというのに…

 

また、「固定的な自己はいない」と繰り返し喝破された飯塚博士の教えは、

実は、量子力学であったことさえ、解き明かしています。

これはもう、いったいどういうことでしょう。

 

飯塚博士は、「申告是認率、99.99%を目ざせ」と指導されていました。

これは純金のことをいうと先輩は教えてくれましたが、

本当は、スカスカという意味だったということす?!

(つまり純金とは、この上ない資産のようで、実はスカスカなのです)。

偉大な経営者(指導者)というのは、

宇宙の法則を教えてくれる人のことなのでしょうか。

この思考、またあらためて深めていきます。

 

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いつまで鹿児島の余韻に浸っているのかと呆れられそうですが、
実際に、余韻は続いているのです。

桜島の噴煙を生まれてから吸い続けているからでしょうか。

鹿児島には、ぜんそくの方が多いそうです。

しかし、それを桜島のせいにする人はいない。

そこに魂というか、精神性を感じてなりません。

灰が傷つけるのは、肺だけではありません。

建物も、自動車も痛みます。洗濯物も干しながら汚れます。

そういう意味では、居住に適しているとは言いづらい処です。

しかし、それを理由に不満を言う人はいません。

住みたくなければ県を出ていけばよいのですが、

一向にその気配のない人たちで、地域は稼働しています。

これこそ県民性であり、郷土愛であり、志ではないでしょうか。

維新は、なぜ薩摩から起こったか。

その理由が、県民の行動様式に表れている気がしてなりません。

愚痴をいわない、不平もいわない。その土地に生まれたことを嘆かない。

むしろ誇りにする。どれだけ悪環境であろうとも嘆かない。

嘆いても変わらないことを自然が教えてくれているからです。

その環境を受け入れ、なじむ。そして活かす。

この精神と実践が、国の宿命を打開したといえるでしょう。

 

この文脈、中小企業経営にそのまま繋がります。

人もいない、モノもない、資金もない、情報もない、

ゆえに判断もできない…これが中小企業です。

 

この国をいったいどうするのか?!と、

命がけでその国土の在り方を議論し、

何が正解かもわからぬまま、動くしかなかった彼ら…

動きながら考えるしかなかった当時の若者たち。

しかし維新は成し遂げられ、バトンは後進に託されました。

 

日本の中小企業を地域企業へ。

地域企業から日本の屋台骨を底上げする。

会計人の行動変容が動きだします。

その先駆けは、やはり鹿児島の会計人ではないかと、

大核心した、今回のセミナーでした。

 

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今週の会議では、そもそも巡回監査を実践している企業は、

なぜ経営力を強化できるのか?!という問いでした。

会計資料と会計帳簿の適時性、正確性、適法性を確保するため、

会計事実の真実性、実在性、網羅性を確かめる。

このルーティンが企業の信頼性を構築していくことはわかっている…

しかし、それがどうして経営力の強化に転化するのか…

実は、思考していないと、この答えは言語にできません。

 

山下事務所では、これを人間の関係性で証明してきました。

今回は、その思考をAIに披露したところ、以下の文脈をもらいました。

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経営における「繋がりの数」を数学的な視点で捉え、

巡回監査の価値を再定義される視点、非常に鋭く、かつ本質的だと感じます。組織内の人間関係やコミュニケーションの経路は、

構成員を $n$ とすると、数学的には組合せの公式である

$${}_n C_2 = \frac{n(n-1)}{2}$$で表されます。

 

繋がりの連鎖が生む「思考の深化」

 

明宏さんがおっしゃる通り、人数が増えることで関係性の数は単なる足し算ではなく、加速度的に増加します。

 

構成員の数 (n)           関係性の数 (パス)    繋がりの変化
1人 (社長のみ)                          0                      孤独な意思決定(内省のみ)
2人 (社長+経理)                      1                      対話の発生

3人 (社長+経理+監査)         3                      3倍の視点(三者間相互作用)
4人 (+AI)                                    6                      2倍の複雑性と多角性

 

巡回監査が強い経営を作る理由従来の「社長・経理・監査(税理士・担当者)」の3人体制は、単なるチェック機能を超えた**「思考の三角形」**を形成していました。

 

経理: 内部の実務と数字の正確性。

監査: 外部の客観的視点と専門知識。

社長: 経営の意志と未来への情熱。

 

