短い文章で、言い切られ、これを繰り返されると、

「そうかな…そうだよな…」という思いにかられていきます。

非効率、改革先送りの代償…などと言われると、なおのこと、

「やっぱり悪いのは俺か…」などという気になってしまうのが、日本人です。

非効率、先送りは、場所によるのです。

特に気にしてほしくないのは、中小企業です。

中小企業は、非効率ではありません。問題を先送りにもしていません。

なんちゃってもありません。

すべて現実の、ありのままの姿です。

優秀な、また魂胆のある誰かから見ると、まどろっこしく見えるのかもしれません。

その人の価値観、人生観に合わせる必要はないのです。

みな、それぞれの事情のなかで、精一杯生きているのです。

先ずは、それを受け入れるところからはじめませんか。

批判の前に、讃えませんか!

 

日本の新聞も、人間力を発揮すべきとききているな…

そんな風に感じるのは、一人だけではないはずです。

メディアもスタンスを変える時が、とっくに来ているのです。

 

すべてはこの国の中小企業の「存続と成長と発展」のため!

いつもお読みいただきありがとうございます。

 

端午の節句は、今では子供の日と呼ばれていますが、

子供の無事安穏を祈るということは、社会や未来の安穏を祈るということに通じます。

自分の子供だけが無事安穏に暮らせればよい。

中にはそのように願う人もいるかもしれませんが、

自分の子供だけが無事安穏に過ごせることなどありえません。

自分の子がそうした人生を歩むためには、地域、社会、国家、

さらには世界が安穏でなければなりません。

しかし実際の世の中は、現下のコロナ禍をみるまでもなく、困難の連続です。

ですから無事安穏を祈るというのは、外部環境の変化がないことを願うという、

消極的な姿勢ではなく、どのような困難にも、果敢に挑戦し、

悠然と乗り越えていける生命力を備えることを願うものだと気づくのです。

 

生命力は、勇気の力と言い換えてもよいでしょう。

折れない心とも読み変えられます。

そうだとすると、これは子供に限ったことではありません。

時代に翻弄されることなく、生き抜く力を発揮しなければならないのは、誰しも同じです。

経営者にはなおのこと、求められる心でしょう。

端午の節句には、菖蒲を飾ります。

武家の時代に、尚武に音が重なることで飾られるようになったとか。

尚武は武をたっとぶという意味だそうです。

江戸時代に盛んになった端午の節句は、元々武家の行事だったのですね。

そんなことで大人の行事であったことを踏まえれば、

現代では、勝負と重ねた方がしっくりきます。

初ガツオをいただく地域もあるようです。勝男にかけているわけですね。

 

柏餅をいただくのも、柏の葉は、新芽がでてくるまで落ちないことから、

家系が途切れない縁起物としていただくようになったとか。

今どきでいえば、事業承継に通じる祈りです。

 

このように、節句には、ものすごい祈りが込めれらえているのです。

現代人が、およそ疎かにしてよい行事ではなさそうです。

事業者が進んで端午の節句を祝うようになったら、

社会が変わるかもしれない、そんなことを思いつつ、柏餅をいただきました。

 

