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永遠のホリデー(^O^)/

おへちょWEBデザイナー、元ソーシャルゲーム企画運営
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IT系のちょっとした小技・テクニック
心理・精神(スピリチュアル)に関しての考察コラム
夢日記、ハーブや野菜などの園芸記録など

「陰陽で見る ぐるぐる渦巻きエネルギー!」
http://ameblo.jp/benjamin-fish/entry-11834716236.html
「渦の性質」
http://ameblo.jp/benjamin-fish/entry-11463519142.html

もう結構前ですが、ウズマキのもつエネルギー特性について記事書いてました♪
+゚。*(*´∀`*)*。゚+

しかし、上記の記事では
「内側へ向かう時計回りの渦」「外側へ向かう反時計回りの渦」
この2種類しかないことに気づき・・・(汗)

「外側へ向かう時計回りの渦」「内側へ向かう反時計回りの渦」
色々な企業のロゴとか、製品の模様など見てると上記のような渦もあるので
相応合わせた「4種類の渦のエネルギー性質」を書いてきたいと思います。

文章にすると長くて眠くなるので(笑)
簡単な図を作りましたヽ(゚∀゚)ノ パッ☆


前回書いた2種の渦巻き


今回追記する、もう2つの渦


まず、エネルギーの種類が4種類あります。
「濃度/質量」
「数/総量」
「大きさ/サイズ」
「勢い/速度(運動量)」


単に反対側の渦巻きだからといって、真逆の意味になるという訳じゃないんです。
それぞれが担当するエネルギーの本質(性質)が違うことに気づきました。

前も散々書きましたが「どの渦巻きが良い」とか、そういう優劣はありません。
必要となる場面によって、どのエネルギーが適しているか変わりますから。

たとえば、世界規模の2大SNSである「Facebook」「Twitter」
これらの《ロゴマーク》「情報を共有し広める」というサービスの本質を表現しています(図参照)。


Twitterはリニューアル前の旧ロゴと新ロゴで意味合いが変わっています。
ガラケーからスマホの過渡期は安定したサービス運営に抑え
大半のユーザーがスマホへ移行した時期を見計らって、ロゴを変更。
まさに「一大旋風を巻き起こすムーブメント」となりました。

「外向きの左回転」
は陰の性質で拡散と上昇を象徴します。
台風のように、あらゆるものを巻き込みながら広げていく。
まさに「より多くの人と情報を共有する」Twitterにピッタリなアイコンへ、適切な時期へ変更したわけです。


Facebookは少し解りにくいですが、象徴はTwitterと同じです。
「いいね!」でお馴染み、親指を立てた右手(サムグッドアイコン)
手の平をこちらへ向けると、4本の指が「外向きの左回転」を表し
親指から上昇していますね。

情報共有と拡散、SNSの本質を掴んでいます。

このように、事業内容の本質を適切に表現したロゴマーク
人々の深層意識へ自然と根付きます。
ロゴマークの存在意義は「存在を記憶して貰うこと」なので重要な箇所ですね。

勿論、ロゴマークに限らず
あらゆる物の形状、もつ意味に関わってきます♪

大切なのは
「適切な場所・タイミングで使うこと」
「知らない内に巻き込まれないこと」


まいのこでした(✿´꒳`*)ノ°+.*


いつも応援嬉しいわぁぁ\(^o^)/手手


 
昨日はもしかすると
無意識に「瞑想」を成功させてたかもしれないΣ(゚Д゚;

よくある「数を数える」とか「呼吸を意識する」とか・・・
一般的な方法とは全く異なるんだけど。
夢の中と同じくらいの幸福感を、起きながらにして感じられたのですよ!!


【まいのこ流 瞑想(?)方法】
寝転がって自分の理想のイメージを思い浮かべます(*´`*)。o○
そして「そうなりますように」ではなく
「今、自分がそこに居る」ことを強くイメージして、成りきっていきます。

そうして、ああ楽しいな~気持ちいいな~幸せだな~~って気持ちに浸ってると
腕や脚にジンジンジンって振動するみたいな感触がしてきます。
誰かそこにいるような、ずっと抱きしめられているみたいな・・・・


自分のすべてを肯定されている
自分がすべてを肯定している

そのどちらも感じて
穏やかな安全と安心・・・
「何でもしたい、何でも出来る」っていう高揚に包まれていきます。

夢の中と違うのは、多少のジャマが入っても(マロが鳴いたり)
幸福感が継続するって点かな~~
寝返りしたり、いったんお水飲んだりしても途切れないんですよ。

そして不思議と、瞑想中は過去のことをよく思い出します。
大したものではないんだけど
「あんな物持ってたな」とか「そんな光景もあったな」とか
とうに忘れ去った記憶をポツポツと・・・。