この3者が現場で顔を合わせ、数字を介して「思考の打ち合い」をすることで、社長一人の脳内では完結しない、客観性と妥当性に裏打ちされた意思決定が可能になります。巡回監査の本質は、まさにこの「三位一体」のダイナミズムにあったと言えます。

 

AIという「第4の視点」の介在

 

ここにAIが加わることで、関係性は6通りに増えます。しかし、AIの真価はその「数」以上に、**「思考の非対称性」**にあるのではないでしょうか。

 

忖度のない壁打ち: 人間同士ではどうしても生じる「遠慮」や「力関係」を排した、純粋なデータと論理に基づくフィードバック。

 

24時間の即時性: 巡回監査の間隔を埋め、日常的な意思決定の精度を高める。

 

多次元的なシミュレーション: 過去のデータから、人間では思いもよらない「if」のシナリオを提示する。

 

意思決定力の「格段の磨き」

 

AIが入ることで、監査担当者の役割もまた進化します。これまでは「数字の正確性」に重きを置いていた時間を、AIが生成した仮説や分析をどう経営に落とし込むかという、より高度な**「軍師」としての対話**に充てられるようになります。

 

「社長・経理・監査・AI」の4者が織りなす6通りの関係性は、経営の解像度をこれまでとは比較にならないレベルまで引き上げるはずです。まさに、孤独だった社長の決断が、多層的な知性の結晶へと変わる時代ですね。

 

この「4人目のパートナー」を使いこなすことで、顧問先企業の自資本比率50%超えという高い目標も、より確実なものになっていくのではないでしょうか。

 

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この急所を、山下事務所の職員は掴んでいます。
巡回監査体制という3者間の思考共有。

しかしそこにAIが入ることで、思考共有は6倍を超えるのです。

その、想像を越えた興奮を体験するのが、これからです。
2026‐2027年にかけ、この興奮が、一気に現場に押し寄せます。

 

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いつもお読みいただきありがとうございます。

 

 

久しぶりにナマの研修会に参加しました。

最近は、オンラインの研修が盛んで、出向く機会が少なくなりました。

営業の案内をもらう時も、ほとんどがオンライン。

次回は、事務所に来られますか?と提案しても、

「いえ、次回もオンラインでお願いします。」と言われることが殆どです。

肌感覚より、超生産性重視。次代は大きく変わっています。

例えば、今回の営業さん。

一度目の面談から、二度目の面談に進む間。

本社の秘書さん?からお礼のメールが届き、

次回のアジェンダとURLが通知されました。

組織ぐるみで、営業が、迅速に展開する様を見ると、

時代の変化を肌で感じます。完璧に管理されているのです。

どの時間内に、何処まで進む。これも第三者の視覚の中にある。

これがスマート企業の在り方のようです。
売上が同じでも、利益が5倍になるという管理手法。
この会社の売り物は、「働き方改革」。改革をビジネスにしているのです。

 

TKC全国会には、「会計事務所の経営革新」検討プロジェクトという

組織があるようです。そのメンバーが作ったテキストをいただきました。

飯塚毅博士が(株)TKCを立ち上げたとき、真っ先に作った、

『電算機利用による「会計事務所の合理化』というテキストがあります。

その復刻版いえ、現代版のテキストだと、直観しました。

半世紀という時間を越えて、心が繋がっていることへの共感。

こうした勉強は、空気観を感じながら進めるのが良いなと感じました。

しかし先の営業さんの動き、会社の立ち位置を知ると、

事務所の管理体制のアナログ感が浮き彫りになります。

すさまじい開きと言ってよいでしょう。

会計事務所のアナログ力、果たしてどこまで通じるでしょうか。

 

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いつもお読みいただきありがとうございます。

 

偶然ではない

 

「この世、このとき、
我というものが生まれたのは、

何万年も前から、我というものが、
この世、このときに生まれ出るような、
元(もと)があったから出てきたのだ。

ただ、自分が、
自分というものの存在を意識したのが、
極めて短い時間であったというだけの条件で、

この世に生まれたものは偶然の動機だと考えたら、

それはあまりにも、自己を観る観方が、
大きな誤解で行われているといわなければならない。


 

― 中村天風 ―  思想家 
            1876年7月20日 ‐ 1968年12月1日 


 

