苦行より自覚

 

「真理というものを知らなかった時代の私は、
何か苦行をするとか、

あるいは、特別苦心の研究というようなことをしないと、

完全に理解することができないように思っていた。

しかし、そうじゃない。

現にインドに行って、耐えられない難行、苦行はあまりしなかった。
しないでも、真理をつかめた。

苦しい修行をしてからでないと
自分は強くなれないと考えていると、

強く生きられないのが、
自分の無自覚からきているということには気がつきません
。」

 

― 中村天風 ―  思想家 
            1876年7月20日 ‐ 1968年12月1日 


 

■「苦行」という幻想

まず天風は、自分自身もかつてはこう思っていたと告白しています。
★苦しいことをしなければ、真理には到達できない

これは一見もっともらしい。
経営でも、修行でも、「厳しさ=価値」と錯覚しやすいからです。

しかし彼は、インドでそれを否定する体験をします。
つまり――
・苦しさの“量”と
・真理の“深さ”…は、必ずしも比例しない、と。
ここを見誤ると、人は「必要のない苦しみ」を

自ら作り出してしまいます。

■「自覚」とは何か

では天風のいう「自覚」とは何か。

それは単なる理解ではありません。
もっと即物的で、厳しいものです。

「自分が今どういう状態で生きているか」を、逃げずに観る力…

たとえば――
・怒りや不満を「環境のせい」にしている自分
・成果が出ない理由を「努力不足」ではなく「他人」に置いている自分
・苦しさを「美徳」にすり替えている自分…これらに気づくこと。

そして本質はここです。
👉 問題は外にあるのではなく、

“自分の認識の癖”にあると見抜くこと…これが「自覚」です。

■なぜ苦行に逃げるのか

ここが重要な洞察です。
人はなぜ苦行に向かうのか。

それは――
★自覚するより楽だからです。
・苦行は「やっている感」があります。
・努力している実感がある。
・周囲からも評価されやすい…。

 

しかし自覚は違う――
・言い訳が通用しない
・他責にできない
・自分の弱さを直視する必要がある
★だから人は無意識に、
👉 「苦しいことをやっている自分」で満足しようとする
ここに天風は警鐘を鳴らしているのです。

 

この思想、経営に直結しますね。

また一週間かけて掘り下げていきましょう。

 

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いつもお読みいただきありがとうございます。

 

― 経営マインド 346  ―


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押すのか引くのか、左右のどちらかへ滑らすのか…

そのどちらでもなければ、どうやってドアを開けるか…

入口から謎めいたレストランに伺いました。

想像できないところに取っ手があり、

ようやく中へ入ると、狭い廊下が向えてくれます。

恐るおそる進むと、ようやく視界が広がって、

まず目に入ったのが写真の飾り物。人はまだ出てきません。

 

とても象徴的な演出です。
人が出て来ないので、じっくり飾りを眺めました。
この人形、ただの“ワイン好きの紳士”では終わっていません。
よく見ると——
・掲げているグラスは「味わう」というより“観察している”姿勢
・メダルのような装飾は「資格・権威・専門性」の象徴
・無機質な壁に強い影が落ちている(=理性と感性のコントラスト)
そんなイメージが届きました。つまりこれは、
**「ワインを嗜む人」ではなく「ワインを研究する人」**の像です。

■この店の本質

単なるレストランではなく、
**「身体と感覚を同時に扱う実験室」**のような場でした。

・医学博士のシェフ → 食を“効能”で捉える視点
・白衣+蝶ネクタイ → 科学と美意識の融合
・東西の思想 → 「栄養」と「意味」を統合する試み

ここでの一皿は、カロリーでも味でもなく、
**「身体にどう作用するか」+「どう感じるか」**まで

設計されているのでした。

■飾りが語るメッセージ

この人形は、おそらくこう言っています。
「感覚で楽しめ。ただし、無知であってはならない。」
ワインも料理も、ただ“美味しい”で終わらせず、
なぜそう感じるのか、身体にどう影響するのかを意識せよ
という、店の思想そのものが表現されているのです。