そのまま寝てしまってもいいです。質の良い夢が見れますよ♪
被害者意識で弱者を装う者ほど
他人を強く見下し攻撃しようとする。

被害者意識とは責任転嫁であり
攻撃性は恐怖心による防衛反応
その両方が絡み合ってる。

不安の元は、自分を好きになれなくて
世界の全てが退屈になってしまうこと。

======☆======

退屈っていうのは単純な死とも違って
「消滅」に近づく事だと思う。

何とも関連性や関係性がない、繋がっていない状態。
忘れられること。

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存在とは影響力なので
「何にも影響しない(されない)=存在していない=消滅=退屈」ということになる。

生命というのは理屈じゃなく存在したいと思うだろうし
生物は生きたいと思うものだから
「退屈」というのは一番コワイものなんだと思うのです。

======☆======

状況によっては
退屈に耐えられないことを理由に死を選ぶ場合もあると思います。
そうなると、退屈は死よりも恐ろしいのかもしれませんね。

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退屈より死を選ぶ場合
その矛先が自分ではなく
他人に向けられることも当然あると思います。

理由のはっきりしない
金銭トラブルや怨恨ではない殺人の動機として
「退屈だったから」という理由は大いに有り得ると思います。

======☆======

そこまでいっちゃうと
もうスリルに対するリスク計算とか冷静に出来る状態じゃないワケです。

「退屈で死にそう」というのは、ある意味冗談じゃなく
「こんなに退屈なら、死んだ方がマシかもしれない」という精神状態。

刺激を得る為ならもはや手段を選ばないという、捨て鉢モードギリ手前なんですね。

======☆======

「面白そうだったから」
「興味本位でやった」

という犯罪者の供述への反応は

「狂っている」
「理解不能」

と感じるのが一般的のようですが

「金に困ってやった」
「恨みを晴らしたかった」

これと同じレベルで有り得る
「基本動機」だと思うんですよね。

======☆======

刺激というのは
「自分にとって、無条件に楽しい・気持ちいいと感じる存在・現象」のこと。

だから、自分にとって楽しくない事が日々続くなら
周りにとってそれがどれだけ良く見えても、退屈なんですよ。

======☆======

快楽や幸福感の基準なんてものは【個人的】なものでしかない

当たり前のことですが、ココをはき違えてる人はとても多い

他者との比較によって
「快楽と感じるべきである」なんて理屈を持ち出しても
ツマラないものはツマラない

感覚とは反応の結果であり
考えて出す「答え」ではないから。

======☆======

「自殺や殺人をいとわない程、悩みやトラブルを抱えてる人は居ますか?」
って聞かれたら
「私の周りには居ないと思う」と言えるでしょうが

「すごく退屈してそうな人は居ますか?」って聞かれたらどうでしょうか?

======☆======

人は他人の退屈になんて気づかないし
気づいていても無関心なのが普通。

そんなことは自分と無関係だし
直接的な害もないと思っているから。

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「とても退屈な人」はウイルスキャリアと同じ。
「まだ表面化してないけど、いつ発症してもおかしくない状態」

話しが病気になると、途端に警戒して離れていくイメージがもてるでしょ?
でもそれと同じなのよね。

======☆======

「退屈」という苦痛と恐怖に
知らず知らず思考を乗っ取られつつ、それに無自覚である人々。

あえて利用してやろうという目線からすれば
「退屈にしてしまえば人は何でもする(させられる)」という事でもある。

======☆======

たとえば痛覚がなければ
単純に「寒い」ってだけのことも
「身体がうまく動かない」とか
そういう症状が現れなきゃ意識できないように。

感覚が麻痺してしまった人は
まず自分の退屈(苦痛)自体に気づくことが出来ないんです。
ましてやその原因なんて思いもつかない。

======☆======

本当はただ寒いだけなのに
「ごはんを食べればいいんだよ」とか「赤い服を買えばいい」とか
「不明な苦痛」の解消法として
無関係なことをさせる事が出来る。
これは肉体にも精神にも通じます。