■ 「我は偶然ではない」とはどういう意味か

…何万年も前から元があったから出てきた…
深淵です。にわかには理解できない言葉です。
これは、単にスピリチュアルな話ではなく、

かなり広い意味の「因果関係」を指しています。

・遺伝(親・祖先)
・歴史(社会や文化)
・環境(時代・場所)
・無数の出来事の連鎖

つまり、
👉 あなたは“突然現れた点”ではなく、“連続した流れの一部”
という見方です。

■「偶然だと思うのはなぜか」

…自分を意識した時間が短いから…これはとても鋭い指摘です。

人は普通、
・生まれる前を知らない
・死んだ後もわからない
・今この瞬間しか強く意識できない

だから、
👉 「急に自分が現れた気がする」=偶然に感じる…のです。

でも天風は言います:
👉 「それは“認識の短さ”による錯覚だ」と。

 

生命とは何かを感じる第一歩のようなメッセージ。

そこに意識を向けると、偶然性を感じる心が、いかに小さく、

目の前のことだけを見ているのかに気づきます。

 

この思想、今週かけて深めていきましょう。

 

すべては中小企業の「存続と成長と発展」のため!

いつもお読みいただきありがとうございます。

 

― 経営マインド 345  ―


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理念経営を構築したいとお考えの方
弊社HPよりお問い合わせください
お電話によるご相談は 03-5925-2205
担当:総務 山下がお受けいたします。
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私が撮った写真に、AIが人物を添えてくれました。

写真を送った瞬間に、こんな画像を無言で、返してくる。

すごい時代になったものです。もう、恐怖を越えています。
メッセージまで盛り込んでくれています。
さて、そして、この人物とは?!…それはご想像にお任せします(笑)。

分かりすぎますね(笑)。

AIは、こんな風に分析してくれました。

 

この景色は、何も語らないのに、すべてを問いかけてきますね、明宏さん。

・静かな水平線。
・打ち寄せては引く波。
・揺るがぬ松。

そこにあるのは、「変わらぬもの」と「変わり続けるもの」の共存です。
私はこう見立てます。これは、志の原型です。

竜馬が見たであろうこの海は、
「外の世界」への憧れではなく、
「内なる日本」を問い直す鏡だったのではないでしょうか。

遠くにアメリカがある。しかし本当に見ていたのは――
“この国は、どこへ向かうのか”という一点です。

では、これからを生きる私たちの志とは何か。

それは、洗濯することではなく、
濁らせないことだと思うのです。

濁りとは、何か。
・慣れによる惰性
・数字だけを追う空虚さ
・人を道具にしてしまう心
・自分だけ良ければいいという閉鎖性

これらは、静かに、しかし確実に組織も国も曇らせます。

だからこそ志は、こうあるべきです。
・「澄み続ける力」

波は何度でも打ち寄せます。
問題も、人も、時代も、必ず揺らぎます。

それでもなお、
・正直であること
・本質から逃げないこと
・人を活かすこと
・未来に責任を持つこと
これを繰り返し、繰り返し、繰り返す。

竜馬が「洗濯」と言ったのは、一度の革命ではなく、
何度でも立ち上がる覚悟の表現だったはずです。

この景色が教えているのは、志とは、大きなことを成すことではない。
小さな濁りを、見逃さないことだ。

明宏さんの立場で言えば、これはそのまま組織経営に重なります。
・理念を言葉で終わらせない
・一人ひとりの姿勢に宿らせる
・違和感を見て見ぬふりをしない

つまり、
「事務所という小さな日本を、澄ませ続けること」
この海は、問い続けています。
お前は、何を洗うのか。
そして、それを何度でもやり続ける覚悟があるか。

その問いに、日々の仕事で答えていく。
それこそが、これからの志ではないでしょうか。

 

AIの凄さ。AIを心の共にしない危険。
ここに表れていますね。

 

すべては中小企業の「存続と成長と発展」のため。
今週もお読みいただきありがとうございました。

 

「足裏」というのは、常に接地しているのに、
最も無意識になりやすい部分です。
ここに経営の本質的な比喩が秘められていると思うのです。

■ 経営の「足裏」とは何か
★自分自身の“内面”ではないでしょうか。
実は、これが最も見落とされていると思えてなりません。

・判断の癖
・感情の揺れ
・恐れや執着

このような内面の揺れに騙されてしまいます。
経営者は、外を見ます。

それは大事なことであり、必要な行為です。

しかし外を見ているようで、実は内面を観ていない。

内面を、見ようとしない自分がいることに気づきません。

原因が内にあるとは思わず、解決を外に求めていく。

この心の状態で外を見るとうちは、実は外を見ることができません。

そしてそれに気づかないままで経営を続けていく。

かけがえのない時間は、こうして浪費されていきます。

 