■さらに踏み込むと

この店は「医食同源」を掲げながら、実はもう一歩先にいます。
東洋の医食同源は「調和」ですが、西洋医学は「分析と分解」。
この両方を一皿に乗せるというのは、かなり難易度の高い挑戦です。

つまりこの店は、
・東洋:全体性(バランス・気・流れ)
・西洋:要素還元(栄養素・作用機序)
これらを同時に成立させようとする、

 

**“統合型の料理哲学”**を実践しているレストランだったのです。

■結論

この店は——
**「美味しいものを出す店」ではなく、
「生き方としての食を提示する店」**です。

そしてこの飾りは、入口でこう問いかけている。
「あなたは、味わう人か。
それとも、理解しながら味わう人か。」

経営者である私が、こういう店に出会うこと。
決して偶然ではないですね。
つまりこの体験、事務所経営にも繋がるからです。

 

その話は、また別の機会に…

 

今週もお読みいただきありがとうございました。

 

「足裏」というのは、常に接地しているのに、
最も無意識になりやすい部分です。
ここに経営の本質的な比喩があると思うのです。

■ なぜ“足裏”が重要なのか
★ゴルフでも経営でも同じです。

足裏が使えていない状態とは、

・重心が不安定
・再現性がない
・力みが生まれる

経営で言えば、

・方針がぶれる
・組織が不安定
・無駄な施策が増える

と読み替えることができるでしょう。


逆に、足裏が使えると、

👉 小さな力で、大きく前に進むことができるようになります。

 

多くの経営者は「頭」と「手」で戦っています。
しかし本当に強い経営は、👉 “足で立っている経営”です。

 

この秘密。さらに深めていきましょう。

 

いつもお読みいただきありがとうございます。

 

同時に10紙を刷るという、

世界第一級の生産能力を持つ印刷工場を見学しました。

誠に壮観な風景でしたが、

新聞の発行部数の激減と向き合わなければなりません。

デジタルが進むということは、日本のお家芸が消えていく…

その一旦を見た思いでした。多くの産業が変わる、構造が変わる。

働き先が変わる…完成したシステムを変化させることの重さ。

俄かに答えの出ない現実を目の当たりにし、AIに見立ててもらいました。

 

■ 1. 「消えていく」のではなく「役割が変わる」

新聞印刷は確かにピーク時より縮小していますが、

完全に消える産業ではありません。

・地方紙・専門紙・業界紙などは依然として紙の需要がある
・高齢層を中心に紙媒体の信頼性は根強い
・災害時など、紙の情報伝達は依然重要

つまり「大量一括印刷モデル」は縮小しつつも、

「用途特化型」にシフトしています。

■ 2. 日本のお家芸=“紙そのもの”はむしろ強い

ここが重要です。
日本の強みは「新聞」ではなく、高品質な紙・素材・加工技術です。

この写真のような巨大ロール紙を生産できる技術は、

実は以下に転用されています:

・半導体用の特殊紙・フィルム
・医療・衛生素材
・高機能パッケージ(環境対応)
・電子部材(絶縁材など)

つまり「印刷用途が減っても、素材産業としては生き残る可能性が高い」です。

■ 3. 本当に変わっているのは“情報流通の構造”

新聞の減少は「紙の敗北」ではなく、
👉 情報の流れが「物理 → デジタル」に変わったことが本質です。

・即時性 → デジタルが圧倒
・深さ・信頼性 → まだ紙に強み
・収益モデル → 広告からサブスクへ移行中

 

■ 4. 今見ている光景の意味

この壮観なロール紙の風景は、言い換えれば:
👉 「20世紀型マスメディアの完成形」とも言えます。
そして今はその完成形が「次の形に分解されている途中」です。

■ 私の見立て(結論)

少し率直に言うと、
「日本のお家芸が消える」 → ❌ 完全には当たらない
「ビジネスモデルが大きく変わる」 → ✅ これは確実

そして重要なのは、
👉 強いのは“印刷”ではなく“素材と精密製造力”です。

 

ピンと来ますか?