どうせ何も感じてやいないんだから
表面的な症状さえ抑えればバレることはない。

そうやって必要のない物を売りつけて儲ける人が沢山居るワケです。

======☆======

感覚を麻痺させるには
感じさせず、考えさせることです。

本音を封じ正しさを追求させるようにすれば
個人の感覚はみるみる麻痺していきます。

======☆======

感覚という個人の判断基準が機能停止すれば
【何が必要で・何が不要なのか】
他人が勝手に決めることが出来るワケです。

ビジネスの基本は「必要性」を説くことから始まりますから
相手の感覚が麻痺している時点で商売は成功してる訳です。

======☆======

現代は資本主義(ビジネス最優先)の時代ですから
一般市民の感覚を麻痺させ
「まず退屈にさせるコト」こそ必須なんです。

そうすれば快楽の代用品が大量にさばけますから。
仲良くなりたいけど、仲良くなれない。
(なる方法がわからない)

======☆======

そんな時、悩んで葛藤したり苦しまずに済む
いちばんカンタンな方法は「相手を嫌うこと」なのよね。

======☆======

嫌いになってしまえば
仲良くなりたいって気持ち自体を覆せるから
葛藤を「なかったこと」に出来る。

もちろん、嘘でしかないんだけどね。

======☆======

さみしい、自信がない、苦しい、悲しい。

孤独が嫌なら
いっそ全部を
拒絶してしまえば、ラクになれるんじゃないかって
一生懸命他人を嫌おうとしてる人は多い。

======☆======

あいつは「嫌な奴」だから
好きになる必要も好かれる必要もない

無関係どころか迷惑だ
不愉快でしかない、消えてしまえばいいのに
ああ いやだ いやだ

そうやって、まるで被害者の顔をして見下していれば
「何も起こらない」からラクで安心。

自分の心から追い出そうと
頭の中だけでシミュレーションを繰り返して
解った気になって、
ずっと俯いて、意地を張り続けてる。

======☆======

「さみしいのも苦しいのも私のせいじゃない。ぜんぶ他人が悪い。」

相手を遠ざけてばかりいるから
いつまでも近づけない
楽しくならない。

いつまでも楽しくなれないから
尚更相手が憎らしくなって
もっともっと嫌いになる点を探そうとする。

======☆======

すっかり見えなくなるまで遠ざけしまえば
きっと今度こそ安心。

でも、その見えない【距離】を
誰より自分が一番知っているから
どれだけ遠ざけても逃げられない。

遠ざけようとするほど、大きくなる。


======☆======

好かれる自信がないから、好きになるのが不安だった。
不安でいるのは苦しいから、そもそも好きじゃないことにした。

最初はそれだけの事だったのにね。

======☆======

怖いのは相手に好かれないことじゃない

「他人に好かれなかった自分」を目の当たりにすることで
「自分で自分を嫌いになってしまう」のが怖かっただけ。

合いも恐怖も、自分から始まり自分に戻ってくるものだから。
自分が好きなら、世界中みんな好きになる。
自分が好きになれないなら、なにもかもツマラなくなる。
すごく単純なことなのです。

「他人を好きになる」って、本当は無いの。

「その人と一緒にいる自分が好き」
「それを身につけている自分が好き」
「その場所にいる自分が好き」

すべては自己合いへ繋がる経路でしかないの。
そう思えばとってもシンプルでしょ?

自分が自分の為にする事しかないのよ、自分にとっての世界なんて。
それを認めるとね、ストンと楽になるわ。

ぜぇ~~んぶ自己満で自己中で、それでいいの。
本当はそれしかないんだから。

世界中の皆が自分を好きになれますように。
私が私をもっともっと好きになれますように。

そうすりゃ、いつだって素敵な時間になる。
ウキウキ、ワクワク、安心する素敵な空間になる。

すべては自分の心からはじまる。
ここより、はじまる。
重層で洗い物するようになって、しばらくたったので
レポのこ発表~~ヽ(`・ω・´)ノ 

■洗い心地
泡も出ないし、滑りもよくないので
やっぱり洗剤に比べると洗いにくいですね(笑)
なにかヌルっとするようなものを混ぜると良くなるかも?

■洗った結果
酷い油汚れでない限り、殆どつるつるキュッキュになります!!
油物は先にキッチンペーパーでなるたけ処理したり、熱湯かけたり
セスキ炭酸ソーダで洗浄力UPしたりって工夫がいりますね~。

金属や陶器は洗い易いのですが
プラスチック食器の油汚れは落ちにくい模様。
レンゲとかボールも、なるべく陶器やガラス製の物を使った方が衛生的ですね。

焦げ付きや、金属くすみなど
洗剤では落ちにくかったものがスルル~ンと落ちてピッカピカになるのは爽快!!

