本日、御園座陽春花形歌舞伎「南総里見八犬伝」を観る。

昼食は、愛之助丈好物の「鰻」を、幕間に弁当で、かっこむ。

 

「ニュースone」の「高井さん聞いてよ ふるさトーク!」の

録画を見ながら、うきうきウエイク・マイ・ワイフ・アップの朝。

 

愛之助丈本役の犬塚信乃は、トークのセットに飾られた

信乃のイラストの様に、金のシャチホコと闘うのかしらん。

いや、シャチホコが光る城郭屋根で立ち回る絵だろう。

 

特に楽しみなのは、愛之助丈のもうひと役の赤岩一角だ。

なんでも、それはそれはオドロおどろしい化け猫だそうだ。

 

普段は、猫まっしぐらで、こんなに愛くるしい愛之助丈が、

 

ベロも真紅で、怖くて夢に出そうな化け猫になるなんて

(ふるさトーク映像より)

 

だから歌舞伎って素敵!昼の部を観た後は、もっと思う!

 

 

 

 

 

歌舞伎役者、片岡愛之助丈がご飯屋さんで、

レモンサワーがヤカンごと提供されたと驚き、

ブログに写真とともに綴っており、頬を緩めた僕。

 

「(お弟子さんの) 愛一朗丈なら、ヤカンごと

ラッパ呑みしそうですね!」とブログに突っ込んだ。

 

昨日、仕事を終えたあと、南下ウォーキングに

出ると、郵便ポストの上に、開封されたコレが!

 

これは、愛之助丈の名古屋・御園座での当月の芝居が

「極上」であるがゆえの、天からのプレゼントと思い入れ、

一気に飲み干した。そして熱田神宮まで、かっとばし散歩

で毛穴からデトックスさせ、愛妻まっしぐらで、帰宅した。

おあいにくさまの雨で散歩にゆけず、

晴耕雨読ならぬ晴歩雨書で鍵盤弾きの朝。

 

Andrewが雨街交差点と題する演奏会の告知を、

関わる画面でできるはずかポシャったので、

肩すかしを喰らった勢いで、雨唄を書き換えた。

 

雨唄は「さみしがりやの言葉達」

もともと違和感を感じた部分があった。

①「さみしがり屋の言葉達」が出てこない。

②「冷めた紅茶に口をつけて」は、いささか陳腐。

  もと給仕職の自分は、紅茶に冷めてもらいたくは無い。

 