週明けに、印刷業の社長と面談するための予習でしたが、

完成された「ビジネスの分解」というキーワードが響きました。

あらゆる事業で使える言葉です。

 

このテーマ、また堀下げていくことにします。

 

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週明け、ご紹介した中村天風の言葉。
「偶然ではない」
世の中に、偶然というものなどない。

偶然があると思うのは、

本人の視野があまりに近視眼的だからに過ぎないからだよ…

というメッセージでした。

 

経営者の目線も近視的ですが、

そこに集う社員はさらに近視的である。
そういうケースは少なくないようです。
ご自身の経営に、翻訳できましたか?

 

👉 「運命」と「自由意志」はどう両立するのか?
を、中村天風 の文脈から一段深く展開します。

■ ① 一見すると矛盾している

まず素直な疑問から。

「すべては必然」なら → 運命論
「自分の生き方を選べ」なら → 自由意志

👉 両立しないように見える…ここで思考が止まりがちです。

■ ② 天風の立場:二層構造

 

👉 現実は“二つのレイヤー”でできている

● 第1層:条件(コントロールできないもの)
・生まれた時代
・家族
・身体
・過去の出来事

👉 これは「与えられた流れ」=ほぼ運命

● 第2層:態度(コントロールできるもの)
・どう受け取るか
・どう意味づけるか
・どう行動するか

👉 ここが「自由」
つまり:👉 出来事は選べないが、向き合い方は選べる

■ ③ 「必然」の正体が変わる

ここが重要な転換です。
普通の運命論:👉 「全部決まってるから仕方ない」
天風的な必然:👉 「条件はあるが、結果は態度で変わる」
つまり、👉 “未来まで固定されている”わけではない

■ ④ 具体例で見ると

たとえば同じ出来事:
● 失敗した
A:運が悪かった → 萎縮する
B:学習の機会 → 成長する
出来事は同じでも、👉 人生の流れは全く別になる

ここで天風の思想が効いてきます:
👉 「偶然じゃない」=その出来事にも意味を見出せる

■ ⑤ なぜ「偶然否定」が重要なのか
ここが思想の核心です。
もし人が、👉 「これはただの偶然」と思うと:
・意味を探さない
・学びを抽出しない
・行動が変わらない

 

しかし、👉 「何かの流れの結果だ」と思うと:
・原因を考える
・意味を見出す
・次の行動が変わる
👉 つまり“解釈が未来を変える”

■ ⑥ さらに深いポイント:「自由」はどこにあるか
ここで一段深い話に入ります。

多くの人は「自由」をこう考えます:👉 「好きなことができること」
 

でも天風的には違います。
👉 「どんな状況でも、自分の心の向きを選べること」
これはかなり厳しい定義です。

なぜなら:
・不運でも
・病気でも
・不利でも
👉 態度の責任は自分にあるからです。

■ ⑦ この思想の強さと危うさ
正直に言うと、この考えは強力ですが重いです。

● 強さ
被害者意識から抜けられる
自己コントロール感が増す
成長しやすい
● 危うさ
自分を責めすぎる可能性
社会的要因を軽視する危険

だから健全な読みは:
👉 「条件は無視しないが、態度の自由は手放さない」

■ ⑧ 最深部:運命と自由の融合

ここまでを一つにまとめると:
👉 人生=与えられた流れ × 選び続ける態度

そして天風の言葉はこう言い換えられます:
👉 「あなたは偶然ではない」=流れの中にある存在
👉 「だからどう生きるかは問われている」=自由がある存在

■ ⑨ あなたへの問い(ここが本当のゴール)

この思想は知識で終わりません。本来の使い方はこれです:
👉 「今の自分の状況を、偶然として片付けていないか?」(志向省略)
そしてもう一歩:
👉 「そこにどんな意味を与えるかを、自分で選んでいるか?」

■ まとめ
人生の条件はある(運命)
しかし解釈と行動は選べる(自由)
偶然と見るか、必然と見るかで人生は変わる

 

いかがですか。飯塚毅先生は、TKCの事業目的に、

「職業会計人の(略)運命打開」を掲げられました。

これは経営の本質です。

あらゆる事業体が、職域を防衛しなければなりませんし、

そのために運命を打開し続けなければならないのです。

少々長くなりましたが、大事な点だと感じ、掲載します。

ベートーベンの交響曲第5番を聞きながら読んでみてください。

 