■使用量
洗い物の量にもよりますが、大さじ3~4くらいをお皿に出しておいて
スポンジにちょこちょこ撫でつけていけば足ります。
スポンジ自体に重層を直接つけても、食器に殆どもってかれちゃうので
食器1個1個の度に付け足さねばならず大変ですので、別皿に盛っとく方がいいです。

■その他良いところ
なんせ元々が口に入れてよいものなので
すすぎ残しとかの心配がないのが安心~♪
排水も無害なので、環境にも◎

+アルファの仕上げとして、クエン酸でシンクや蛇口を磨くと
白いくすみが嘘みたいにピカピカになるのも爽快!!
今までメラミンスポンジ使わないとキレイにならないと思ってたので、呆気なく磨けてビックリ。


超面倒そう!!と思ってたけど、意外とスグ馴れます重層洗い☆
油ものは洗剤を使うけど、コップとか軽度のものは重層に切り替える・・・など
じょじょにでも試してみてくださいね~~(✿´꒳`*)ノ°+.*
相手を見下すという行為は、主に自分が安心したい為に行います。

======☆======

劣っている、自分より無価値であると思い込めば
何もかも他人のせいに出来るので
理想と違う現実は自分のせいではないのだと
傷つかずに済むからです。

======☆======

自分に自信がない人ほど
他人を批判したり、見下したり、否定する為に怒ります。

怯えていなければ誰も攻撃する必要がないので
怒りは防衛反応として現れています。

======☆======

自分が好きになれないと
何もかもが色褪せて、退屈になります。

「好き」とは繋がって連鎖していく現象なので
まず最初の起爆装置である自分自身が好きになれないと
何も始まらないのです。

======☆======

連鎖の起きない退屈な状況を他人のせいにしても何も解決はしないのですが
その為には「好きになれない自分の側面」と向き合う必要があります。

======☆======

そんなのはダサい、恥ずかしい、冴えない、地味、厨二病、モテない、褒められない…etc

我慢して抑圧した、封印された自分の一部です。

======☆======

見たくない自分と対峙するのは
何より勇気がいります。

バカにされて誰からも相手にされなくなるから
こんなのきっとダメなんだ。

そう考え「ないこと」にした自分の本音
気持ち、言いたいこと、やりたいこと。

======☆======

ずっと前のことだから、流石にもう他人事だろうと…
タカをくくってフタを開けても
過去に抑圧された本音は風化するどころか
ますます存在感を増しているんです。

======☆======

本音は変わりません。
満たされない気持ちは、代用品では決して誤魔化せないんです。

======☆======

バカにされる、嫌われる、恥ずかしい、怖い。

それって本当は、他人から齎されるものではないんですよね。

不安になるキッカケではあっても
他人の評価を気にして
本音に嘘をついてしまったのは自分自身ですから。

======☆======

ありのままの自分で居られない人は
自他共に「完璧さ」を求めます。

本当はそんなの退屈なだけなのに
自分で自身に強要してるだけのマイルールを
人類共通の成功法則かのように盲信します。

======☆======

そして、完璧さを求めず
ありのままで居られる人が妬ましくて許せなくなります。

窮屈なのは自分だけではないのか?
そんなのはズルいじゃないか?
なんだ自分ばかり我慢しなくちゃならないんだ?