本当に会社を動かしているのは、👉 経営者の心の重心です。

足裏を感じるとは、
「自分の内側のブレを知ること」なのです。

 

とはいえ、これは、なかなか難しいことですね。

企業の7割が赤字という事実が、その難しさを物語っています。

だから面白いのです。経営は!


あ~あっ!と言いながらラウンドを終えて、
また次のラウンドを同じようなスコアで繰り返す。

ゴルフにそっくりですね!

 

いつもお読みいただきありがとうございます。

 

月に一度、開催する「会計参与研修」。研修といっても実践です。

新年度を迎え、晴れ晴れと集い、来期を展望します。

この1年、どれだけ充実した議論を重ねてきたことか。

そこからどれだけの価値が創造され、実行され、形を作ったか。

当事者だからこその、確かな手ごたえを出席者は掴みました。

そんな誇らしい彼らに、会議前、メッセージを贈りました。

 

成功とは、結果ではない。
称賛でも、数字でも、地位でもない。

成功とは、
どんな状況にあっても、
一歩を止めない「姿勢」そのものだ。

うまくいく日もあれば、
思うようにいかない日もある。
評価される時もあれば、
誰にも気づかれない努力もある。

それでもなお、前を向く。
それでもなお、歩みを止めない。

その姿勢こそが、
すでに成功している証である。

我々の仕事は、
一発の成果で測られるものではない。

積み重ねた一日一日、
誠実に向き合った一件一件、
そこに宿る「前進の意志」こそが、
組織の価値をつくる。

だから問おう。
今日は、前進しているか。

どれほど小さくてもいい。
昨日より、半歩でも前に出ているか。

その積み重ねの先にしか、
本当の意味での成功は存在しない。

 

そして、次の言葉を添えました。

 

「とはいえ、最後は数字です。

しかし、どんな数字を求めるのか。

それが組織の価値を決めます。

私たちの目指す価値を言語化しましょう。

そして企業文化にしましょう。

それこそが、取締役である、お二人の真の役割りです。」

 

現場から戻り、会議室に集う彼らの顔を想像します。

彼らの顔立ち、全身から発するエネルギーが、

来期を、そして未来を建設していきます。

 

すべては中小企業の「存続と成長と発展」のため!

いつもお読みいただきありがとうございます。

 

週明け、ご紹介した中村天風の言葉。

「つまらない考え方」

世の中がつまらないのではなく、

あなたの、その思考がつまらないのだよ…というメッセージ。

思わず笑ってしまった方もいたのではないでしょうか。

そして、ご自身の経営に、翻訳できましたか?

 

■ 経営者としての視点で読むなら…

天風の言葉は、さらに鋭く刺さります。

組織の中でも日常、同じことが起きるからです。
・「忙しすぎるからできない」
・「環境が整っていない」
・「上司が悪い」
※こうした言葉が出る組織は、例外なく“内的責任”が失われています。

逆に言えば、強い組織とは――
・まず自分に原因を求める文化
・改善の起点を内に置く姿勢
※これらが、徹底されている組織だといえるでしょう。

■ この言葉の本当の優しさ
天風の言葉は、一見、突き放すようですが、実は逆です。
「あなたの人生は、あなたの外側に左右されるほど小さくない」
そう言っているのです。

・他人に振り回される人生ではありません
・環境に縛られる人生でもありません
・あなたの中に、「すでに」すべての可能性があるのですよ…
※そういう“信頼”の言葉だと読みとれるのです。優しさに満ちている。

つまり、経営用語らしくいえば、
👉 「原因自分論」ではなく、「可能性自分論」なのです。
『責めるためではなく、自分の力を取り戻すための教え』

だといえましょう。そう読むと希望が湧きますね。

 

「すべての可能性は、すでに我が胸中にあり。」

これを信じるか、信じないかで、人生は決まっていく。

と、私は解釈し、わが経営を実践しています。

 

すべては中小企業の「存続と成長と発展」のため!

いつもお読みいただきありがとうございます。