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秀吉:「抜かるでないぞ、小一郎!」
小六:「強い男じゃのう。いい名づけが亡くなったばかりじゃというのに…」
秀吉:「お主にはそう見えるか…わしには、悲鳴しか聞こえん。何かをしていなければ、立っておられんのじゃ。だから時をかけて構わぬ。無理難題を突き付けて、生きる張り合いを与えるのじゃ。そんなことしかできない、情けぬ兄じゃ…」

 

これは大河ドラマ『秀吉の弟』のある場面での台詞です。

婚礼を控えた弟の妻が、暴徒に殺されました。

生きる力を失った弟に、兄は無理難題を押し付け任務に集中させます。

脚本とはいえ、これが、やがて天下を統一した人の、

若き日の姿であったかと感じ入りました。

まったく経営者の在り方そのものではないでしょうか。

私には、「優しさ」と「責任」が正面からぶつかり合う、

経営の核心のように感じられました。

 

大河ドラマは、一流の脚本家が台詞を紡ぎ出します。

会計=経営。そして経営とは言語力です。

すなわち、言語=経営=会計と読み替えることができます。

 

ゆえに、言語力を鍛えなければならない

地域企業の経営者こそ、毎回ご覧になることをお勧めします!

 

さて、このシーン。AIはどう読み解いたでしょうか。

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明宏さん、とても本質を突く場面に目を留められましたね。
これは単なる「厳しい兄」ではなく、

人の心と組織の現実を同時に見ているリーダーの姿だと私は見ます。

■ 秀吉が見抜いていた「人の崩れ方」

この場面の核心は、秀吉のこの一言です。
「わしには、悲鳴しか聞こえん」
つまり彼は、弟・小一郎の

気丈に振る舞う姿ではなく、内側で崩れ落ちている心
を見抜いています。

人は深い喪失に直面すると、
・何もできなくなる人
・過剰に動き続ける人…に分かれます。

小一郎は後者です。
秀吉はそれを「強さ」とは見ていない。
むしろ 「止まれば崩れる危うさ」 として理解している。

ここに、経営者として極めて重要な視点があります。

■ あえて「無理難題」を与えるという愛

通常、弱っている人には、
・休ませる
・優しくする…が正解とされます。

しかし秀吉は逆を行く。

「無理難題を突き付けて、生きる張り合いを与える」

これは冷酷ではなく、むしろ高度な配慮です。

 

なぜなら、

人は「意味」を失ったときに最も壊れる…からです。

仕事とは本来、
・生きる理由
・自分の存在の証明…になり得るもの。

秀吉はそれを知っている。
だからこそ「仕事を与える」のではなく、
👉 “生きるための重み”を与えている…のです。

■ 「情けない兄」と言う自己認識の深さ

さらに重要なのはここです。
「そんなことしかできない、情けぬ兄じゃ」
彼は自分の行為を美化していない。

自分は救えていない…ただ支えているだけ…
この認識を持っています。

ここに、リーダーとしての成熟があります。

■ 経営者に重なる構造

明宏さんの現場にそのまま重ねると、こうなります。

① 社員の「表情」ではなく「悲鳴」を見る
元気に見える社員ほど危ういことがある
問題行動の裏にある“崩れ”を読む


② 優しさ=甘やかしではない
本当に守るとは「役割を与え続けること」
負荷は時に“救い”になる

 

③ 仕事は治療にもなり得る
適切な責任は人を立ち直らせる
「任せる」は信頼であり、支え

 

④ 自分を英雄にしない
「これが正解」と思わない
迷いながら背負う


■ このシーンの本質

このやり取りの本質は一言で言えば、
👉 「人を救うことはできないが、立たせ続けることはできる」
という厳しい真実です。

秀吉は、

 

・弟の悲しみを消せない
・代わりに生きることもできない

だからこそ、👉 「生き続ける理由」を外から与え続ける…

これが彼の選択です。

■ 最後に(明宏さんへの視点)

