2026/09/01 『選ぶ』ことは『決める』こと | 今年還暦、スゴい須永の今日から美婆トレ

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2026/09/01


💠『選ぶ』ことは『決める』こと💠

感謝しています❣️

今日もご訪問ありがとうございます❣️

もう五十年近い前、初任の年に行った全国造形教育研究大会で聞いたことが今でも心に残っている。

参観したのは一年生の図工、図画の授業だった。

授業後の研究会の時、授業者が冒頭に話したことが残っている。

それは、絵を描く画用紙を子どもたちが『選ぶ』ということ。

確かに授業の冒頭、教師は子どもたちに白画用紙をふくむ何種類かの色画用紙の中から気に入りのものを選ばせていた。

一年生の、特にも一学期半ば、子どもたちは対象を描くだけで精一杯。とても背景の処理までたどり着けない。だから白画用紙ではなくて色画用紙を使わせる、そんな話なら以前にも聞いたことはあった。

けれど、その時の研究会で授業者が話したのはちょっとちがった。

授業者は話してくれたのは、『選ぶ』ことが自分で『決める』力を育てることにつながる、というものだった。

確かに『選ぶ』という行為は、多くの中から一つなり二つなりを『決める』こと。

それは『自分はコレがいい』と決断し行動することにつながる。

教師は何をどう選ばせるのか、子どもたちは何をどう選ぶのか。

そこにあるのは、勝手気ままを許すための『選ぶ』ことではなく、自分はどの画用紙に描きたいのか『決める』ことを要求されているということだった。

それは授業のはじめのほんの数分間こと。教師が何かを教えるわけではない。
好きな画用紙を選ぶように促すのみ。

でも、同じようなこと、つまり『決める』ことのできる人間を育てたいというねらいのもと、毎日の授業のどこかに『決める』ために『選ぶ』ことを組み込んで行く時、子どもたちの中には自分のことを自分で『決める』力が育つだろうな、と思った。

教科ごとに育てたい子どもの像はある。

けれど、育つ子どもたちに何かを教えるということは、知識や技術を教えるだけでなく、人間として身につけてほしい力を育てることでもあると思った。

ありがとうございました❣️

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