
なぜ経営実践研究会がすごいのか。つねに実践の場だからです。
みんな勉強しているみたいに見えます。しかし、会場を抑える、チラシを作る。
講師を選定する。人を集める。運営する。懇親会場を設定する。入会を迫る。
そして結果を記録する。すべて自分たちでやり切ります。
組織の長は、それを俯瞰して、要所を締める。
ものすごい訓練の場なのです。だから勉強しているようで、実践なのです。
自分も感動しながら、参加者にはそれ以上の感動を与える。持ち帰らせる。
利他行の現代版なのです。
実践している人は、みな企業経営者。
企画にしても運営にしても集金にしても役割り分担などありません。先取りです。
やる気の発露だけでポジションが決まります。
簡単にいえば、なんでもやるのです。「はい、喜んで!」の精神性を、
経営者になってから、とことん訓練させられる場が経営実践研究会です。
だから厳しいわけですね。
経営者は、自社で利他行をやっていると思っています。
社員に給料を払い、仕入先に代金を支払い、借入金を返済し、納税する。
お金は右から左へ流れていくだけ。来る日も来る日も資金繰りに終われ、
何のために会社を起こしたのかさえ忘れるほど、実入りはありません。
さらに上手く行ったら、社員の手柄。失敗したら、社長の責任。
これが中小企業経営です。ですから社長は利他行を実践しているのです。
しかし経営実践研究会に入ったら、次元の違う実践がはじまります。
他の会社の社長の成長のために時間をお金を使うのです。
企業経営としては、本来ライバル関係なのですが、
ライバルの成長を祈って奉仕します。
業界が、地域が、社会が、ひいては国家がよくなるために、身を捧げます。
自分の会社の発展とは違う次元の繁栄を願い、行動に転化する。
なんてすごい世界でしょう。
だから社員も一緒に実践することを勧めらまれす。
社員は給料をもらう立場です。労働の対価だと思って受け取っているでしょう。
しかし権利だと思ったら、その時点で、精神の成長は止まります。
世間の風潮に染まった心に感謝の念を起こさせるのは至難です。
そもそもお金の流れからして違うのです。
その点、丁稚奉公の時代は、人を育てることに専念できたなと感じます。
松下幸之助氏は、丁稚奉公を経験したからこそ、銘経営者になったのでしょう。
自分より優れた経営者を輩出して、地域社会を変革して、
生きるに値する世の中を、次世代に残して死んでいく。
この実践集団に、期待せずして、どこに何を期待しましょう。
朝から晩まで利他行に埋め尽くされた会員である社長は、
心がガンガン純化して、人間的に成長していきます。
生きる次元が変わっていくんですね。
いつのまにか意識の世界から離れて、境涯を高める世界へ入っていきます。
ところが、それは実践している社長だけで、社員は、意識の中のままでいる。
ここに大きな確執が生まれます。
「社長のいっていることがわからない」そんな混乱がおこるのです。
法則ですから、避けて通ることのできない実践です。
さあ、これを楽しんでいこう。乗り越えて行こう!
未来を創造しているんだから!そう語り会えるのが、この会の仲間です。
すべては中小企業の「存続と成長と発展」のため!
いつもお読みいただきありがとうございます。