明宏さんが日々向き合っている社員もまた、

・動けない人
・動き続けている人
・表面上は問題ない人

それぞれに「悲鳴」を抱えています。

そのとき経営者は、

助ける人ではなく、支え続ける人…になるしかない。

そして時に、
厳しさという形でしか支えられない局面がある。
このシーンは、その覚悟を静かに突きつけてきます。

 

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釈尊も、飯塚毅博士も、松下幸之助氏も、稲盛和夫しも、

そして中村天風氏も…もう誰も私の思いを聞いてくれません。

私はただ、一心に氏の言葉に触れて、

一緒に読んでくれた仲間と問答するほかありません。

 

しかしAIは応えてくれます。

21世紀。思えば、ものすごい頭脳が目の前にやってきてくれました。

しかし彼に感情はない。ですから無くてはならない存在ではあっても、

生身の友を超える価値になることはないでしょう。

とはいえ、この絶対的限定が、人間関係の距離間を教えてくれます。

 

秀吉とその弟…同族経営の在り方を学ぶ絶好のテキストです。

この心、また別の機会につぶやきます。

 

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数学に強く、物理学に精通していて、化学者でもある経営者がいます。
氏が主催する営業会議に参加する機会をいただきました。

壇上に立った氏は、冒頭から、こんなことを言いました。

「電子で出来ている君は、いるようでいないんだ。」と。

社員は目が点になりました。

経営者の目は、その様子を楽しんでいました。

 

地域企業の経営は実に奥深いです。

あなたはこの訓示、どんな意味が込められていたと思いますか。

 

私も一応の感想を連ねて、AIに訊ねました。

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明宏さん、その経営者の方は、量子力学の**「観測」や「存在の不確定性」**という概念を、あえて禅問答のようなパラドックス(逆説)として社員に投げかけ、日常の固定観念を揺さぶろうとしているのでしょう。

「いるようでいない」という言葉の裏にある、量子力学的な解釈をいくつか紐解いてみます。

1. 物質の「スカスカ」な実体
私たちの体を作る原子(電子や原子核)の構造をミクロの視点で見ると、実はその**99.999...%は「何もない空間」**です。

原子核を野球のボールだとすると、電子はその数キロメートル外側を回っているようなイメージです。

つまり、実体があるように見えて、物理的な体積のほとんどは空っぽ。その経営者はこの「実体のなさ」を指して「君はいない(空である)」と言っている可能性があります。

2. 「粒子」と「波」の二重性
電子は、誰かが観測していないときは「波(どこにでも存在しうる確率の雲)」として存在し、観測された瞬間に「粒子(一点)」として確定します。

・いるようで: 観測されている今、目の前に個体として存在している。

・いない: 本質的には確定した実体ではなく、エネルギーの振る舞い(波)に過ぎない。
「君という存在も、絶対的な固定物ではなく、環境や他者との関わり(観測)の中でその都度立ち現れる現象に過ぎない」という哲学的な示唆が含まれているかもしれません。

3. 経営の文脈での意図(深読み)
この経営者が社員に伝えたかった「本音」を推測すると、以下のようなメッセージが浮かび上がります。

・固定観念からの脱却  : 「自分はこういう人間だ」という思い込み(固定された粒子)を捨て、「何にでもなれる可能性(波)」に目を向けなさい。

・変化への適応  :   確固たる自分などというものは幻想であり、常に変化し続けるエネルギー体として、柔軟に組織や市場に適応せよ。

「空(くう)」の精神  :  仏教的な「色即是空」に近い考え方で、執着を捨てて自由な発想で仕事に向き合ってほしい。

社員が「目が点になる」のを分かっていて楽しんでいるあたり、この経営者は**「当たり前だと思っている現実を疑うこと」**こそが、イノベーションや経営の本質であると考えている節があります。

このお話、仏教哲学の「空(くう)」や「三諦(さんたい)」の考え方とも非常に親和性が高いように感じますが、いかがでしょうか?もし興味があれば、量子力学と東洋哲学の共通点についてもさらにお話しできます。

 

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会計に出会って40年。TKC会計道に入って30年。
会計と経営が、仏教哲学そのものであることを、