…という、八つ当たりや逆恨みに近い感情ですね。

======☆======

しかし、八つ当たりをそのまま出せば
本音に嘘をついている事実が露呈するので
「あなたは正しくないから変わらなくてはならない」という口調になります。

======☆======

ゾンビがわざわざ噛みついて
相手もゾンビにしなくちゃ気が済まないのは
恐怖に感染していない相手が羨ましくて仕方が無いから。

例え、ゾンビ状態が
その人自身で選んだ自由意思だったとしても
「本当はこうなりたくなかった」と思っているんです。

======☆======

仕方がなくて…と言ってしまえば、また嘘が露呈する。
だから「これは●●●としての義務である」
という口調で噛みつくんです。

======☆======

相手を恐怖に染めるのは
ありのままで居られなくなった自分に
疑問をもつような因子を排除する為。

======☆======

被害者意識というのは、無自覚な責任転嫁です。

======☆======

責任転嫁というのは
「自分のせいではない」という言葉ですが
その根底には「自分の意志より他人や周りの影響力の方が強い」
という無力感があります。

責任転嫁をするのは
「自分は無力な存在である」と宣言することと同義で
自分で自分を呪うようなものです。

======☆======

思い通りにならない
不満な人生を送る人ほど
「思い通りにならなくて当たり前」という思考をもちます。

つまり、思っている通りなワケです。

======☆======

自己満足というのは不思議な言葉。
満足とは、自分の中で起こる気分の変化でしかないのだから
「自己」なんて言うまでもない。

自分にとって満足しない事をしたって
不満しか残りませんし、退屈になるだけです。

======☆======

やりたくもない事をやり続ける我慢大会を「努力」といいます。
マゾともいいますね。

非常に特殊な性癖・趣味嗜好なのですが
何故か一般的なものとされています。

======☆======

自己満足以外の行為などありません。

あるとすれば、他人の為という
恩の押し売りと取り引きです。

======☆======

自分がやりたくてやってるだけなら
相手の反応に期待しません。

やりたくもないのにやる場合
相手に特定の反応を求め
そうじゃない場合憤慨して怒ったりします。

======☆======

あなたの為(他人の為)という言葉は
しつこい勧誘やセールスと同じで
ビジネスとの違いは本人が押し売りに無自覚な事です。

======☆======

見返りのない愛や、無償奉仕なんてものは
自己満足と自己満足の関係でしか発生しません。

別に誰の為にやってる訳でもないけど
勝手にそうなってたという場合ですね。

それが自然というものではないでしょうか。

======☆======

そして、無償奉仕や見返りのない愛なんてのは
わざわざ言うほどのことじゃないです。

自分が楽しく遊んでる結果に過ぎないんですから。

いちいち口に出さなきゃ気が済まないのは
「立派ですね」と褒められたいからです。

======☆======


よかったらフォローしてね~(✿´꒳`*)ノ°+.*
基本タイプhttps://twitter.com/CreamyMainoko

居たーーーー!!!居たのよーー!!!
ダメだったと凹んでたアゲハの幼虫、本日アシタバの葉に確認♪

多分、居なくなった「姫」「ナスビ」か・・・!?
もしくは、全然関係ない子か・・・!?

なんにしても嬉しい~~~(✿´꒳`*)ノ°+.*

あの子達のどれかが・・・
裏庭から、玄関先のまいのこガーデンへ
エッセホッサ移動したんだったらいいな~~♪
(それもすごい話しだけど)

ナミアゲハと思ってましたが、キアゲハだったようです☆

アゲハ兄弟・・・
今朝確認したら、なすびが消えていました
(´;ω;`)



それもそのハズ、木の葉っぱが完全に【丸坊主】!!!
巨大になった太郎とチビ姫が困ったように登ったり降りたりしてる有様。
末っ子で食べ盛りのなすびは早々に見切りをつけて旅に出たのでしょう・・・
まだトリフンモードだったのに、心配。

お昼過ぎには、枝をしゃぶって飢えをしのぐ太郎と、呆然として動かない姫。
もういてもたってもいられず・・・
炎天下の中、ユニディへ走りました ε≡≡(`:ω;´)


手頃サイズなすだちかレモンが欲しかったけど・・・売り切れ。
仕方なし柚子の苗木を購入。マチルダばりに抱えて帰ってきました!!

「そら、メシだぞ(`:ω;´)ノ!!!!」
急いで庭へ向かうと・・・・・

太 郎 と 姫 が 居 な い

なんと1足遅く・・・姫は旅だってしまっていたのです・・・
太郎は庭石の上をウロウロしてるのを発見(方向音痴か?)
お箸でつまんで捕獲。柚子の葉の上にのせました。

つままれて激おこの太郎は自らポトリと落下。
柚子が気に入らないのだろうか・・・(´ε`;)

しかし!!
その後自らの脚でうんしょうんしょ柚子の木を登り始めたよ♪
他人の手は借りない主義らしいです。プライドの高い赤ちゃんめ。

前回の木にしてもそうですが
幼虫は「上の方の葉」から食べる主義らしく
太郎もてっぺん目指して登ってるので、もしかしたらこのまま柚子の葉を食べてくれるかもしれません。

もう少し早く買ってあげてれば・・・
なすびと姫も出て行かずにすんだかもしれないけど(´・ω・`)
とにかく太郎だけでもアゲハチョウになって欲しいものです。


飲食店は星の数ほどある

そんな中、どうすれば飲食店事業で成功できるのか・・・?
(個人経営ではなく事業展開を前提とした場合)