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今週の会議は、憲法について考えました。

コロナ禍で、先行き不透明な時代となりました。

不透明な時代をいかに生きるか。生き抜くか。

そのことを各自に問うというのが今の社会のスタンスです。

考えていただくために、とりあえずお金は用意しました。

これが政府の決断でした。

こうして国民は、とりあえず借りたにしても、金は手元に来て、時間をもらいました。

この時間をどのように使うか。その結果、どのような選択をしても自由です。

あとは自己責任ですからね。政府はできる限りのことはしましたよ。

そんな感じになるのでしょうか。

「え~っ!そんなこと言われても…」という方が大半なのではないかと察します。

かく言う私もその一人です。

先行き不透明…実は、この言葉、かなり以前から使われてきました。

私が物心ついたころから、大人は頻繁にこの言葉を使ってきました。

つまりいつの時代も先行き不透明だったのです。

そんなとき、何を、どう考えたらよいのか。

実は、考えるための型があったのです。それが「憲法」です。

日本国という共同体に所属する人たちが、

思考の土台にしなければならない価値基準。

これが用意されているから国家なのです。

ところが、私たちは、この憲法を、まったくと言ってよいほど知りません。

日本国憲法を知らないだけではなく、憲法とは何か、そもそもを知らないのです。

思考の土台がないから、先行きなどはじめから見えないのです。

たとえば、国民の三大義務は何か。

小学校でもならう義務は、憲法に規定されています。

しかし「本来、憲法は義務を明記するものではない、その理由を述べなさい」

と問われたら、あなたは何と答えますか。

 

コロナ禍のおかげで、確実にパラダイムシフトは起こります。

この大変化を現象として、ただ眺めるか。型にはめて理解を組み立てられるか。

次の時代は、原点に返るところから見えてきます。

いまこそ憲法を学ぼう!そんな今週の会議でした。

 

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お客さまに毎月お届けしている『戦略経営者』
そのなかに「地域金融の未来」(5月号55ページ)という記事があります。

いくつかのキーワードがちりばめられているので、備忘録的に書き出しておきます。

「従来の金融業に留まらず、『総合サービス業』を目指す」

「経営者目線の課題発見力」

「多様な解決策を提供する感度と提案力」

「交渉相手」から「相談相手」に生まれ変わろう

「相談相手」さえも超えて「ビジネス(経営)のパートナー」になる

 

地域金融は、こうしたテーマを掲げて、

これまで果たしてきた地域経済のプラットフォームとしての役割に、

厚みを持たせようとしています。

 

しかし記事はさらさらと読めますが、立ち位置を変えることは至難です。

「交渉相手」向き合う関係。

「相談相手」さらに「パートナー」は同じ方向を見る関係です。

一つの組織のなかでも、皆で同じ方向を見ることは、リーダーが常に腐心するところです。

急所になる言葉を、できるだけ短く仕上げ、繰り返し伝えていても、

いざというとき身になっていない、そんな場面に出くわすことはしばしばです。

 

金融機関が、資金繰りで眠れない経営者の心に寄り添うことなどできるのでしょうか。

帳簿を毎月拝見し、社長より先に業績を把握しているかもしれない、

私たち、会計事務所でさえ、寄り添うことは難儀です。

しかし飯塚毅先生は「親身な相談相手」と繰り返し説かれました。

何をもって「親身」とするか。そのハードルが高くなっています。

「事業再構築補助金」は、これまでの認定支援機関に求められていた支援水準を

はるかに超えています。その企業を、その社長を、

よくよく知っているという前提があって、はじめて作れる計画書です。

「親身な相談相手」の水準はそこまで上がっているのです。

 

会計人の人間力が、ますます高まらなければならない時代です。

その渦中に私たちは生きています。

 

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いつもお読みいただきありがとうございます。

 

「憲法とは 国家権力を制限して

国民の権利・自由を守るもの」

 

 ― 伊藤 真 ―  弁護士

 

憲法とは何か。

74回目の5月3日。

戦後の発展はここからはじまった。

記念日にあたり、制定の背景と精神、構造を再確認したい。

 

― 経営マインド85    ―

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春の楽しみは、花です。

花を見れば優しさとは何かを知ることができます。

花に会うことで、またその心を思い出せる。花は、ありがたい存在です。

一輪の大きな花も魅力的ですが、

小さな花が無数に集まって、一つの作品を作り上げる様も素敵です。

弱い人間が、互いに励まし合って生きていく姿にも重なります。

「コンクリートみたいに固い花はない」と誰かがいいました。

人間はもともと弱い存在です。生きていること自体が奇跡なのです。

今朝起きられたことも奇跡。家族とあいさつを交わせたことも奇跡。

今日もおいしく水が飲めた。体温も平常だ。なぜそうなのかわかりません。

一応、健康的なことをしているからそうなっているのでしょうが、

考えた健康法がどこまで役に立っているかは、検証できません。

これがいいと思って続けられることもおそらく奇跡のおかげでしょう。

たまたま奇跡が連続してくれているおかげで生きているだけなのです。

なかなかそうは思えませんが、本気でそう思うところから感謝の心が育つ。

そんな風に思っています。

 