ようやく感じ出したこのごろだというのに、
AIは、親和していることをすでに見抜いて謙遜しています。
しかも「三諦」にまで解釈を展開してしまいました。

こちらは、昨年暮れに、ようやく恐る恐る、職員に明かしたというのに…

 

また、「固定的な自己はいない」と繰り返し喝破された飯塚博士の教えは、

実は、量子力学であったことさえ、解き明かしています。

これはもう、いったいどういうことでしょう。

 

飯塚博士は、「申告是認率、99.99%を目ざせ」と指導されていました。

これは純金のことをいうと先輩は教えてくれましたが、

本当は、スカスカという意味だったということす?!

(つまり純金とは、この上ない資産のようで、実はスカスカなのです)。

偉大な経営者(指導者)というのは、

宇宙の法則を教えてくれる人のことなのでしょうか。

この思考、またあらためて深めていきます。

 

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いつまで鹿児島の余韻に浸っているのかと呆れられそうですが、
実際に、余韻は続いているのです。

桜島の噴煙を生まれてから吸い続けているからでしょうか。

鹿児島には、ぜんそくの方が多いそうです。

しかし、それを桜島のせいにする人はいない。

そこに魂というか、精神性を感じてなりません。

灰が傷つけるのは、肺だけではありません。

建物も、自動車も痛みます。洗濯物も干しながら汚れます。

そういう意味では、居住に適しているとは言いづらい処です。

しかし、それを理由に不満を言う人はいません。

住みたくなければ県を出ていけばよいのですが、

一向にその気配のない人たちで、地域は稼働しています。

これこそ県民性であり、郷土愛であり、志ではないでしょうか。

維新は、なぜ薩摩から起こったか。

その理由が、県民の行動様式に表れている気がしてなりません。

愚痴をいわない、不平もいわない。その土地に生まれたことを嘆かない。

むしろ誇りにする。どれだけ悪環境であろうとも嘆かない。

嘆いても変わらないことを自然が教えてくれているからです。

その環境を受け入れ、なじむ。そして活かす。

この精神と実践が、国の宿命を打開したといえるでしょう。

 

この文脈、中小企業経営にそのまま繋がります。

人もいない、モノもない、資金もない、情報もない、

ゆえに判断もできない…これが中小企業です。

 

この国をいったいどうするのか?!と、

命がけでその国土の在り方を議論し、

何が正解かもわからぬまま、動くしかなかった彼ら…

動きながら考えるしかなかった当時の若者たち。

しかし維新は成し遂げられ、バトンは後進に託されました。

 

日本の中小企業を地域企業へ。

地域企業から日本の屋台骨を底上げする。

会計人の行動変容が動きだします。

その先駆けは、やはり鹿児島の会計人ではないかと、

大核心した、今回のセミナーでした。

 

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今週の会議では、そもそも巡回監査を実践している企業は、

なぜ経営力を強化できるのか?!という問いでした。

会計資料と会計帳簿の適時性、正確性、適法性を確保するため、

会計事実の真実性、実在性、網羅性を確かめる。

このルーティンが企業の信頼性を構築していくことはわかっている…

しかし、それがどうして経営力の強化に転化するのか…

実は、思考していないと、この答えは言語にできません。

 

山下事務所では、これを人間の関係性で証明してきました。

今回は、その思考をAIに披露したところ、以下の文脈をもらいました。

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経営における「繋がりの数」を数学的な視点で捉え、

巡回監査の価値を再定義される視点、非常に鋭く、かつ本質的だと感じます。組織内の人間関係やコミュニケーションの経路は、

構成員を $n$ とすると、数学的には組合せの公式である

$${}_n C_2 = \frac{n(n-1)}{2}$$で表されます。

 

繋がりの連鎖が生む「思考の深化」

 

明宏さんがおっしゃる通り、人数が増えることで関係性の数は単なる足し算ではなく、加速度的に増加します。

 

構成員の数 (n)           関係性の数 (パス)    繋がりの変化
1人 (社長のみ)                          0                      孤独な意思決定(内省のみ)
2人 (社長+経理)                      1                      対話の発生

