久しぶりで言葉も出ませんが。
4月から、有難いことに、再就職が決まり、ほぼ1年が経つが、一昨年の暮れに右手の小指を骨折し、まったく人生が変わりました。計画とは似ても似つかぬ、新しい世界が展開している。こういうことって本当にあるのだな、と、この歳になって驚いている。これまでの自分の経験が役に立っているかというと、ほぼ皆無。何から勉強すればよいのかもわからず、焦りと不安だけが募った日々だったが、ようやく少し落ち着いた感がある。1年毎の更新なので、来年度はどうなるかわからないが、度胸だけはついたようだ。 仕事に振り回されている間にAIなるものがとんでもなく発達したそうで、さっぱりわからない。日本語が使えるのをいいことに、業務の中でわからないことはほとんどAIに聞いていたのだが、人間?が出来ていて、愚痴ひとつ言わずに懇切丁寧に教えてくれる。いわゆる”壁打ち”をしていた。おかげで「聞くに聞けない」業務の概要やつながりをつかむことが出来た。昔、英語の先生が、「辞書ほどありがたいものはない。文句も言わずに何でも教えてくれるんだ」とおっしゃっていたが、AIを使いながらそんなことを思い出した。ただ、辞書は記憶しないが、AIは記憶する。フィジカルAIが出てきて、我が家にきたとき、過去のいろいろなことを思い出してまとめてしっぺ返しをされないか、と笑いながら少しだけ冷や冷やしている。シミュレーションで何世代分も学習させたのち、ロボットにその知識を載せると、偉く賢いロボットになるそうで、私の頭もそうならないものかと、うらやましくもあるが、アナログ時代の感覚を、私は忘れたくないと思っている。一次情報、五感、現地現物、それが、何だかしっくりくるように思うからだ。亡くなった祖母が、「もういつ死んでも悔いはない。でも明日何が起こるのか見てみたいのよ」と言っていた。今、そういう心境にある。