今週もお読みいただきありがとうございました。

 

 

結局のところ、昨年と同様のGWになってしまいました。

違いは、持続化給付金がいただけないことでしょうか。

昨年は5月1日から一人当たり10万円の給付申請がはじまりました。

マイナンバーカードを所持している人が初めて感じたメリットでした。

お小遣いくれるから、我慢しよう!そんな気分になれた人も多かったことでしょう。

今年は、我慢に報いるお小遣いはありません。

マスクして、顔を半分覆いながら、心の中ではそんなに感染するものかな?と、

つぶやいている人も多いことでしょう。

その証拠に、高速道路はまあまあ混雑しているようです。

飛行機で移動している人も、昨年の同じ時期に比べれば、多いはずです。

とはいえ、お役所の関係先は、号令にしっかりと従っています。

PTAの総会などもことごとく中止か、オンライン開催で、昨年同様の措置が取られます。

夏休みの、親子行事も、一斉に中止となることでしょう。

対症療法の政策が、民間と行政の連れを作っていくような気がします。

 

慣れっ子になることが、一番危険です。

しかしこのままの状態が続けば、経済はボロボロになるな、

と同時に、人の心も腐ってしまうだろうなと、心配です。

この不透明な社会で、お客さまをいかにしてお守りするか。

籠って考え抜く1週間にします。

 

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いつもお読みいただきありがとうございます。

 

「人が変わるのは、環境がかわったとき」という話を聞きました。

東京の人が、新潟へ引っ越したら、人が変わる…これは誰もが頷くことでしょう。

新潟の方が、東京で暮らすことになっても、同様に変わることでしょう。

その昔、「木綿のハンカチーフ」という歌が流行しました。

田舎から恋人を置いて都会へ出てきた青年が、だんだん心が都会に寄っていって、

田舎へ帰れなくなってしまったとう歌詞でした。

田舎へ帰れる気がなくなったとしても、彼女を呼べばよいのに…と思いますが、

彼女を呼ぶ気もなくなるほど、彼の心は変化してしまったのです。

都会という環境が、彼を大きく変えました。

伺った話は、もっと深くて、外部環境を能動的に絶えず変化させられる人が、

一流になる人だという内容なのですが、それは5月の終わりまでに記すことにします。

ここで言いたいことは、環境が確実に人を変えるのだとしたら、

この一年、私たちは相当に変化をしているということなのです。

外部環境が変われば変わるほど、内部環境もそれに適応していきます。

知らず知らずのうちに、私たちは皆、一人も残らず、変化したのです。

どう変化したのか。それを言葉にすることが大切だと考えます。

昨年のはじめから、コロナが来ると噂されたころから、

緊急事態宣言が発出された時までに、何がどう変わったか。

自分自身、家族、経営…それぞれのステージの変化を言葉にしましょう。

言葉にできたら、数字に変換しましょう。数字にできないうちは、まだ考えが足らない。

そうとらえて、また考えましょう。

第2回目の緊急事態宣言では、そして、第3回の今は…

そのように、外部と内部の変化を言葉にして、数字にすることで、

これから先が見えてきます。何をしなければならなないのかが見えてきます。

新聞に書いてあるからという話ではありません。

二本足で立つ、私自身の今とこれからです。

この連休中に、ぜひ挑戦していただきたいと願います。

 

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今月もお読みいただき、ありがとうございました。

 