311後の放射性物質問題
マクドナルドの中国産鶏肉問題


これだけ「食の安全性」の意識が高まってる訳だから
もうメニュー内容とか価格とかで差別化する必要はないと思うんですよ。

「食材全国産、全産地明記、食品添加物無添加、調味料や食器も国産」
これだけでもう十分強力な付加価値になる。


外食というのは
「買い出しの手間・献立考える手間・作る手間・帰宅する手間・片付けの手間」などを全ておまかせ出来るかわりに「割高・食材に何が使われてるか解らない不安」が必ずついてくるものでした。

ここ20年でジャンクフードは全盛期を迎え、外食のネックである「割高」が消えたので、残るは「食材に何が使われてるか解らない不安」な訳です。


衛生と安全

これを保証するなら、例え競合より「割高」だとしても消費者は選ぶんですよ。
何故かって「小銭」と「健康」
どちらが優先度高いかなんて、解りきったことだからです(笑)


かつては食なんてのは安全で当たり前のものでした。

農薬や除草剤がなかったので、農家が手間ひまをかけたのがが当たり前
流通が不便だった為に、地産地消が当たり前
食品添加物もなかったので、その日の内に食べるが当たり前

しかし、テクノロジーの進化と共に
「より多く、安く、早く、色々なものを、いつでもどこでも」手に入れる事が出来るようになったので、消費者のニーズにお応えし大量生産・大量消費の時代が始まりました。

しかしその利便性には本当は「裏」がありました。
便利にするほど、代償として「安全性」を犠牲にすることや
「ないも同然な賃金で働かされる人々」が居ることに・・・・
大衆は気づいていませんでした。
例え気づいていても「便利なら仕方ない」と疑念にフタをしました。


しかし、他人事だと思っていた
「ないも同然な賃金で働きながら安全でない食事をする人物」が
遂に自分自身となる番が回ってきてしまったので
人々は「このままじゃいけない」を自覚せざるをえなくなったのですね。

大量生産・大量消費の行く末は
それを利用する人間(社会人)自身も大量生産・大量消費されるという結末でした。

より便利に、快適になる為のテクノロジーだったはずなのに
いつの間にか目的と手段が逆転してしまった・・・
「利便性を保つ」為に「不快を共有」してるんですね。


「気持ちよく生きたい」
という主体がなくなったまま
手段だけが空回りして、中身のない空洞をみんなで守ってる。
今はカラッポの時代なんです。


ワケがわからなくなった時は、いったん立ち止まればいい

ダンスでも車の運転でも、これは何にしても同じことです。

ありがちなのですが「不便で貧乏な時代に戻ればいい」というのは違うと思うんです。
利便性を追うなというのは、人の可能性を排除する思考だから・・・。
より便利に快適になる手段を考え発明していくのは素晴らしいことで、それは自由意志ですから。

ただ、テクノロジー(手段)とは
あくまで「人々が安全安心に・楽しく・気持ちよく感じる」上に成り立つもの。
目先の利益や利便性の為に、やがて自分達(主に子供達)の首を締めるようなテクノロジーは「社会の毒」にしかならない事を、いい加減認識する必要があります。


「私達は、いったい何の為に働いて、物買って、生きてるのか?」

人は「自分自身を楽しみ気持ちよく表現する為に」生きてるんです。
気持ちよくなきゃ意味がない。当たり前の話しですよ。

「気持ちよくなる為の手段が不快」なら本末転倒ですし
不快な手段を守る為に気持ちを犠牲にするなんて、さらに本末転倒じゃないですか。

おっと、随分話しが逸れました・・・(笑)
飲食事業の話しに戻りますが
「より多く、安く、早く、色々なものを、いつでもどこでも」という
利便性への欲求が行き過ぎ停滞した経済の中、既存の業界で新規事業を展開していく為には
経営者が「業界が行き詰まった根本原因に気づく」ことが必須です。


「今のやり方はもうとっくに限界を迎えている」

それを前提にしないと、ハナっから終わりの見えた祭りに参加する事になる。
消費者のニーズは原点回帰を始めているんです。
「安心」と「利便性」のバランスを見直し、「物や人の扱い」を見直す時期。

資本主義社会の限界と人々の心が求めるもの
新しい波はもう動き始めています。
経営者は社会のこれからの動きを見据えた上で、その波にのっかれるようなシステムづくりをする必要があります。


大きな古いシステムの終わりと、新しいシステムの始まり

今の時代は荒波です!!!
終わった波にのってるヒマはないのです♪



いつも応援嬉しいわぁぁ\(^o^)/手手