外郎童筆「うれしがりやの言葉達」

西洋美術史研究を志し大学勤めをした友人が自らを断ち、

自分は何かできなかっただろうか?と悔う思いを唄にした。

 

~~~~~

 

雨は横殴り 脇腹を撫でることも無く

嬉しがり屋の言葉達  小耳を触る

浅はかな世界で雨宿りして

干からびた斜塔で頂上を目指そうとするけど

 

アメとムチの使い分けなど

術も無いし知らないし

忘れかけてた油絵の匂い

ただそれだけで天井画が描けるの


雨は容赦無く髪型を壊す卑怯者

髪結の君は売れっ子で触わるのは無理ね

干ばつの荒野にお似合いかもと

濡髪ものともせず頂点を目論んでみたけど

 

Amaging-Graceの音(ね)が

後ろ髪を引くせいで

忘れたくない宗教画それが

私の核(コア)に降り注ぐ雨模様

 

だけど筆はツムジを曲げる

色が精彩を欠くから

眠りに就けば絵の具達きっと

キャンバス深く忍び込むかしら

 

注ぐ紅茶は透き通ってて

うねる茶葉達まるで私の様ね

沈むから

 

雨を待って私は筆を

水に潜らせてみたけど

閉じ込めてきたモチーフの種が芽吹くのだけは防げやしないの

 

曇り空が視界をずらす

ガラス越しスロウ・ビーツ

聞き耳立てる影法師、彼は私の背後で膝を揺らすだろう

 

雨は恵みだわ

雨は恵みだわ

雨は恵みだわ

恵みだ恵みダメぐみだ

自殺ダメ

 

https://www.youtube.com/watch?v=ygZEfclUy8o

 

 

 

 

 

 

 

昨週土曜に、高校時代の友人らと呑んだ。

「報道ステーションで観た、内田也哉子さん

の謝辞が、美しく凄かった」と、言ってた。

偶然に僕は、ウェブのその全文を印刷して

いたので、翌朝に読んだ。いい謝辞と思う。

 

風潮では、故・内田裕也さんは御本人も曰く

「ロッケンロール」の様に思える。鳴り続ける

「ロックンロール」のイメージの一翼を担って

いる様だが、僕は違和感を、拭いきれない。

 

僕は歌手の佐野元春さんに取材をした事が

ある。独立レーベル「Daisy Music」を設立し、

アルバム「THE SUN」を発表した時のことだ。

 

外郎童: 「佐野さんにとって、Rock’n Rollとは

        何ですか?」

佐野さん:「そうですね、僕にとって、Rock’n Roll

       とは、『あきらめないこと』です。または

       『大人になるってどんな事だろう?』

       と、胸に突き刺さってくる音楽では

       ないでしょうか。

 

これは、当時に、東海地区で朝刊に入っていた

フリーペーパー「Well Papas」に僕が寄稿した

記事を元にした、取材会話の再現です。

 

内田裕也さんを象徴したロッケンロールは、

也哉子さん、夫の本木さんの言葉を眺めて

「破天荒で、全ての予定調和を嫌うこと」と、

僕は捉えている。ゆえの違和感だろうか。

 

内田裕也さんと佐野元春さんの個性の違いか。

 

では僕にとってのロックンロールは何だろうか。

 

僕は通勤の行き帰りやランチ後散歩の折々に

寺社仏閣に手を合わせて小声で唱えている。

 

「外郎童です。外郎妻とともに、

 朗らかに

 健やかに

 労して

 流れますように

『朗』・『健』・『労』・『流』!

(ろう・けん・ろう・る)」

 

毎日、同じことを淡々と粛々と、演る。

それが僕の「ロックンロール」である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラジオで「ピエール瀧容疑者の弁護士が保釈を請求」と聴く。

脳内を駆け巡るは「どんな扮装でカメラをマクのか」の揶揄。

 

僕はピエール瀧の舞台をエレクトリックレデイランドで、観た。

その時の扮装は「ちょんまげバカ殿」だったと記憶している。

 

卓球が歌う「男根が右に寄った故、一晩中、自慰に耽よう」の

テクノに合わせ、キレの良いバカ殿ダンスを披露していた。

 

「電気グルーヴ」では無く、ナゴムレコード所属の「人生」だ。

報道で「人生」に触れないのは、卓球に対し無礼である。

 

卓球が「あんた一体、何人?」と、どこの国民かを問う歌で、

誰かが「ポルトガル人」と答えてたが、瀧かは定かで無い。

 

卓球が「あんた一体、何人?」と問うと、瀧は何と答えるか?

 

「ただの囚人」と、きっぱりと胸を張り答えて欲しい、と願う。

 

薬物被告者の舞台を僕が見たのは、瀧と岡村靖幸だ。

奇しくも卓球は、各人と共演して、作品を発表している。

 

今回、卓球氏はどうするか?僕は、その点を知りたい。

前回は、音源完成後にGメンの動きが分かったそうで、

卓球は呆れ、やる気を失い、残ったジャケ制作などを

スタッフまかせて、後は静観したと、ウィキが言ってた。

 

石野卓球氏は、ピエール瀧を切るべきだと、僕は思う。

ひとりの電気グルーヴもいい。ソロを演るのもいい。

「まりん」と再び組むのもいい。電気の質を上げて欲しい。

 

https://www.youtube.com/watch?v=VaGUVw7DWeQ