30年ぶりに会った職人さん。還暦になっていました。

それぞれが結婚して、子供も授かり、生活の拠点が変わり、

一区切りという段階を経て、そしての再会となりました。

マスクを着用しているため、はじめは分からなかったようですが、

それを外すと、直ぐにピンと来てくれました。

顏にも、体にも肉がつき、髪はすっかり薄くなりました。

お互いがそうなのですから、わかるはずがありません。

時間の重さを感じました。

お母上が脳梗塞になり、半身不随になって、施設に入っていること。

この方にお会いするのも楽しみでした。

また、とうに成人したお子さんが、まだ働けない状況にあること。

ご本人も血管系の病で2度倒れ、入院し、

その病を強靭な精神で克服し、いま元気に過ごしていることを話してくれました。

商売いにあっては、緩やかな景気回復のころ↗、リーマンの後↘、

震災からの一時期↘、そして観光景気に少し浮かれて↗、やってきたコロナの今↘。

浮き沈みを繰り返した30年でしたが、コロナ禍で観光客が途絶えたときは、

もう潰れるかと思ったそうです。30年で一番堪える損失が今だということでした。

回復の見込みは立っていません。

商売、老後、家族、健康…そうした現実がありながらも

笑顔を絶やさず話を巡らせる芯の強さに感動しました。

ということで、話が尽きることはありませんでした。

30年ぶりの再会が、一つの勇気になったでしょうか。

空いた時間を一気に埋めるひと夜となりました。

 

30年前も今も変わらぬ互いの心根。

人生とは何かを、しみじみ学ぶ機会になりました。

 

いつもお読みいただきありがとうございます。

 

家系図をつくると、不思議なことがたくさん起こります。

不思議で不思議でしかたのないことばかり起こりますが、

それがすべてよいことばかりなのです。

私も3年前に子供からはじまる家系図を作りました。

それをA2サイズの和紙に印刷し、額に入れて居間にかけました。

子供たちが興味を示したことはいうまでもありませんが、

母が涙を流して感謝してくれたことが印象的でした。

ご先祖様を視覚化するということは、それほどありがたいことなのです。

この家系図を見続けることで、子供たちの結婚観や子孫観が、

自ら養われていくことでしょう。それだけで、ものすごいご利益です。

いいことはこれに留まりません。また折に触れお伝えしていきます。

しかしなぜこれほどまでによいことが起こりだすのか、それを考え続けました。

3年経った今の感想は、ご先祖様の苦悩です。

もはや誰も知らなかった、銘々のご先祖様たち、

さまざまな思いを抱えて、宇宙に冥伏しています。

その方々のお名前をお一人おひとり起こしていき、順列に整理していく。

人と人との関係性がはっきりと浮き上がってきます。

子孫はどんなご先祖様がいらっしゃるか知らない。

ご先祖様もどんな子孫がいるかご存じないかもしれない。

その互いが、家系図で繋がり、交信がはじまるのです。

苦悩とともに冥伏していたご先祖様の生命が歓喜を起こす。

そのエネルギーが、いま生きている人たちに届くのではないか。

6代も7代も遡ったときの勢ぞろいされたご先祖様の数を想像してみてください。

その方々が一斉に歓喜の叫び声を発し始めるのです。

これは作った者にしか感じることのできない喜びであり実感です。

自分の中に眠っているエネルギーにスイッチが入るのです。

とてつもないエネルギーが内から湧き出すのです。

 

でもこの話をしても、作成する人は稀です。

そこがこの世の面白いところです。

なぜ自らのなかに潜在的に眠っているエネルギーを使わないのか。

このエネルギーの価値に気づいたら、

モノや金、地位や名誉など、何の宝でもないことがわかります。

内に秘められたエネルギーを発光させて、

愛する家族、地域、会社、仲間を照らしたら、どれほど社会が明るくなることでしょう。

ご先祖様は私の総資産。バランスシートです。

そして生きている私たちは損益計算書。

徳が積めるのは、生きているうちだけです。

子孫がより豊かに、永続的に繁栄するよう、剰余金をどれだけ厚く積めるか。

それが生きている者の使命だと、家系図が気づかせてくれました。

 

家系図づくりにご興味のある方、どうぞお問い合わせください。

yac@tkcnf.or.jp

03-5925-2205

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いつもお読みいただきありがとうございます。