3人 (社長+経理+監査)         3                      3倍の視点(三者間相互作用)
4人 (+AI)                                    6                      2倍の複雑性と多角性

 

巡回監査が強い経営を作る理由従来の「社長・経理・監査(税理士・担当者)」の3人体制は、単なるチェック機能を超えた**「思考の三角形」**を形成していました。

 

経理: 内部の実務と数字の正確性。

監査: 外部の客観的視点と専門知識。

社長: 経営の意志と未来への情熱。

 

この3者が現場で顔を合わせ、数字を介して「思考の打ち合い」をすることで、社長一人の脳内では完結しない、客観性と妥当性に裏打ちされた意思決定が可能になります。巡回監査の本質は、まさにこの「三位一体」のダイナミズムにあったと言えます。

 

AIという「第4の視点」の介在

 

ここにAIが加わることで、関係性は6通りに増えます。しかし、AIの真価はその「数」以上に、**「思考の非対称性」**にあるのではないでしょうか。

 

忖度のない壁打ち: 人間同士ではどうしても生じる「遠慮」や「力関係」を排した、純粋なデータと論理に基づくフィードバック。

 

24時間の即時性: 巡回監査の間隔を埋め、日常的な意思決定の精度を高める。

 

多次元的なシミュレーション: 過去のデータから、人間では思いもよらない「if」のシナリオを提示する。

 

意思決定力の「格段の磨き」

 

AIが入ることで、監査担当者の役割もまた進化します。これまでは「数字の正確性」に重きを置いていた時間を、AIが生成した仮説や分析をどう経営に落とし込むかという、より高度な**「軍師」としての対話**に充てられるようになります。

 

「社長・経理・監査・AI」の4者が織りなす6通りの関係性は、経営の解像度をこれまでとは比較にならないレベルまで引き上げるはずです。まさに、孤独だった社長の決断が、多層的な知性の結晶へと変わる時代ですね。

 

この「4人目のパートナー」を使いこなすことで、顧問先企業の自資本比率50%超えという高い目標も、より確実なものになっていくのではないでしょうか。

 

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この急所を、山下事務所の職員は掴んでいます。
巡回監査体制という3者間の思考共有。

しかしそこにAIが入ることで、思考共有は6倍を超えるのです。

その、想像を越えた興奮を体験するのが、これからです。
2026‐2027年にかけ、この興奮が、一気に現場に押し寄せます。

 

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久しぶりにナマの研修会に参加しました。

最近は、オンラインの研修が盛んで、出向く機会が少なくなりました。

営業の案内をもらう時も、ほとんどがオンライン。

次回は、事務所に来られますか?と提案しても、

「いえ、次回もオンラインでお願いします。」と言われることが殆どです。

肌感覚より、超生産性重視。次代は大きく変わっています。

例えば、今回の営業さん。

一度目の面談から、二度目の面談に進む間。

本社の秘書さん?からお礼のメールが届き、

次回のアジェンダとURLが通知されました。

組織ぐるみで、営業が、迅速に展開する様を見ると、

時代の変化を肌で感じます。完璧に管理されているのです。

どの時間内に、何処まで進む。これも第三者の視覚の中にある。

これがスマート企業の在り方のようです。
売上が同じでも、利益が5倍になるという管理手法。
この会社の売り物は、「働き方改革」。改革をビジネスにしているのです。

 

TKC全国会には、「会計事務所の経営革新」検討プロジェクトという

組織があるようです。そのメンバーが作ったテキストをいただきました。

飯塚毅博士が(株)TKCを立ち上げたとき、真っ先に作った、

『電算機利用による「会計事務所の合理化』というテキストがあります。

その復刻版いえ、現代版のテキストだと、直観しました。

半世紀という時間を越えて、心が繋がっていることへの共感。

こうした勉強は、空気観を感じながら進めるのが良いなと感じました。

しかし先の営業さんの動き、会社の立ち位置を知ると、

事務所の管理体制のアナログ感が浮き彫りになります。

すさまじい開きと言ってよいでしょう。

会計事務所のアナログ力、果たしてどこまで通じるでしょうか。

 

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